過去日記
紫栞
過去日記
基本的に私はここにいる。
学校の屋上。クラスメイトなんて誰も知らない。担任も知らない。そもそもクラスを知らない。けど、そんなことはどうだっていい。興味がない。
朝は10時くらいに学校の門を飛び越えて登校する。
みんなが使わない準備室側の階段を昇る。ここだけが屋上に通じる道。
かつて誰かも屋上に通ってたのかもしれない。ここだけ鍵が壊れている。先生達もまさか壊れているとは知らないだろう。そこまでしっかり戸締りをしている先生は今のところ居ない。
屋上についてもやることは無いし、やりたいことも無いから基本的には空を眺めている。もちろん雨の日は来ない。
もう私はこんな生活を1年以上は続けている。
家族は共働きの両親と、1人の兄がいた。兄は大学生で、いつも帰りが遅いし、最近は帰ってこない日も多い。両親は朝が早いし帰りは遅い。もう何年も一緒に揃ってご飯は食べていない気がする。
別にそんな家が嫌な訳では無い。でもあまり関心もない。そしてそれは私に対しても同じだと思った。学校に通ってるかどうかなんて誰も知らない。ましてや屋上に登校していることなんて誰も…。
いつものように私は校門を飛び越えて屋上に向かう。そういえばもう新学期だから3年生になったんだなと教室の方を見る。どのクラスかも分からないけどきっとどこかには所属させられている。
そして屋上についていつものように空を眺めているとガチャと音がした。ここに人が来たのはこの1年で初めてだった。
そこに立っていたのは学年も、名前も知らない男の子。高身長で細身、シャツはだらっとズボンから出し、ネクタイを緩く締めて、ボタンは2つも開けている。高身長ゆえにモデルのようだった。私はそのせいでぼーっとしていたのか、名前を聞く前に違う質問をしていた。
「何しに来たの?」
「俺さ、死のうと思って屋上来たんだよね。」
「そっか。」
「お前こそなんでここにいんの?」
「私は…サボりかな笑」
「なんだよ。なんか人がいたらやりにくいじゃねぇか。」
「クラスでも家でもいない存在なのにここではいたらやりにくいか…」
「お前いつからサボってんだよ。」
「1年の2学期かなーたぶん。」
お互い知らない者同士なのに不思議と久しぶりに人と会話をするのは心地よかった。その男の子はどうやら死にたくなってここに来たらしい。少し屋上が荒らされた感じがして嫌だったけど、知らない男の子の死にたいという気持ちを止めるのもなんとなく違う気がした。
「お前それ卒業できんの?」
「さぁ?クラスにそれ以来顔出してないしわかんない」
「ふーん。じゃあずっとここにいるんだな。」
「雨の日は雨宿りしてまで来ないけど」
「まあそらそーか。ってか暇じゃないのか?そんなにずっとここにいて」
「暇だよ?でも家にいてもひとりだし…なんだろ?ここ校庭から体育の声とか部活の声とか聞こえてきて、なんとなくみんないるんだなーって思えるから来ちゃうんだよね。」
言ってから、確かにゲーム機が家にあるわけじゃないし、家でやりたいことって特にないからなんとなく来てると思っていたけど、寂しくてここに来ていたんだなと気づいた。
「俺今日死ぬのやめた。なんか萎えた。」
「なにそれ笑 なんかごめん」
「いいんだよ。でも明日も来ていいか?」
「晴れてればきっといつもここに私は来るし、ここは誰の場所でもない。来たい時に来ればいいんじゃない?」
「ありがとな」
ガチャ。再び屋上に平穏が戻った。そこに残ったのはいつも通りの昼間だった。
その日はなんとなく早めに帰りたくなって、部活まで待たずにみんなが授業をしている間にまた門を飛び越えて帰宅した。
もちろん家には誰もいない。今日もみんな遅いだろう。部屋のベッドに寝転ぶ。久しぶりに人と話したからか疲れていた。寝るつもりじゃなかったがいつの間にか時計の針は10時を指している。家族に会うのもだるいと思ってまた眠りについた。
朝起きてリビングに行く。一応ご飯は準備されている。メモひとつないラップにくるまれたご飯。レンジに入れて適当にチンする。ほかほかになったご飯をテレビのリモコンを適当に弄びながら食べる。
「さて、行くかな。」
なんとなく普段より足取りが軽かった。案外私は人に会いたかったのかもしれない。そしてその日も彼は昼過ぎにやってきた。
「よっ」
「あ、昨日の」
「名前ないと呼びにくいか?」
「いや、別にどっちでもいいけど」
「俺、大毅」
「ふうん」
「いやいやいや、お前は?」
「私?私は花玲って事にしといて」
「なんだそれ?意味わかんねー」
そんなたわいのない話をする。ちなみに花玲は私がアニメか漫画か、とにかく何かで目にして憧れている名前だ。私の本名は泰子。今どき子がつく名前なんて嫌だと中学生の時は思っていたけど、今は別に好きでも嫌いでもない。名前だし仕方ないかという感じ。でもせっかく名乗るなら憧れの名前を出してもバチは当たらないだろう。
それから大毅は、1ヶ月ほぼ毎日顔を出した。授業もたまには参加しているらしいが、元々サボりがちで授業中も寝てることが多かったらしい。
何となく屋上で顔なじみになったが、もうすぐ6月。今年の梅雨はどのくらい降るだろうか?
今年の6月はしっかりと梅雨前線がかかりそうだと朝のテレビで言っていた。夏の水不足は解消されそうだと。夏の水不足なんて私にはあまり関係ない。そんな広大な話いまいちピンと来ないから。それより屋上に行けないことの方がより身近だった。
「よっ」
「お!そういえば今年は雨が多いらしいよー」
「え、じゃあお前来ないの?」
「あんまり続いたら暇すぎて来ちゃうかもしれないけど、基本ここ屋根ないしね」
「まあなー」
「大毅はどうすんの?」
「えー俺ー?どーすっかなー?授業出れば雨に濡れないけどだるいよなー…あ、そうだ!お前さ、屋上の手前の踊り場来いよ!そこなら濡れないし。」
「んーまあ濡れないけど」
「俺が遊び相手に顔出してやるよ」
「なんだそれーすっごい上からじゃん」
「悪いかよ!」
そんな訳で私は雨でも屋上手前の踊り場に行くことになった。別に強制されている訳では無いけど、大毅に顔出すと言われたら行った方がいいのかなという気になっていた。
未だにフルネームも学年も何もかも知らないけど、この不思議な関係は続いていた。
「もうすぐ夏休みだけどお前どーすんの?」
「どうするってさすがに夏休みは来ないよ?」
「まあそらそーか」
少し寂しそうな表情に見えたけど、それもすぐに崩れて笑顔になる。
「じゃ、夏休み明け会おうな」
「え?う、うん。」
友達もいない、家族も仕事やサークルでいない、学校に行かないから宿題も貰っていない、進学は絶望的なのでもちろん塾にも行っていない。これ以上暇な夏休みがあるだろうか?大毅と連絡先を交換していないことに少し後悔を覚える。でも3ヶ月くらいほぼ毎日顔を合わせているのに今更連絡先を聞くタイミングが分からなかった。
そんな苦痛な夏休みが終わり、2学期初日。大毅は屋上で私を待っていた。
「お前毎日このくらいに来てんの?」
「え、そうだけど」
「校門閉まってんじゃん」
「毎日飛び越えて来てる」
「なんだそれ?身体能力高くね?なんだよー知ってたら面白そうだから来るとこガン見してやったのに」
「そう言われるとなんか恥ずかしいじゃん!ってか今日来るの早くない?」
聞くところ始業式なんてつまんないし、先生の話聞くだけならいてもいなくても変わらないだろうということで屋上に来てしまったらしい。なんだかんだ朝一からちゃんと登校しているのは偉いなと思った。
「もうすぐ文化祭だってよ」
「まあそんな時期だよね」
「お前文化祭の日どうすんの?」
「あんなに人が来たらこっそり行動出来ないから来ないかなー」
「そーなんだ。俺もだるいなー」
「アハハそうなの?むしろ結構そういうのは好きなタイプかと思ったけど」
「おい笑うなよ。見た目はこんなだけど、女遊びもしねぇし、夜も割と出歩かないし、割と真面目だろ?」
「ごめんて笑 いやでも真面目な人はそもそもここ来ないけど」
「るせぇなぁ」
今日はよく笑った気がする。
文化祭当日、大毅は昼間どうしていたか全く分からないが、私は大毅に言われて後夜祭の時間だけ屋上に来た。
「え、もしかしてお前知らないだろ。ここの文化祭、夜に打ち上げ花火上げるんだぜ?まあ数発だけど」
こんな情報を流されたらなんとなく気になってしまう。
「お、きたきた」
「え、何?もしかしてはめた?」
「んなわけねぇだろ?こっちこっち」
そこにはご丁寧にレジャーシートが敷かれ、お菓子と飲み物が何個か置いてあった。
「なにこれ?」
「え?花火鑑賞のためのお菓子。」
「ブッ…ハハハハハ。これ私来なかったらどうしてたの?」
「いやあれだけ言っておけばお前は来るかなって。なんだかんだ梅雨の時もほぼ毎日来てくれてたし」
「あーまあたしかに。なんかそう言われると恥ずかしいんだけど?」
「わりぃわりぃ」
校庭が徐々に賑やかになる。マイク調整の音が入る。ザッザッという気だるげに校庭の砂を蹴る音がする。少し砂埃の舞った臭いがする。
『それでは、只今より恒例の花火の打ち上げを行います。カウントダウンいきまーす。3!!!2!!!!!1!!!!!!!』
ヒューッという音ともに花火が上がる。何発もあげられないためゆっくりと1つ1つ惜しむように上がる。それらは赤や緑に夜空を染める。とても綺麗だった。
文化祭が終わると次の行事は合唱祭らしい。今まで校内の行事を気にしたことはほぼなかったし、教えてくれる人もいなかったので詳しく知らなかったけど、学校生活は割と忙しいらしい。
昼休みや放課後に各クラスからの歌声が聞こえるようになる。合唱曲のことは当然詳しくないので、聞こえてきてもなんという曲か分からなかった。
眠そうな大毅が欠伸をしながら言う。
「この学校1年生は課題曲で校歌を必ず歌わないといけないんだぜ?どんな習慣だよ。3年間しかないのに好きな曲歌わせろっての」
少し怒った様子の大毅を意外に思った。合唱祭こそ面倒くさがるかと思っていた。
それから大毅は屋上に来ない日が数日続いた。もしかしたら合唱祭は好きなのかもしれない。こんなにサボっていても受け入れてくれるクラスがあるっていうのはいいなと思った。
昼休みや放課後に合唱の声が聞こえなくなって1週間くらい経った日、大毅は既に屋上にいた。
「え、久しぶりじゃん。ってか早くない?」
「早く来たら悪いかよ」
衣替えが終わり、お互いの服装が冬服に変わる。こんなにサボっていても一応学校に来る時はちゃんと決められた制服を真面目に着ている。考えてみれば変な話だ。
「合唱祭参加したの?」
「うん。思い出作りかな」
「え、何その理由」
「うそうそ。俺歌は自信あるんだよ。文化祭みたいな協力プレイ苦手だけど。それに今年俺のクラス劇だったからよりだるくて」
「そうなんだ。楽しかった?」
「練習はくそつまんねぇけどみんな歌上手くて、俺らのクラス結構上位だったみてぇなんだよな。まあ歌って満足したから最後まで参加してないけど」
「えー普通結果は聞くでしょ?」
「待てねぇんだよ」
この時私は大毅がなぜ屋上に来たのか、理由をすっかり忘れていた。毎日なんとなく来る友達のような存在だった。
「お前冬休みなにしてんの?」
「えーなんの予定もないけど」
「冬休みって言ったらクリスマスとか初詣とかイベント目白押しじゃねぇのか?」
「そんな風に見える?」
「いや、全然見えねぇ」
「それはそれで酷くない?」
もうすぐ学校は冬休みに入る。普段から門を飛び越えている私にとって学校が開いているかどうかはあまり関係ないけど。
すっかり寒くなった屋上から私たちは撤退して、梅雨の時に約束した踊り場にいる。外とは違い音がだいぶ響くようになったから、少し距離を縮めてヒソヒソと話した。とはいえみんなが使うクラスまでは少し距離があるから普通に話していても聞こえないと思うけど。
「そんなに暇なら俺と初詣行こうぜ?」
「予定は無いけど暇とも言ってない」
「じゃあ予定は無いけど忙しいのか?」
「それは意味わかんないけどさー…どういう風の吹き回しよ」
「んー気分。」
「明日には変わったとか言わないでよね?」
学校は冬休みに入ったけど、部活がまだあるからなんとか屋上に行くことは出来る。今日は1人だった。大毅とは結局連絡先を交換してないから、1日に校門前で待ち合わせをして初詣に行くことになった。交換すればいいのかもしれないけど何となく今更言い出せなかった。
1月1日。2人は時間の指定もしていないのになんとなくいつも屋上に行く時間にやってきた。
「あけましておめでとうございまーす」
「あ、あけましておめでとう」
「ここから近いとこは知り合いいそうでだるいから電車で遠くの神社行かね?有名なとことか」
「有名なとこは混むよー?有名じゃなくても大行列なんだから」
「まじかよーだりぃー」
「いや誘ったの大毅だからね?」
新年が開けても2人は何も変わらなかった。ただ、学校以外で大毅に会うのは初めてだった。緊張するかと思ったけど、31日はテレビが忙しくて、そのせいで今日は寝不足で、緊張なんてする余裕が無かった。
2人で参拝を済ます。お腹がすいただの、喉が渇いただの騒ぐ大毅を見ながらこの人は何をお願いしたのかなと思った。
学校が始まった。私の学年は3年だからみんな大学やら専門やらのために猛勉強をしているようだった。赤い分厚いのやら、英単語の本を持って下校している人を見かける。入学した時、受験なんてまだまだ先だなんて思っていたのに。一体誰がこの3年間で屋上登校児になると思っただろう。
私が屋上に来るようになったのは、単純に1学期で友達ができなかったからだ。人見知りというのか、コミュ障というのか、とにかく知らない人とは緊張して全く話せなかった。そんな中でどんどんグループができていくクラスに置いていかれた。そこで屋上への扉を見つけたら逃げるだろう。そう、屋上に逃げたのだ。
だから初め大毅が来た時は正直嫌だった。人見知りが邪魔をすると思ったから。でもそれは杞憂だった。全く人見知りなんてすることなく今日まで過ごしている。不思議な感覚だった。
2月に入り、この高校でも入試が行われた。さすがに学校に入れないので、諦める。その代わり発表は上から2人で眺めた。友達と来て喜びあったり、泣いたり、沈んだ表情をしたり、みんな掲示板に夢中で屋上を見上げる人は誰もいなかった。
「なんかさー懐かしいなー」
「ごめん俺実は推薦で来たからなんの感慨もない」
「え、待ってそれめっちゃ裏切りじゃん」
「いやーだって言うタイミングなかったし?ってか必要かその情報」
「えーそれは3年間ついてまわる情報でしょ」
そして、私たちにはお別れが近付いていた。
私は3年生だ。卒業式が迫っている。もしかしたらものすごく留年しているのかもしれないし、なんなら籍がないかもしれない。でも、みんなが卒業したらなんとなく来てはいけない気がした。
「もうすぐ卒業式だね。」
「そーだけど俺ら関係ある?」
「私が3年生だから関係ある」
「どーせ出席しねぇーだろ?」
「しないけど…ってか驚かないの?」
「え?むしろなんで驚くと思ってんの?ここスリッパの色学年指定!」
「え?あぁ!」
高校生活をサボりすぎてそんなルールをすっかり忘れていた。つまり大毅はずっと知っていたのだ。そう考えると妙に悔しい。教えてくれればいいのに。
「え、これなに色がなんだっけ?」
「あのなぁーそれ忘れるか?普通。えとー、お前が履いてる赤が今の3年。俺の履いてる緑が2年。青が1年な。」
「え、てことはさ、先輩と知っててタメ口使って、なんならお前とか言ってたの?」
「おん、悪いか?」
「めっちゃムカつく」
「それまじ?」
「え、うそ笑」
「は?うざ」
「それがち?」
「えーどうかなー?……って嘘だよ嘘嘘」
衝撃の事実を知った翌日が卒業式だった。私の名前が呼ばれたのかは分からないけどきっと呼ばれてないだろう。そして、その日大毅とお別れするために屋上に向かった。でも大毅はそこにいなかった。
「なーんだお別れだから来てくれるかと思ったのに」
1人ボヤきながら階段を降りる。と、何となく振り返るとドアに紙が貼られていた。来た時にはなかったはずだ。開けるのに目に入らないわけが無い。つまり大毅はここにいることを知っていて来なかったのだ。
『この1年間、くっそ楽しかったわ。
お前に会えてまじで感謝
つか今更だけど連絡先いる?
正直いうと俺が欲しいかも(笑
裏に書いとくから電話してこいよ。
卒業おめでとう。いままでありがとな。』
裏面にはちゃんと電話番号が書かれていた。でもそこに電話しても繋がることは無かった。
次の日、いつもと同じ時間に起きた。今日から何をしたらいいのだろうと考える。でも何も浮かばなかった。ふと思い立って大毅の番号にまた電話をした。やっぱり繋がらなかった。
リビングにはいつも通りラップに包まれたご飯が置いてあった。電子レンジに適当に放り込んでテレビのリモコンを弄びながら待っていた。
でもこの時なんとも言えない胸のざわめきが急に止まらなくなった。いや、この時というか、大毅に昨日電話が繋がらなかった時からかもしれない。
気がついたら温めているご飯も忘れて昨日卒業したはずの高校に向かって走り始めていた。しかし遅かった。そこには救急車と消防車と数台のパトカーが止まっていた。規制線のテープが貼られた異様な校内。現実が現実じゃないみたいで目眩がした。
しばらく放心していたけど、救急隊員の声で我に返った。担架に乗っていたのは紛れもなく大毅だった。痛みに悶え苦しんでいる様子だった。そしてその様子は救急隊員のブルーシートによって覆い隠された。
ピーポーピーポーとサイレンの音が遠のいていく。そこで私はようやく思い出した。大毅は自殺したくて屋上に来たのだと。そして私がいたから萎えたと。つまり私がいなくなったから心置きなく自殺に踏み切ったということだろう。
現場となった屋上は当分立ち入れそうにない。というより鍵が開いていたことが問題視されて二度と上がれなくなるだろう。
思考が追いついた私は涙が止まらなくなった。私が卒業しても何食わぬ顔で来ていればと後悔ばかりが募った。
そんな私は今隣町の大きい病院の受付にいる。事の発端は1本の電話だった。
しばらく塞ぎ込んでそれこそ本物の引きこもりと化し、家からどころか部屋からも出ずに泣き続けた。そんな生活を2ヶ月もしていた時、知らない番号から電話がかかってきた。最初は怪しすぎると思ったけどなんとなく出ないといけない気がして、出ることにした。
「…もし…もし?」
「おーやっぱり!お前卒業式の日かけすぎだバカ」
「え?待って?!その声もしかして大毅??」
「おうそうだけど?何そんなびっくりした声出しやがって。俺別にお化けとかじゃねぇけど?」
「え、だって卒業式の次の日屋上から…」
「それがさぁー………」
「え?もしもし?もしもしっ?」
「ごめんごめん!ここさー看護師うるさくて笑 本当は部屋で電話しちゃいけねぇらしいんだけどまだ自由に出歩けねぇからだるくてよぉ。とりあえず部屋から掛けてんだわ。だけど廊下に近いから人通る度にどきどきだよなー」
「もーなにしてんの?心配したんだからね?」
「何?お前泣いてんの?待てって、やめろよ。俺が悪いみてぇじゃねぇか。ってか悪いのか?積もる話はねぇけどよ、お前お見舞い来いよ!顔見せてやるよ笑」
今は言われた通り病院に来たら想像以上に大きい病院で圧倒されているところだ。
「あのぉ…708号室の旗山大毅さんのお見舞いで…」
「あ、お見舞いですねー。こちらにご記入お願いします。これが入館証になりますので首から掛けておいてください。そちらのエレベーター上がっていただいて、そこのステーションでこれを渡してください。」
1枚の紙とネームプレートを渡される。あまりに心許ない。
エレベーターを上がり、ステーションで紙を渡す。
「8号はあちら真っ直ぐ行って角から3つ目ですね。談話室は角を曲がった所にあります。何かありましたらお知らせください。」
案内され、大毅に会える喜びと不安が綯い交ぜになる。緊張を隠せない。
トントン…
「失礼します…」
「おう、ここ!ここ!多分今この部屋人いないべ?」
辺りを見回す。確かにカーテンが開け放たれ人の様子はなかった。
「なんかリハビリ?行ったり家族の見舞いでどっか行ったりして割と日中俺だけなんだよなー…って待て待て待て泣くなって!」
「だってぇええ、大毅生きてるぅぅぅ」
そこから泣いたり笑ったり怒ったりまた泣いたり、とにかく感情がどうにかなってしまったようだった。でもとにかく生きていてよかったと心の底から思った。
話を聞けば大毅は人生がだるくなったらしかった。家族は比較的大企業の割と偉い役職のお父さんと、パートに出ているお母さんと、勉強のできる妹がいるらしかった。恥ずかしながら今回お見舞いに来るために苗字を初めて聞いたのだ。
そしてこの家族は崩壊していた。お父さんは秘書と不倫。それを知ってか知らずかお母さんは大学生とママ活、妹はそれに飽きれて全寮制高校を目指している。そんな家庭環境に嫌気がさして学校に来たけど、見た目の不良っぽさから嫌煙され友達もまともに出来ず、こんな人生どうでもいいやと思ったらしかった。
が、しかしこの大暴露には続きがあった。なんと、私と出会ってからの記録を日記と言うには拙いが、全てメモに残していたのだ。それを飛び降りる前に屋上に置いていったらしい。当然というか、考えれば当たり前というか、警察に回収され、少し中も拝見され、意識もあるし会話もできるしで3週間後くらいに返却されたらしい。これ以上の黒歴史はないよなと苦笑いしていた。
全て記録されていたと思うと恥ずかしいし、さらに知らない警察官に見られていると思うと私まで貰い事故だ。
で、なぜ彼が生き残ったかと言う話だが、木に落っこちたかららしい。校庭を眺めながら前にぴょんと飛び降りる予定がちょっと足を滑らしたというしょうもない理由で落ちたらしい。その結果全然イメージと違うところに落ちたというわけだ。でも結果的に一命は取り留めたし、もう死にたくないと改心できたらしいので安心だ。
木に落ちたせいで切り傷は無数に出来て、中には縫わないといけないものもあったらしい。さらに肋骨やら足の骨やら数カ所折れていたという。それはそれは当分寝返りで絶叫、起きるのもご飯もトイレも地獄だったらしい。死にたかったのに生きた心地がしなかったと言うんだから変な話だ。
そんな訳で大毅は今も入院生活を余儀なくされていた。
でも居場所が固定されたことで私はほぼ毎日お見舞いに行けたし、看護師さんからは付き合ってるの?と冷やかされるまでになった。
そこまで行けばもうあとはトントン拍子だった。何がって、もちろん大毅の怪我の具合だ。骨は元あった場所に概ねくっつき、筋力も概ね回復した。あとは家に帰ってまたリハビリを続けろと言われ、うげぇーと舌を出して怒られたのは大毅らしい。
大毅が退院する頃には私も、そろそろ何かしないとやばいということでとりあえずアルバイトをした。そして安いアパートに一人暮らしを始めた。どうせ家にいてもいなくても家族は無関心なのだから、それなら一人暮らしをして自由を手に入れようという魂胆だ。
大毅は大毅で家に帰りたくないだ何だ喚いて、退院してからは私の家にいる。その結果私から自主トレをしているか厳しく監視されているわけだが。
もちろん、看護師さんたちの予想通り私たちは退院してから退院祝いで向かったレストランでどちらからともなく告白をして、今ではカップルだ。何が変わった訳では無いけど、もう離れていかないんだという安心感は計り知れなかった。
母校は地域で一瞬話題となったが、大毅が生きていたことと、噂によると大毅のお父さんが揉み消したとかなんとかで大して話題はもたなかった。当然学校の責任ということで、鍵は新しく取り付けられ、屋上には行けなくなった。
このあと2人がどうなったかは、また次のお話。
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