ミサンガの呪い

春瀬莉久

序章

 春の微かなぬくもりが、河川敷の桜を咲かせた。この桜は駅前の大樹から受け継がれたものだと、祖父は呟いていた。その大樹を見たことはないが、きっとこの桜のように淡くて綺麗だったのだろう。

 僕はカメラの電源を入れて、桜と水色の空に向けた。一枚、また一枚。風に揺れてひらひらと舞っていく桜を、狭い画面に収めていく。一枚、また一枚。僕はシャッターを切り続ける。

「なにしてんの?」

 フレームの中にピースサインが入り込む。いつもの赤いミサンガ付きの白い手首が見えた。

「香織」

「ふふ、香純ってば怖い顔」

 彼女は笑いながら、舞い散る桜の花びらを捕まえようとする。僕は少し考えてから、桜と彼女の写真を撮った。

「あーあ、疲れた」

 十数分はしゃぎまわっていた彼女は、息を切らしながら階段に腰掛けた。僕も隣に座る。自然の音と雑踏が綺麗に重なる世界の中で、僕らは小さな互いの呼吸音に耳を傾けていた。

「「あのさ」」重なる声。続けて、笑いが起きる。

 ひとしきり笑った後、彼女は寂しそうに空を見つめて呟いた。

「いつも、こうだったらいいのにね」

「うん、そうだね」

 僕らは、お互いの手首に結ばれた赤いミサンガを見つめた。これは、呪いだ。僕と彼女を縛り付ける鎖だ。一生離れることのできない家族の証だ。

「帰ろ、また殺される」

「うん」

 僕らの顔はよく似ていたし、僕らの傷もよく似たものだった。

 僕らは笑い合いながら、地獄に向けて歩き出した。

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