2.三番町

 大街道と銀天街をゆっくり時間をかけて二往復した。夜になっていた。大街道から右に入ってみた。いきなりネオンに包まれたような気がした。町名表示を見ると三番町とある。急に記憶がよみがえってきた。


 二番町と三番町は松山一の飲み屋街だ。


 三番町には、竜也が独身のときに入れ込んだ店があった。『宇和海』という名前で年配のママと、ちょっとかわいい女の子の二人がやっているスナックだった。確か二人とも宇和島の出身だった。


 店が特別豪華というわけでもなかった。ママや女の子が特段美人というわけでもなかった。客あしらいが良かったわけでもなかった。いま思えば、『宇和海』にどうしてあんなに通い詰めたのかわからない。そして、なぜか急に行かなくなった。その理由も思い出せなかった。


 竜也は簡単に夕食をとって、三番町のネオンの中をさまよった。帰りは明日のフライトを予約していた。今日は特に宿を決めていなかった。糸の切れた凧のように行く当てもなくさまよい歩くことが、自由を得た魚のようで気持ちよかった。


 しばらく歩くと雑居ビルの看板に「宇和海」という文字を見つけた。


 同じ名前のスナックだ。竜也は苦笑した。これも縁だ。それに何かの話のネタにでもなるだろう。


 そう思った竜也は古びた雑居ビルのせまい階段を上がった。「宇和海」は3階だった。昔は重厚だったと思える、焦げ茶色の厚い木のドアが現われた。ドアには金メッキの文字で「宇和海」とあった。竜也はドアを開けた。

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