記憶屋
永嶋良一
1.大街道
茶色を基調とした三越のいかめしい建物の先にボーリング場がある。その先を右に入ると大きなアーケードが現われた。アーケードの入り口には茶と黒の格子柄の壁が垂直にそびえていて、その中に大街道という文字が銀色に光っていた。
「ああ、なつかしい」
栗瀬竜也は思わずため息をついた。
ここに来るのは30年ぶりだ。竜也は20代の独身時代に松山に住んでいた。土日の休日になると、よく一人で大街道や隣接する銀天街に遊びに来たものだった。
大街道と銀天街は松山随一の繁華街だ。松山の人間で知らぬものはない。
会社の同期で松山に住んでいる者が定年退職することになり、昨夜、久しぶりに同期の悪友連中が10人ほど松山に集まった。竜也自身も昨年会社を定年退職した。いまは就職浪人の身だ。昨日は夕方に松山に着いた後、会場の道後温泉のホテルに直接出向いて宴に参加した。一次会の後は道後の街に繰り出して、そのまま道後温泉のホテルに宿泊したのだった。今日はゴルフにいくという悪友たちと別れてひとり大街道に出てきたのだ。
久しぶりの松山で一人で郷愁を味わいたかった。
竜也は大街道の中に進んだ。
昔より周りの店舗が小綺麗になっていたが、やはり年月は経っていた。
アーケード近くの大きな本屋がなくなって、チェーン店のコーヒーショップが建っていた。昔はよくあの本屋で本を買ったものだ・・・竜也の胸に一抹の風が吹いた。
昔はコンビニがほとんどなかったのに、コンビニが増えていた。カラオケ店の赤い看板が目立つようになっていた。
昔は個性があった商店街だったのに、いまはすっかり個性がなくなったように思えた。没個性も時代の流れなのだ。竜也はそう思おうとした。昔はよかった式の安易な郷愁が頭をもたげてきたが、首を振ってそれを打ち消した。
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