第三話 らしさ
「期待」
それは俺がこの世界で一番好きな言葉だ。
「期待している」
その一言がいつも俺を強くした。
小さいころから周りと比べて頭が飛びぬけてよかった。いつもいつも周りの大人の期待を裏切らないように自分を奮いたたせた。
「さすがだな」
「期待してよかった」
「がんばれよ」
そんな言葉を求めて俺は、自分の才能を超えるため努力してきた。勉強も運動も、人間関係も、人柄も、褒められるためだけに自分を磨きつづけた。
そして俺は、世界を変えた。
「ユリカ博士、君は本当に頑張った。新人類の発見、新たな技術革新、人類による神の超越、対神兵器の開発。数え切れんほどの功績を我が国、いや世界にもたらしてくれた。」
「ガガリー大総統、お褒めのお言葉、恐縮です。」
「だが、そんな君がなぜ”退職”を希望する?現在開発中の新たな対神兵器は君なしじゃうまく進まないだろう。できればこのまま職務を全うしてほしいのだがな。」
ガガリー大総統は、大きなため息とともに窓ガラスから見えるこの街の夜景を眺めた。
外はネオンライトで照りかえるビルがずらりと並んでいる。空中で黒ずんで見えるのは空飛ぶ車の影だろう。俺が始めた技術革新計画により作られた自慢の動力核によって動いている。
「見ろ、ひと昔までは地面を走っていた車が今では空を自由に飛んでいる。もう少し開発が進めば宇宙を自由に行き来できる時代が来るだろう。そんな時代を君が作っていくと期待していたのだがね。」
またもや大きなため息。俺は本当に期待されていたのだろう。ガガリー大総統は白い無精ひげをいじり、今だに外を眺めている。
「ですが、ガガリー大総統。私は敵を多く作りすぎてしまった。私が進めた技術革新にて職を失ったという人間は大勢います。それに・・・」
「それに・・・?」
「先の大戦にて、私が開発した対神兵器は神々に大きな傷跡を残しました。それに、その後の戦犯の処刑にも私のが。」
「何が言いたいのだ?」
「私が一番恐れているのは『報復』です。神々は人類への報復のために『死神』を使っていると聞きました。死神は何時襲ってくるかわからない外道共です。」
「私は恐れているのです、死を。その死を司る『死神』を。私は、もっと生きていたいのです。」
俺は冷や汗をかきながら本音を言った。ガガリー大総統は”冷酷総統”で知られる血も涙もない方だ。気分次第で殺されることも珍しくはない。
ガガリー大総統はその鋭い眼を丸くして俺を見つめたかと思うと、「へっへっへ」と聞いたことのない笑い声で笑った。
「なるほど、『死神』か。確かにな。」
「正直、私も命を狙われていないとは限らない。私だって怖いものさ。だがね、私の命と君の命どちらがいいかと聞かれたら間違いなく君の方がいいに決まってる。なんせ世界を変えた男なのだからな。」
「この退職届はもらっておく。君の退職を認めよう。退職後も君が安心して過ごせるよう隠れ家も用意しよう。心配なら私が厳選したボディーガードを紹介しよう。」
「ありがとうございます!ガガリー大総統!」
「だが、条件がある。軍の要請があったらすぐここに戻ってこい。あまり要請は出さないようにこちらも頑張るとするがな。今でさえ君が必要なのだ。理解してくれ。」
「わかりました。ご決断、本当にありがとうございます。」
俺は深く礼をした。起き上がるとガガリー大総統の見たことのない万遍の笑みが視界に入った。俺が軍に配属されて15年、一度も見たことのない一面を見ることができた。
「15年間、本当にありがとう。残りの人生を楽しんでくれ、ユリカ博士。」
『ありがとう』
この言葉を聞いた瞬間、俺は涙ぐんだ。このために、このために生きてきたのだと実感した。期待にこたえるため、死ぬ気で努力してようやく報われたのだ。
「おいおい、泣くんじゃないユリカ博士。せっかくの美顔が台無しじゃないか。」
『そうだよ、まだ泣くには早すぎるよ』
バリィン!!
大総統室の窓ガラスが割れた。一気に夜風が部屋中に入り込む。冷たい風が俺の涙を冷やし、さらに体温が下がった。
窓に立つ人影、黒いマントを羽織った小さな体は勢いよくガガリー大総統に迫った。
「まずいっ!!」
ガガリー大総統は防御姿勢を取ろうとしたが遅かった。
黒いマントの中から白い腕が見えたかと思うと、腕の先にある小さな手はすでに大総統に触れていた。
「!?」
次の瞬間ガガリー大総統は絶叫した。これも聞いたことのない声だ。まるで、金属と金属が擦れあう不快音だ。甲高く、そしてドスの効いた声だ。
「お前は・・・まさか・・・」
黒いマントが夜風によって飛ばされる。それによって大総統を襲ったモノが何かがはっきりした。
白く透き通る肌と髪の毛、目は不気味なほどに赤黒い、きゃしゃな体格の少女。
「そう、『死神』だよ。」
死神は嫌われている VAN @loldob
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