4話「神の審判と爆弾発言 後編」

「ふむ、結構。ならば早速始めようとするかの」


 俺の啖呵に不敵な笑みを浮かべたアウラは、手元の資料らしき書類に目を移し始めた。そのように堂々と構えるのなら、せめて説明ぐらい空でできるようにしないと格好がつかないのではと思ってしまう。


 ――まあ、新人だと言っていたし仕方がないのだろうが。


「生涯を終えた魂はここに集められ、神々による審判を受ける。ここまではよいな」


 先ほどの件で途切れてしまった雰囲気を取り戻すように、アウラは声を低くして確認してきた。

 魂、審判――あまり聞きなれない語彙ではあるものの、ここで行われていることについては辛うじて理解できているつもりだ。


「じゃが、何のための審判か、というのが当然の疑問じゃ……主も薄々気づいておるのだろう?」


 俺の思考をはっきり読んだかのようなアウラの口ぶりに俺は思わず喉を鳴らした。

 もちろん彼女が言うことは正しく、俺がまさに考えていたことでもあった。

 話を聞いていた当初は意味を理解する暇もなかったのだが、よくよく考えてみれば審判という行為には謎が残る。


 審判というからには何かを判決したり制裁したりするものだと思われるが、死人を前にそのようなことをして何の意味があるのだろう。


 通常であればそう思うのが正しい。しかし、今の俺からしてみれば、審判を行う目的を推察することも容易い。


「――異世界転生のための審判、ということか」


「ご明察じゃ」


 俺の予想は当たっていたらしく、アウラは明るい声で首肯する。


 転生、即ち生まれ変わること。今行われているのが審判だというのなら、俺はこの時間を終えれば新たな命として旅立っていくということなのか。

 転生なんて物語の世界だけの現象だと思っていたのに。実際にこうして直面していると考えると、どこか可笑しく、そして不安だった。


「その魂がどのように生まれ、どのように世界と関わり、そしてどのように死んでいったのか。我々神が注意深くそれを分析し、その結果に応じた転生計画を立てるのじゃ」


 奇特な内容にまたもや首を傾げてしまう。生き死にが転生に関わるということらしいが、どうにも要領を得ない。

 俺の表情を見て察したのか、アウラは一つ咳払いをしてからこう続けた。


「簡単に言えばその一生において、周囲にとって善い存在だったかそうでなかったかを見定める、ということじゃ。善い存在というのは周りを幸せにするもの。人間であれば、どれほど他者の助けになったか、はたまたどれほど他者を傷つけたか……ということを振り返り、そのものが善い存在であったかを審判するのじゃよ」


「善い存在、か……」


 与えられた情報を飲み込むために、ゆっくりと言葉を反芻する。


 審判というのは、魂が善い存在かそうでないかを決めるためのものだったらしい。

 そしてアウラが先ほど言っていた転生計画という言葉。恐らくその審判の如何が転生に影響するということなのだろう。


 自分のしてきた行いが善いか悪いかを第三者に判別されるのはまだしも、それがその先の命にすら関わってくるとは。


「まるで神だな」


「正真正銘の神じゃが、それがどうかしたか?」


 不意に口から出た感想に、アウラは偉そうにその薄い胸を精いっぱい張った。別に褒めているわけではないのだが、それを訂正して彼女の機嫌を損ねるのは得策ではないだろう。

 何せこの審判がこの先の俺の命運を決めるかもしれないのだから、今まで以上に口を慎んだ方がいい。

 ぼろが出る前に話を先に進めようと俺は話題を切り替えた。


「その善い存在云々ってのは分かったけど、結局それはどんな風に転生に関わってくるんだよ」


「そう急くな。善い存在と認められれば、転生時に様々な特典が付与される。顔の良し悪し、高い知性、芸術的な才能といったようなものじゃ。主の周りにもおらんったか? 顔が良くて、幼いうちから優れた才を存分にふるい、若くして華々しい成功を収めるようなものが」


「ああ……まあ、どうだろうな、具体的には分からないが確かにいたような気がする。こいつ人生二週目なんじゃないかみたいな」


「そうじゃ、二週目だったのじゃ……ひょっとするとそれ以上かもしれないがの」


 軽い調子で語るが、結構衝撃的な内容に言葉を失う。天は二物を与えずとは、全くの嘘っぱちだったってことだ。

 つまり、現世で徳を積めば積むほど、来世以降の人生がより楽になるということだ。

 まるでゲームの攻略法を聞いているかのような感覚だった。死んでからでないと知りようもないのがなんとも意地が悪いと思うが。


「逆に言うと悪い存在だと認められれば転生時の自由もきかない。それどころか、転生するまでに善い魂になるため更生プログラムを受ける必要に迫られることもある」


「はあ、それは面倒だ」


 どんどんと移ろってゆく俺の天国に対するイメージ。以前まではもっと神聖なものだと思っていたのだが、あまりに現実世界と似通っている様に、若干裏切られたような気分にすらなる。


 だが、これでこの世界について本当の意味で理解したといえるだろう。審判を受け、そこで明らかになった己の善性に応じて転生の際に様々な要素が付く。


 そこまで考えれば、俺が先ほど感じていた疑問――この天界と現実世界の奇妙な一致も説明できそうな気もする。


「さっき言っていた特典、だったか……それにはこの世界での記憶を引き継げる、なんてのもあったりするのか?」


「む、中々鋭いが……残念ながら、そこまでは許されないのじゃ。あくまでも転生するときには記憶はまっさらな状態に戻される」


 予想が外れ肩を沈める俺に、「じゃが」とアウラは続けた。


「記憶はなくしても、魂は変わらぬ。じゃから、無意識のうちにここでの出来事に感化されるということは十分にあり得る。神や天使という偶像を創り出すこともな」


「魂が覚えている……ということか」


 ここでの経験が無意識のうちに魂に残っているということ、思っていた以上にこの世界が俺たちの世界に関わっているのだと知って不思議な感覚に陥る。


 人は死んでも終わらない。天国へと旅発ち、やがて転生する。そんのもの宗教上の通説、都合のいい物語の世界のみでのことだと思っていた。


 しかし本当は天国も神も実在し、俺たちの世界と繋がっている。信じがたい話だったが、ここまで経験したことを嘘だというのも無理がある。



 認めよう。これは夢でも幻でもない現実だと。


「……なあ」


「どうした?」


「これまでの話から察するに、今まで生きてきた俺は……もう終わっちまったんだよな……」


「……? 何を言っておるんじゃ?」


 アウラの返答に応じることはせず、背もたれに上体を預けて天を仰ぐ。


 それまでの俺は自分の死を漠然と認識していて、その死が自分にとって何を意味するのか分からなかったが、今になってようやく本当の意味で自分が置かれている立場を理解したのだ。


 あの広間での出来事、アウラからの説明、そしてこの審判が始まる前に見ていたあの夢のおかげで。



「これ、姿勢を正さんか! っと、まあよい。これでこの世界については一通り説明できた……ここからはいよいよ主の異世界転生についてじゃな」


「…………」


 アウラの指摘も無視して、俺はそのままの姿勢を続けた。


 異世界転生。本来なら新しい生を得られることを喜ぶべきなのだろうが、生憎と俺の場合は違った。


 生まれ変わるということは、ある意味一つ一つの人生が不可逆であることを意味する。



「ふむ、主の資料は……これじゃな。そう言えば、主とは結構長い間顔を合わせておるが、まだ名前も知らなんだな。えー……どれどれ、名前は――」


 そんな俺の態度には気づいていないのか、アウラは手元の資料と睨めっこし、お構いなしに話を進めようとする。


 どういう理由かはさておき、その資料には恐らく俺という人間を審判するに足る情報が載っているのだろう。


 俺の名前、出身、どのように生き、どのように死んでいったか。


 ここに来て最初の頃の俺は自分が死んだということしか頭になく、俺という男がどのような人生を歩んできたかについてほとんど知らなかった。いや、知らないということに気づいてすらいなかった。


 しかし、今の俺ならアウラが一生懸命目を通している書類を見なくとも、全て手に取るように分かっていた。


 そして、この先に待ち受ける未来が俺にとってかなり都合が悪いことにも。


「名前は、ふむ……神園柊夜、か。年齢は十八歳で、家族が――」


「……やめてくれ」


「え……な、なんじゃ?」


 気がつけば俺は机に身を乗り出し、無遠慮に個人情報を羅列するアウラに迫っていた。

 急に豹変した俺の態度に戸惑いを隠せないアウラ。怯えているようにも見える彼女を目にしていると心底申し訳ないが、生憎とこのまま話を続けさせるわけにもいかなかった。


「転生の話はもうやめよう。俺は、俺はそんなこと望んでいないんだ」


「な、何故じゃ……? もしや、転生が不安なのか……? じ、じゃが案ずるでないぞ。主――シュウヤは地球の出身じゃからな、異世界と聞いて何か危険な想像をしてしまうのかもしれぬが……転生先の世界はしっかり選ばせて――」


「そうじゃない……! そうじゃないんだ……俺は……!」


「シュウヤ……」


 的外れなことを言うアウラに俺は苛立ちを隠せなかった。彼女に罪はないのは百も承知だが、止まることはできない。


「思い出したんだよ、だんだんと……俺はこんなところで呑気に話を聞いている場合じゃないんだ……!」


「落ち着け……」


「異世界転生? そんなものはどうでもいい! 今すぐ俺を――」


「落ち着けと言っておる!!」


 勢いよく捲し立てる俺をアウラはぴしゃりと押さえつけ、手刀で俺の頭を軽く打った。鋭い痛みが前頭部に広がり、その勢いで俺は倒れるように椅子へ着席した。


「全く、急にどうしたというのじゃ。死んだばかりの魂にしては落ち着いて話を聞いていたというのに……何か嫌なことでも思い出したか?」


 俺がひとまず沈黙したのを見計らって、アウラは諭すような優しい声色で俺に語りかけてきた。

 姿形はどこからどう見ても少女にしか見えないが、今のアウラからはまさに人を導く神のようなカリスマ性を感じられた。

 その慈悲深くも感じられる彼女の振る舞いにあてられ、俺は無意識のうちに声を発していた。


「……分かっちまったんだよ。俺がどうして死んだのか、その前はどう暮らしてきたか、全部」


「……それで、自分がとても悪い人間であったと気づいたと?」


「違う……! いや、別に良くもなかったけど……そうじゃなくて――」


「むう、中々複雑なようじゃな。ここに一応資料はあるが……アレを使った方が早そうじゃ」


 アウラから発せられた意味深の言葉、その意味を考えるよりも早く、アウラはぴょいと立ち上がると俺の方へ近づいてきた。


「な……!?」


 そしてあろうことか俺の両肩を力強く掴み、両者の顔の距離を近づけてきたのだ。

 まるでこれから口づけを交わすような流れである。そのことを認識した俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


「……じっとしておるのじゃぞ」


 対するアウラの頬を見ても微かに赤みがさしており、これから行われることへの想像が否応なしに掻き立てられる。

 ここまで接近して改めて気づかされるが、アウラの顔は今まで見てきたどんな女性と比べても遜色がないほど美しい。そんな美少女を前にしているのだから、先ほどまで抱えていた感情との落差によって、俺の頭はパンクしてしまいそうだった。


 段々と思考が追いつかなくなる一方で、俺とアウラとの距離はお構いなしに近づいていく。

 そしてついにはその瑞々しい輝きを湛えた唇が俺のそれへと――




 ごちん。



「は……?」


 身構えていたものとは全くかけ離れていた感触に戸惑ってしまう。遅れること数秒、どうやら俺の額とアウラのが触れ合ったのだと気づく。俺の顔にかかる彼女の髪の感触がくすぐったい。


「何を……」


「これから神にのみ許されしある術を使う。それでもってこれからシュウヤの魂に刻まれた記憶――即ち主の歩んだ人生を共に追体験する。構わぬな?」


「は……? そんなの構うにきまって――」


「まあ、主に最初から決定権などないがの」


 俺の抗議を遮って可愛らしく舌を出すアウラ。そんな勝手な態度に文句を言ってやりたったが、それもかなわなかった。


 合わせていた額の間から、迸るような青い光が漏れ出したのだ。そのあまりの明るさに、俺は反射的に目を瞑った。




「……っつ……」


 それは一瞬の間のはずだった。


 書斎のような部屋で、俺とアウラの二人。そこで審判とやらを受けさせられ、どういうわけか彼女が俺に近づいて、それから――



「……嘘だろ、ここは」


 眩い閃光に閉じていた瞳を開けた俺は、呆然とそう呟くことしかできなかった。

 至近距離には一瞬前と変わらずアウラがいる。そこまではいい。が、逆に言えば変わらないのはそれだけだ。信じられないことにそれ以外の全てが丸っきり異なっていた。


 まず俺が先刻まで座っていた椅子には、それまではなかったはずのキャスターが付いている。アウラが書類を広げていた書斎机は、いつの間にか新品のダイニングテーブルへと変わっていた。


 俺たちがいたはずの書斎は跡形もなく、その代わりに広がるのは新築の木の香りが漂うリビングルームだった。


 俺の記憶にあるものとは若干雰囲気が異なる気もするが間違いない、この場所は――


「……無事に成功したようじゃな」


「なあ、これはどういうことだ……? どうして……どうして、俺の家にいるんだ!?」


 そう、ここは幼いころから慣れ親しんだ実家だった。家具の配置も空間もそっくりだ。

 だが、そんな事はあり得ないはずだった。俺はもう死んでいるというのに、これは俺の願望が生み出した都合の良い幻なのだろうか。


 訝しむ俺を見て溜息をついたアウラは、それまで近づけていた俺との距離を空けた。


「言ったじゃろう、シュウヤ? 主の人生を追体験すると……ほれ」


「俺の人生……って、はぁ……?」


 指し示せられたその方向を見て、俺は度肝を抜かれた。それまで何もなかったはずのリビングの一角、忽然と現れた人影があったからだ。

『ねえ、あなた……この子の名前、もうそろそろ決めなきゃね?』


『ははは、それはそうだけど……考えが纏まらないなぁ』


「……母さん? それに、父さんも……?」


 現れたのは若かりし頃の両親と、その母さんに抱かれる赤ん坊――生まれたばかりであろう俺の姿だった。

 思わず手を伸ばそうとしたが、寸前でアウラに止められる。


「干渉しようとしても無駄じゃよ。これはあくまでも記憶から形作られた幻影。わしたち神が審判を円滑に進めるための、な……」


「は……また、審判かよ……もううんざりだ」


「そうはいかぬのじゃ、これも規則ゆえにな。主にも思うところはあるじゃろうが……付き合ってもらうぞ、この追憶の旅へ」


 どうせ俺に決定権などありはしない。厳かに告げられたその言葉に、俺は従うほかなかった。





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