第3話

 グノタロス聖王国より遥か西。ゴスボルツ帝国では最近ある服装が若い貴族令嬢の間で流行している。


 それまで特に10代の令嬢方の中には、その体格や雰囲気からドレスが着こなせないなどの悩みがあったが、この衣装の登場により、「少し幼げな感じを残しつつも妖艶さを醸し出す女性」を表現できるようになったと評判であった。


 この衣装を作り出したと言われるのがロリス(27)。数年前までは全くの無名であった男。だが今や彼の名前を知らない貴族令嬢は居ないほどである。そんな彼がどうやってこの衣装のアイデアを思い付いたのか、それを知るものは本人以外には居ない。






 遡ること3年前。ロリスは悩んでいた。夢であったデザイナーとして帝都に来たのはいいが、なかなか自分のデザインが採用されず、服飾店の店員や雑用をこなしながら日々を送っていた。年齢も20代半ばを向かえ、そろそろ本格的に他の職業に転職するなりしてデザイナーを諦めようとしていた。


 そんなある日、ロリスが借りている部屋に戻り、着替えようとタンスを開けると、中に何か人形が置いてあるのに気が付いた。大きさは自分の頭部くらいだろうか。部屋に鍵は掛けていたし、留守中に部屋に入ってくるような知り合いもいない。訝しげにその人形を手に取ってみると・・・まずその精巧さに驚く。表情もそうだが、動いている人間がそのまま固まっておりすぐにも動きだしそうな躍動感がある。そしてロリスが最も目を引かれたのはその服装だ。それは従来のドレスより装飾や絞り、フリルが多く、元々大人しか似合わないとされてきた黒を主調とした、ドレス風の服装である。刺繍などは施さず、部分的に白や赤を入れることでメリハリがついている。通常の夜会用ドレスよりもスカートの丈は短く膝下程度、足にはソックスをスカートの丈に隠れるところまで履くことで直接肌を見せないようにしている。素足を見せるのははしたないと、床に付くか付かないかギリギリのスカートが当たり前と言われる貴族社会の中では斬新なアイデアであった。


 「こ・・・これは・・・!」


 デザイナーとしてのロリスの血が騒ぐ。これまでこのようなデザインは見たことがない。「ドレスとはこう在るべき」という形を踏襲しつつ、形としては子供っぽさを感じさせるが、黒にすることで幼さは消え大人っぽさや少し謎めいた感じを表現している(とロリスは感じた)この服装は革新的だと。


 「こうしてはいられない!」


 ロリスは人形を見ながら服のデザイン画を描いていく。人形を前から、後ろから、上から、そして下から。舐め回すように、覗き込むように人形を見てデザイン画を描いていく。寝食を忘れて、そこから更に思い付いたデザインも描きまくる。満足気にペンを置いた時には3日経っていた。達成感と体力が限界に達していたのもあり、そのまま寝てしまう。目が覚めたのはさらに翌日の昼頃であった。


 さすがに4日も食べていないと身体が動かなかった。部屋にあったパンを掻き込むように食べているとドアをノックする音が聞こえた。何故か、なんとなく誰かに人形を見られるのが気恥ずかしかったためタンスに人形を隠して、まだ少しフラつく足でなんとか歩いていきドアを開ける。


 そこにはロリスが働いている服飾店の店主であるシャルロッテ(本名:ガンドル)が心配そうな顔をして立っていた。


 「ロリスちゃぁぁぁん!無事だったのねぇぇぇ!無断で休んだことのないアナタが何日も連絡無かったから心配して来ちゃったのよぉぉぉ!!」


 ロリスの顔を見るなり、その豊満な・・・筋肉質な身体(本人曰く、スリーサイズは152.102.125らしい)で抱き付いてくる。なんとか餓死は免れた直後に圧死の危機に晒されるとは・・・いや、俺は今死ぬわけにはいかないと渾身の力を振り絞りシャルロッテの背中を数回叩いた。それに気付いたシャルロッテはロリスを解放した。


 「ロリスちゃん、ごめんなさいねぇ!あまりにも心配してたから嬉しくて・・・」


 「いえ、店長。ご迷惑とご心配をお掛けしてしまって・・・こちらこそスミマセンでした」


 「いいのよ、無事だったんだから!」


 シャルロッテは安堵し、豪快な笑みを浮かべる。ロリスはシャルロッテを部屋のソファーに案内する。


 シャルロッテはソファーに座ると、ロリスに尋ねてきた。


 「それで、何があったのかしら?」


 ロリスはテーブルの上に置いていたデザイン画をシャルロッテに渡した。シャルロッテは店のオーナーであり店長、そして自らもデザイナーとして服をデザインして作っている。そんなシャルロッテに意見を聞いてみたかった。


 「これを描いていました。思い付いたらつい熱が入ってしまい、一気に書き上げていましたので・・・仕事とか飯のことさえ忘れるくらい夢中になりまして・・・改めてスミマセンでした」


 「いいのよぉ。でも次からはご飯をちゃんと食べて、連絡もするようにしてねぇ」


 そう言いながら受け取り、デザイン画を一枚ずつ丁寧に確認していく。見始めた時には「へぇ・・・いいじゃない・・・」と呟きながら見ていたのだが、いつの間にか無言で、しかも真剣な眼差しで見ていた。


 全てに目を通し終えてデザイン画を丁寧に纏めて横に置くと、ロリスに目を向けた。心なしか姿勢を正して。


 「ロリスちゃん。このデザイン、貴方1人で考えたの?他に相談した人とか、他に見せた人はいるのかしら?」


 「いえ、このデザインについては誰とも話していませんし、デザイン画を見てもらったのも店長が初めてです」


 「そう・・・なのね・・・」


 シャルロッテがそのまま黙り込んでしまい、ロリスは不安になった。もしかしたらシャルロッテが考えていたモノと被ったり、他のデザイナーから同じようなモノを見せられていたのかもしれない。いっそ人形のことも話してしまおうか・・・そう思い口を開こうとした時ーーー


 「・・・あの・・・」


 「ロリスちゃぁぁぁぁぁぁん!!貴方、素晴らしいわぁぁぁぁぁぁ!」


 被せ気味にシャルロッテが身を乗り出してきた。


 「ロリスちゃん!これ、作りましょう!!」


 興奮したままシャルロッテは続ける。


 「こんな服はアタシ見たことないわぁ!!これは貴族の令嬢様方にウケるわよぉ!!先ずは貴族向けに!そしてその屋敷で働くメイドさん達に!更には将来的には一般層の店の制服に、オシャレに!!帝都中の女の子たちがこの『黒』を挙って着たがるようになるわよぉぉぉぉぉぉ!!」


 ロリスは唖然としてしまった。確かに自分でも会心の出来だと思っていたが、ここまで絶賛されるとは思っていなかった。こうなってくると、いよいよ人形のことを話さないと、なんとなく罪悪感まで出てくる。

改めて人形のことを話そうとしたがーーー


 「ロリスちゃん!これはすぐに作業にかかりましょう!!ウチの設備、素材、人脈をフルに駆使して作るわ!!」


 興奮の収まらないシャルロッテはロリスを担ぎ上げて店に走り出した。ついにロリスは人形のことを話すことが出来ないままであった。






 シャルロッテのお得意先の貴族令嬢が発信源となり瞬く間にその「黒のドレス」は広まっていた。「黒のドレス」を作り上げた後、ロリスはシャルロッテの店の専属デザイナーとなった。シャルロッテからは何度か「独立して自分の工房を持ってはどうか?」と言われたが、それまで見捨てずに面倒を見てくれたシャルロッテに少しでも恩を返したいとの思いもあり、そのような形に落ち着いた。


 『ゴスボルツ帝国を代表するファッション』、それを世に出した『ロリス』、シャルロッテはそれを関連付けて『ゴスロリ』と名付けた。最近ではロリスとシャルロッテの共同で設計して男子向けのゴスロリを鋭意製作中であるらしい。


 


 夢を叶えるきっかけとなった人形はガラスケースに入れて大切に保管してある。ロリスは今日も夢であったデザイナーとして働けることを感謝するのであった。




~~・~~・~~・~~



 ロリス徹夜2日目 日本某所にて


 「・・・ピギャァァァぁぁ!!」


 「カオルさん、どうしたのぉ?」


 「・・・こないだ買った限定版アン○ちゃんフィギュアが無くなってるゥゥゥ・・・」


 「どっか片付けたんじゃないのぉ?それより早く原稿書き上げないとまた締め切りギリギリになっちゃうよぉ?」


 「・・・うぅぅぅ・・・原稿終わったら絶対探すからぁぁぁ!」


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