第2話

 グノタロス聖王国で新たな『聖書』が出現し、ショタルナがそれを見て興奮しているのと同時期、聖王国の隣国ザンネール国で、1人の青年が悩んでいた。彼の名前はエムオ(18)。この国の一農家である。両親は早くに他界し、唯一の家族である兄は街の警備兵として離れて暮らしている。両親から受け継いだ畑を耕し、できた野菜を売って生計を経てている。生活も特に贅沢さえしなければ苦しくもなく、順風満帆な暮らしを送っている。


 そんな彼が悩んでいる原因ーーーそれは幼馴染であり彼の想い人であるエスナのことだ。エスナは美人であるがそれを自慢したりせず、口調は柔らかいのだが物事をハッキリ言うタイプの女性だ。幼い頃はどちらかといえば気の弱いエムオを守る姉のような存在であった。それがいつしか恋心に変わるのにはさほど時間はかからなかった。それから長い間気の弱いエムオは告白する勇気もなく片想いを続けている。


 そんなエスナが最近エムオにそっけない態度を取るようになった。理由は全く思い当たらない。まず、すぐに目を逸らされる。少し話をしようとすると「仕事があるから」と言い、帰ってしまう。何か気付かないうちに彼女を怒らせてしまっただろうか・・・?


 そんなやるせない気持ちを抱えたまま、収穫した野菜を販売店に運んだ時、店主から話を聞いた。


 曰く、「エスナが見合いをするらしい」と。


 エムオは衝撃をうけ、店主の肩を掴んで詳しい話を教えてくれと詰め寄った。


 店主は驚きながらも「あくまで聞いた話だが」と前置きしながら話し始めた。


 エスナの家は両親とエスナの一番上の姉夫婦が農業を、二番目の姉は自宅の横に小さな工房を構えて服やアクセサリーの製作を行い、それを街の服飾店に卸している。エスナは自宅の農業と、その二番目の姉の工房での主に雑用を手伝っている。その卸し先の服飾店の息子と見合いすることになったらしい。


 「あの服飾店の長男は周りの評判も悪くないし、店自体も売り上げは好調。エスナも良い娘だ。良い縁談なんじゃないかねぇ」


 店主は笑いながらそう話を締めたが、エムオはショックで曖昧に相槌を打つだけだった。その後はどうやって帰ってきたのか覚えていない。気付いた時にはベッドに横になっていた。


 エムオは改めて考える。もしこの見合いがうまくいけばエスナには街での裕福で華やかな生活が待っている。それにひきかえ、自分は貧しくはないが特に裕福でもない一農家。どちらがエスナにとって幸せかは比べるまでもないだろう。


 「でも・・・」


 頭の中に今までのエスナとのやり取りが浮かぶ。幼い頃に泣いていた僕を「泣いちゃダメ!」と叱りつつ抱き締めてくれたエスナ、困ったような笑顔で「ちゃんと服は畳まなきゃダメ!」と叱ってくるエスナ、「バカなこと言わないの!」と笑いながら背中を叩きながら叱ってくれたエスナ、学校の宿題を写させてくれながらも「ちゃんと自分でやらなきゃダメだよ?」と叱ってくれたエスナ・・・


 いつも叱ってくれるエスナを思い浮かべると身体が熱くなってきた気がする。こんなにもエスナのことを想い焦がれているのに・・・エスナが他の男に奪われてしまう(エムオの中ではそうなっている)のは我慢できない。そう思うと、いても立ってもいられずにエスナの家に走り出した。といっても隣の家なのですぐに到着したが。


 エスナの家の玄関を何度も叩くと、「は~い、どなた?」とエスナが顔を出した。エムオの顔を見ると少し驚いた表情になる。


 「あっ・・・エムオ・・・ど、どうしたの?何かあったの?」


 目線を少し逸らしながらエスナは聞いてきた。


 「エスナ・・・お見合いするってホント・・・?」


 「・・・ん?はい?」


 「街の服飾店の息子とお見合いするって聞いたんだ・・・それ聞いてじっとしてられなくて・・・」


 「・・・あぁ、その話ね。それはね・・・」


 エスナが口を開こうとするのを途中で遮り、エスナの両肩をガシッと掴む。


 「嫌なんだ!僕が一番エスナのことを好きなんだ!!エスナが僕のことを幼馴染みだとしか思ってないとは解ってる・・・でも、今からエスナの好きなタイプになれるように努力する!仕事も頑張ってしっかり稼げるようにするよ!だから・・・だから!お見合いなんかしないで僕と付き合って!!」


 エムオが叫ぶように告白すると、始めはポカンとしていたエスナだったが、次第に顔が赤くなり、下を向きながら僅かに首を縦に降った。


 そんな二人に、玄関でなにやら騒がしいと出てきたエスナの父親が声を掛ける。


 「あぁ、エムオ君だったんだね。立ち話も何だから中に入りなさい」


 中に入ると、エスナの母親と姉夫婦がニヤニヤしながらエムオとエスナを見ていた。どうやら話の中身が聞こえていたようである。そこからはあっという間に話が進んだ。元々エスナの両親は昔から隣人で幼馴染みとしてよく一緒にいたエムオならばエスナの交際相手、なんなら結婚相手にも良いと考えていた。むしろ、「まだ付き合ってなかったの?」といった感じであった。というわけで、早速口頭ではあるが2人は婚約することになった。


 エスナ家での話が終わった後、エスナの自室で2人は座っていた。エスナの両親と姉夫妻から、二人だけでの話もあるだろうと言われ、防音の魔道具(簡易版)を渡され、自室に向かわされた。すんごいニヤニヤされながら。


 「「・・・あ、あのっ・・・!」」


 同時に口を開き目が合うと、二人してアワアワしてしまいーーープッと吹き出してしまった。


 「エムオ、いきなりだったけど、ありがとう。ビックリしちゃったけど・・・凄く嬉しかったよ」


 「う、うん・・・街でお見合いの噂を聞いて、焦っちゃって・・・エスナのこと、誰にも渡したくないって思ったら・・・」


 「ところで、さっきも言ってたけど、そのお見合いの噂ってなんなの?」


 「へっ??」


 エムオは街で聞いたお見合いの話をした。それを聞いたエスナは急に笑いはじめた。


 「それ、私の2番目のお姉ちゃんのことだよ」


 どうやら、お見合いするのは次女だそうだ。次女はあまり工房から出ないらしく、エスナが手伝いをするようになってからは街への納品などもエスナに任せっきりであった。納品の度に会う服飾店の息子は最近元気がなかったらしい。エスナが事情を聞くと、始めは喋らなかったがついに白状した。エスナの二番目のお姉さんのことが好きだと、本当なら工房に行って顔を見たいが仕事の邪魔をするのは申し訳ない、と。


 エスナは、服飾店の息子は知人として好感を抱く程度には気に入っていたし、取引相手としても友好的な関係であったことから両親などにも相談して見合いの場を設けることになった。どうやら、その話がどこかで混乱してしまい、「エスナが見合いをする」ということになったのだろうとのことであった。


 「そう・・・だったんだ・・・」


 「だから、私ビックリしちゃったんだよ?急に来て突然告白だから・・・まぁ、嬉しかったから良かったんだけどね!」


 「は、ははは・・・」


 苦笑しながら、ふとエムオは疑問に思っていたことを口にする。


 「でも、じゃあなんで最近素っ気ない感じだったの?てっきり何か嫌われるようなことしたのかと思ってたんだけど?」


 「えっ!?・・・あぁ・・・それは、ね・・・ちょっと色々とあったというか、色々考えちゃったというか・・・」


 「ねぇ、エスナ。何か悩み事とかあるなら言ってね。出来ることは少ないけど、僕が役に立てるなら嬉しいからさ。か、かか、か、彼氏だからさ・・・」


 「う、うん・・・わかった!今は話せないけど、いつか必ず話すから!その時はよろしくね!」


 「うん!さっきも言ったけど、エスナの好きなタイプの男になれるように、これから頑張るよ!」


 「(多分、エムオはそのままで大丈夫だよ・・・)」


 そう思いながらエスナは机の引き出し目を向ける。きっとエムオは『あの絵と同じような形』で付き合っていける。そんな直感を抱いていた。





 数日前、エスナが自室の片付けをしていた時に引き出しの中に見たことのない紙が数枚入っていた。それに描かれていたのは・・・美女が下着姿でロープを片手に座っている絵、そしてそのロープの先には首にロープを掛けられ、四つん這いで見たことのない拘束具を着用し、女性の椅子として座られて恍惚とした表情をしている男性・・・文字は読めないが、どうやら女性が男性に命令し、それに男性が悦んでいるようであった。いわゆるSとMの駆け引きである。


 これを見た瞬間に、この美女にエスナを、男性にエムオを当てはめて想像した。してしまった。


 エスナは雷に撃たれたような衝撃を受けたように感じた。これは、自分が本来持っている欲望だと即座に理解した。しかも相手は明確にエムオである。今まで何気なく話をしていたが、このような願望があることを自覚してしまってはこれまでのように普通に接することは難しい。エムオと会うたびに妄想してしまうため、目を会わせられなかったのである。


 


 その数年後、エムオとエスナは結婚した。結婚式は服飾店の息子と次女が結婚式を挙げたのと同じ教会で行われた。2人はその後4人の子供に恵まれ、今日も家族で畑仕事をしている。家族仲は非常に良好で、周囲からも理想の家族だと言われ、たまに夫婦仲を良好にする秘訣なども相談される。その度にエムオもエスナも揃って同じことを言うのだ。


 「「夫を嫁が尻に敷くのが秘訣だよ」」と。



~~・~~・~~・~~


 エスナの引き出しに紙が現れた後の日本某所にて


 「あぁぁぁぁぁ!締め切りが!締め切りがぁぁぁぁ・・・」


 「カオルさ~ん!18ページから22ページまでの原稿どこ~!!?」


 「えっ?そこに無い~!?・・・ウソっ!?ホントに無い・・・イヤァァァァ!!か・・・書き直し~!?締め切り間に合わないよぉ~~!!」


 「カオルさん、印刷会社にはギリギリまで待ってもらうから!あたしも手伝うから!」


 「ビェェェェ・・・」

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