世界は違えど趣味は変わらず

グロリアヌ

第1話

 多種多様な文化が存在する21世紀の日本。


 この十数年、『異世界転移』などが流行っているのだが、要は異世界に繋がるゲートが開いて、それが発生した場所にいた人間が通過して転移する。このゲート、扉などは無く、落とし穴のように『発生した場所にあるモノ』を吸い込み、すぐに消滅する。人間が通れるだけの大きさに限らず小さな物などもごく稀に発生するし、大きな物も更に極々稀に発生するのだ。


 この日も、日本でゲートが発生した。



~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~


 グノタロス聖王国。代々、王族に連なる者が神からの神託を受け取り、国を繁栄してきたとされる。実際、過去には神託を受け大災害を回避してきた例もあるが、多くの者には神の声は聞こえない。その神託は『頭の中に声が響く』ようなものと言われている。神託を受けた者は男性ならば『聖者』、女性ならば『聖女』として特に大きく崇められる。


 その神託を利用して利己的な言動をする者も過去にはいた。そのため、その真偽を確認するための魔道具も作成されてきた。本人の言が本当かどうかを確認するものである。つまりは『ウソ発見器』ということだ。だがこの魔道具、かなり性能が良い。


 例えば、ある人物の頭の中に「2年後に王都郊外で水害が起こる」といった言葉が響いたとする。その人に魔道具を使用すれば、それはもちろん正となる。だが、「2年後に王都郊外で水害が起こる夢を見た」や「2年後に王都郊外で水害が起こるという噂を聞いた」では虚偽となる。更には「頭に響いた」なら正と出るが、「聞こえた」なら否となる。こんなに高性能なウソ発見器、現代の地球に欲しいレベルのものである。


 



 グノタロス聖王国 第一王女私室


 第一王女ショタルナ(17)は困惑していた。目の前、自分の机の上には一冊の本が置かれている。先程部屋を出る前には置いて無かったものだ。更には私物として所持していた記憶もない。王女付きの侍女や入り口の警備兵も知らないという。


 表紙には精巧な絵が描かれている。黒髪で切れ長の目が特徴の美男子と、金髪で少し垂れ下がった目が庇護欲をそそりそうな美少年が抱き合った絵だ。所々に何かしらの文字のようなものが書いてあるのだが、ショタルナの記憶にある外国語や古代語にも当てはまるモノはない。


 「この本は何なのかしら?このような画風の絵も初めて見るし・・・」


 そんなショタルナ、不審物ともいえるこの本に興味があった。表紙に描かれた美少年の絵が好みであったのだ。そうでなければ、侍女にすぐにでも処理させていただろう。


 「見る限り、危険なものではなさそうだし・・・」


 そう呟きながら本をペラペラと捲っていき・・・急にバシッと叩き付けるように閉じた。室内に控えていた侍女に振り返り、一人になりたいと告げる。侍女は王女の態度に若干疑問を持ちつつも部屋を退室した。


 部屋に一人になったショタルナは大きく深呼吸し、先程衝撃を受けたページを恐る恐る開いた。そこには美男子が美少年に迫っているシーンが描かれていた。

そう、今ショタルナが読んでいるのは現代日本の誇る漫画文化の1つ、BがLな薄い本であった。


 「・・・うわぁ~~・・・うわぁぁぁえぁぁぁ~~・・・えっ?・・・えっ!?・・・」


 文字は読めないが絵で何が起きているのか、むしろナニが行われているのかはわかる。それは通常男女の間でなさることのはず。しかし何やら目が離せない。見目麗しい男性二人のイチャコラはある意味美術品よりも美しく感じていた。最後まで見終わり本を閉じたショタルナは無意識のうちに「ご馳走さまでした」と口にしていた。


 ショタルナは思う。危険なものでないなんて考えたのは間違いだった、これは大変危険なものだと。なんなら禁書として未来永劫封印すべきであると。しかし頭ではそう考えているのに心の奥底では葛藤していた。本能ではわかっているのだ・・・「お前はこの『世界』に興味があるのだ」と。


 その時、頭の中に女性の声が響く。「布教」と。ショタルナは思考を加速させる。頭の中に直接響いた声というのは言い伝えられる神託で間違いないだろう。ならば布教とは?この書物を聖書として世に拡げろと、そういうことか?そう考えた瞬間、歓喜した。それは自分が『聖女』として神託を受けたことに対しての喜びなのか、この書物を公的に扱えることへの悦びなのかはわからないが。


 いつの間にか出ていた鼻血を拭き、侍女に父である国王への謁見手続きを任せる。その間にもう一度書物を堪能・・・いや、確認を行いながら、ふと思う。この書物・・・もう聖書と言ってもいいであろうこの本を国民は受け入れてくれるだろうか?命令をすれば嫌々でも受け入れるだろう。しかし国民の感情を無視してただ押し付けるのは為政者としては三流。納得させて二流。歓迎されるようにするのが一流の為政者である。


 その為にはまずは国王に神託があったことを証明し、布教活動の許可を貰う。その後、多様な職種の人達に広く受け入れられるために聖書を公開して意見を聴かなくてはならないと考える。


 そうこうしている間に国王への謁見準備が整ったようで、侍女と案内役の騎士が扉の向こうから声を掛けてきた。騎士に先導され謁見の間へ移動する。ちなみに聖書は布に包んで付き添いの侍女が持ってきている。


 謁見の間へ着き、国王の座る玉座に近付いて一礼する。国王の「楽にせよ」の声に頭を上げる。国王は40歳を過ぎたばかりのナイスミドルだ。少し目元を和らげながら話し始める。


 「我が娘ショタルナよ。直接余の執務室に来るのではなく謁見の申請をするとは。何事か起きたのか?」


 「はい。先程、私室にて神託と思われる声を聴きましたのでご報告にあがりました」

 

 国王の側に控えていた内務大臣や軍務大臣、この場に呼ばれた場内勤務の上位貴族、護衛騎士などから動揺の声があがる。さもありなん、この十数年神託を受けたという者はいなかったのだから。


 「なるほど、それならこの場にしたのも納得できる。早急に正否の魔道具を準備せよ。この場に居る者は証人として立ち会うことを命じる。そして正式に発表するまでこのことは絶対に他言は無用だ」


  この聖王国において神託は特別である。それをわからない者はこの場に居ない。慌ただしく魔道具が準備され、皆が姿勢を正して王女の言葉を待った。


 「では、始めからお話させて頂きます」


 部屋に戻ると一冊の本が机の上にあったこと。本の中身を確認した直後に『布教』と頭の中に響いたこと。それは女性のような声であったこと。本の内容以外を簡単に要点をまとめて説明を終え、護衛騎士の1人に入り口の外で待機していた侍女から本を受け取ってくるように頼む。本を受け取り「これがその本です」と、包みはそのままに周りに見せる。


 内容がある意味危険であるため、中身はこの場では見せないが魔道具が『正』の反応を示したままであるため、その場にいた者全員が「これは神託で間違いない」と認定した。してしまった。


 「なるほど。これは神託で間違いなかろう。内務・軍務各大臣及びショタルナはこの後別室にてその書物の確認を行う。騎士団副長は神官長を呼んでくれ。では解散とする」


 「お待ちください!」


 国王の解散宣言直後にショタルナは声をあげた。頭の中に神託の時と同じ声が響いたからだ。その内容は『男禁制。女性のみ閲覧』というもの。それを伝えると、国王は疑問を抱きつつも神託は絶対であるとして女性である内務大臣補佐、第3騎士団長、教会司祭の三名を呼び確認に同席させるよう指示した。


 ほどなくして呼び出された3名と共に会議室に入る。入り口に施錠し、室内に設置されていた防音の魔道具を発動させ、各自席に座る。


 「急な呼び出しでしたが、皆さん来てくれてありがとう。これから話すことは時期が来るまでは他言無用。秘密厳守でお願いいたします」


 ショタルナの言葉に内務大臣補佐のグラスフィー、第3騎士団長のマッソーナ、教会司祭のシブサーワは緊張しつつも頷く。


 ショタルナは改めて3人に神託の話をする。そしていよいよ謁見の間で『男禁制』の神託を受けた書物を見せた。3人とも、表紙を見ただけではよくわからないらしく、眉間にシワをよせていただけだった。


 ショタルナは自身の経験を踏まえて、部屋の端にて1人ずつこれを読むように指示した。指示通りに3人とも中身を見た後は顔を赤くしていた。


 「さて、最初に話したようにこの『聖書』の布教を行わなくてはなりません。女性に限定して布教を行うわけですが、国民に押し付けるだけではいけないと考えています。どのようにすれば民に喜んで受け入れられるか、それを考えましょう」


 「王女様、発言よろしいですか?」


 第3騎士団長マッソーナが挙手する。


 「マッソーナ、もちろんです。忌憚なき意見をお願いします」


 「では、失礼します。質問になるのですが、この『聖書』に描かれている男性二人は何かしらの神の2柱なのでしょうか?この2柱の方々を信仰せよ、とのことなのでは?」


 「ふむ・・・その可能性はありますね。司祭シブサーワ、このお2柱はこの世に信仰される何れかの神でしょうか?」


 司祭シブサーワは少し思案して答える。


 「いえ、私の知識の中にはこのお2柱は居られません。特徴だけでしたら、黒髪は夜を支配するとされる『闇の神』、金髪は光を司る『光の神』ですが、我々の教義においてはお2柱とも女神様でいらっしゃいます。又、お2柱ともにこの世に多大に恩恵をもたらす神としてすでに国中で信仰されておりますので・・・」


 「なるほど・・・ではマッソーナの疑問については答えは『否』の可能性が高いですね」


 「そうですか・・・失礼しました・・・」


 マッソーナは軽く俯き、シュンとしてしまう。


 「マッソーナ、落ち込む必要はありませんよ。この場では先程のような疑問を解決させながら布教を進める方法を模索する場なのです。どんな些細なことでも是非積極的に発言してください」


 「は、はい!わかりました!」


 「よろしい。では、続けましょう。内務大臣補佐グラスフィー、何か意見などありますか?」


 「では失礼します。この男性二人の信仰ではないとすれば、やはりこの『聖書』自体の布教を目的とすべきだと愚考いたします。この内容・・・すなわち・・・だ、男性同士の・・・セック・・・か、絡みを拡げるならば、『男禁制』とはならないかと・・・」


 「なるほど。確かにそうですね。そういえば・・・シブサーワ、我が国の教義では「同性同士の愛情」については何か記載はありますか?」


 「いえ、王女様。我らの神は「愛に制限は無し」と。ですが、それは一般的に家族愛や友人への愛などです。同性同士というのは考えたことはありませんが、制限無しということですので問題ないかと」


 「ふむぅ・・・では教義に反してはいないのですね。では大丈夫でしょう。何より、教義に反することを神託としてこの世に降ろすことはないでしょうから、いらぬ心配でしたね」


 「王女様、続けて発言よろしいですか?」


 シブサーワが挙手したため、ショタルナは発言を促す。


 「過去に神託があったものでいくつか記憶にあるのですが、応用させることが可能のはずです。前回の神託は『卵黄、酢、塩、植物油 合わせてマヨネーズ』だったと聞いております。その時に作られたマヨネーズで我が聖王国の料理は飛躍的に発展しました」


 「えぇ、私もそう聞いています」


 「つまり、今回の『聖書』も原本だけに捕らわれず、色々と応用させても良いのではないかと考えました。例えば、男性を自分の好みのタイプに換えたり、シチュエーションも変えてもいいのでは?そうすれば受け入れられやすいかと愚考いたします」


 なるほど、美男子や美少年ばかりが世の中にいるわけではない。騎士団のように筋骨隆々な精悍な男性もいれば、国王のような渋めのダンディーな男性もいる。それを聖書の内容に置き換えてみては・・・


 ショタルナはこの原本の美少年がタイプであるためこのままでも良かったが、目の前で鼻血を流しながら恍惚とした表情で妄想している3人を見ると納得できる。


 「では、いくつかのパターンを用意して『聖書』の複製として作成させましょう。まずはこの原本を1つ。あとはどのようにしますか?」


 グラスフィーは言う。


 「わ、私は絵柄としては同じでいいですが、男性にメガネを掛けたパターンが良いかと思います!」


 マッソーナが続く。


 「私としましては、もっと筋肉質な男性のパターンもあれば拡がりやすいと考えます!」


 シブサーワも控えめに発言する。


 「えぇと・・・た、例えば、ヒゲのある渋い年上男性なんか良いと思います・・・」


 ショタルナはパンッと手を叩き、3人に微笑みかけた。 


 「皆さん、素晴らしいです!まずは今の意見を採用して、布教活動の第一歩と致しましょう!」




 その後、絵描きを呼び(もちろん女性)それぞれのパターンに沿った『聖書』の製作をすすめた。製作された『聖書』は、貴族の夫人・令嬢には第一王女が責任者、内務省が窓口となり配布された。大衆向けとしては、教会内に『男子禁制室』を設置、そこに閲覧場を設けて、希望者には「男性には見せないこと」を約束させた上で購入できるようになった。


 又、第一王女の提案により法改正され、この女性限定の『聖書』を男性が見た場合、一週間の禁固刑及び魔道具による『聖書』関係の記憶消去という罰則も作られた。



 この『聖書』が普及して以降、男性2人が話をしていると女性がそれを見ながら騒いだり、見た目の良い男性への女性の視線が妙に多くなったりしたが、特に大きな問題は無かった。一番変化があったのは、それまで特に多くなかった女性の絵描きや女性のみの謎の組合が増えたことだろう。女性就業率が上がり、信仰心も(女性限定で)向上したことで国王も満足した。今でもたまに神託の中身が気になるが、男禁制であることを破ってまで知りたいとは思わない。国王は司祭シブサーワを始め、一部の女性から妙に熱い視線を受けつつ仕事をこなしていく。


 


 聖王国は今日も平和である。



~~・~~・~~・~~



 ゲートの開いた後の日本某所にて



 「カオルさ~ん、サンプルで一番前に出してた本、どっか動かした~?」


 「え~、私知らないよ~?とりあえず、別のを出しといて~。今年は奮発して多めに印刷したから、余裕はあるから~。さ、頑張って売るよ~!」

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