第4話 冥王と侍と少年

 森奥から、そばかす顔の赤毛の少年が転がるように飛び出してくる。


 必死に駆けるその背に、灰色の毛並みを持った狼が三頭、命を狩るべく迫っていた。

 これに襲われていたのか! と悟った十兵衛は、瞬時の判断で駆けだす――が。


「あ!?」


 自分が思った以上の速度で走り抜け、狼と少年の間を通り過ぎてしまった。


 慌てて戻るも、またハーデスの隣に立つという謎の状態に、思わず目を白黒させる。

 呆気にとられたのは十兵衛だけではなく、少年と狼も同じだった。

 手がかけられそうな枝から少年は器用に木に登って、助けに入るつもりだった十兵衛を見た。狼はというと、狩りの邪魔をした十兵衛へと殺意の矛先を変える。

 当の本人は自分の足を不思議そうに見つめていたが、狼達が一斉に襲い掛かろうとした瞬間、目にもとまらぬ速さで居合をした。


「ぎゃん!」


 ――先鋒にいた狼を、まずは一頭。

 返す刀で二頭、三頭目を切り伏せ、どれも苦しみが残らぬよう即座に首を落とした。


「怪我はないか!」


 血を払い、刀を収めた所で木の上に上った少年に声をかける。肩を震わせていた少年は、まだ恐怖に身が動かないのか木から離れようとしない。

 それどころか、「上! 上!」と空を指さすので、十兵衛は怪訝に思いながら上を見上げた――所に、叫び声を上げながら落ちてきた少女が目に入った。


「なんでぇええええ!?」

「な、なんで!?」


 こちらの台詞だが!? と思いつつも、十兵衛は落下予測地点へ立ち、手を伸ばして空から降ってきた青い服の少女を受け止めた。


「ひゃあ!」

「……っ!」


 結構な衝撃が腕に広がったが、なんとか呻き声を上げずに堪える。

 そのままゆっくりと地に下ろすと、「大事ないか?」と声をかけた。

 だが、視線が合った瞬間、少女の顔が一気に青ざめる。そのまますぐに体勢を整え距離を取ると、木に登った少年の間に立つように身構えた。


「さ、山賊!」

「だ、だよな!? やっぱそうだよな!? 助けて神官様!」

「お、俺……!?」


 助けた二人から予想だにしない声が上がる。まさか山賊呼ばわりとはと目を丸くする十兵衛に、「だって!」と少年が頬を引きつらせた。


「そんなぼろぼろの恰好で、髭面で! 山賊だろ! 金目の物なんて何も持ってないぞ!」

「ぼ、ぼろぼろ……」


 言われて、改めて自らを鑑みる。

 こちらに来る前は戦の只中で、かつ切腹前ともあって鎧も中途半端に脱いだままだった。下半身だけの具足に火の粉で破れが目立つ着物とあれば、二人の言い分も最もである。

 しかし髭もそれに値するのか、と体毛が生えにくい体質のせいで苦労して蓄えた髭まで山賊の象徴にされた十兵衛は、がっくりと肩を落とした。


「まぁ待て。こいつはお前を害するような者ではない」


 それまで成り行きを見守っていたハーデスが宙に浮く。そのまま木の上にいた少年に手を差し伸べると、小さく微笑んだ。


「魔法使い……!」

「手を取れ。降ろしてやろう」

「うん!」

「な、なんなんだその差は……!」


 地に降りた少年がハーデスに丁寧に礼を言う。不満げにする十兵衛に、「だって魔法使い様だもん」と少年は深く頷いた。


「山賊のおっちゃんも……ありがとう。魔法使い様と一緒なら、きっといい山賊なんだな」

「どういたしまして。山賊ではなく侍なんだが……」

「さむらい? 聞いたことないなぁ」

「この世界にはいないのか?」


 話を向けられたハーデスは、「必要か?」と片手を翳す。途端にさっきの出来事を思い出した十兵衛は、ふるふると首を横に振って「いないと認識しておこう」と独り言ちた。


「す、すみませんでした。山賊呼ばわりしてしまって……」


 少年とハーデスのやり取りを見ていた神官が、おずおずと十兵衛に頭を下げる。

 それに苦笑して許した十兵衛は、「怪我が無いなら良かった」と優しく告げた。


「そ、そうだ怪我! 怪我してませんか!?」

「俺か?」

「そうです! 上空から見てあまりにも貴方がぼろぼろだったので、思わず駆けつけたんです!」


「駆けつけたというより降ってきたんだがな」と呆れたハーデスが、少年の背を押して神官の方へと歩ませる。


「だったら、まずはこいつからだ。膝を怪我している」

「アレンだよ、魔法使い様!」

「そうか、アレン。私はハーデスという。そこの侍が十兵衛だ」


 そこのって、と雑な紹介に半目になる十兵衛に、神官が「あはは、」と困ったように笑う。そうしてぱたぱたと手で服をはたきながら身なりを整えると、三人に丁寧にお辞儀をした。


「私は、神官のスイと申します。よろしくお願いしますね!」


「ではアレン君から怪我の具合を診ます」とスイは明るい声色で言った。

「しんかん」とやらが何か分からなくても、少なくとも医術の心得があるものが居てくれて良かったと十兵衛は安堵する。

 しかし次の瞬間、彼女の手から溢れた光と神もかくやの御業に、思わず呆気にとられた。

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