第29話

「マタアシタネ、ユキトくん」


 ミヅキはやはり、あの日のことも、シーカーさんの家でのことも、雲につつまれたように、おぼえていないようだ。傷ついていた体のパーツは、偽木ぎぼくにおきかわり(月乃さんは祠にミヅキを入れる時、ぶつくさ文句をいっていた。「もう! せっかくキレイな予備パーツだったのに、こんなにめちゃくちゃにしてくれちゃって」)どこからどうみても、健康で、どこにでもいる小学生になっていた。

 もう以前のミヅキはここにはいない。


 教室には、ガラスの目玉の子供が、まえよりもとても増えていて、なんだかあやしげなしずけさと、つくられた笑い声でつつまれていた。


 ガラスの目玉は、放課後のチャイムとともに、子供たちの影にうもれて、遠ざかっていった。


 夜になれば警察の人たちも屋上から離れるはずだ。

 ぼくは用の済んだ『ぜつぼうノート』をこまかくハサミで切りながら、夜をまつことにした。


 紙切れになっていくぜつぼうに、月乃さんの死をおもった。

 窓を開け放ち、紙切れをすてた。

 グラウンドでは下級生がドッチボールをし、犬の散歩にきたおじいちゃんが、のんびり空をみていた。

 

 夜がきたので、屋上にむかった。

 まず目に入ったのは、とってもおおきい、しぼんでしまった白い風船だった。

 『立ち入り禁止』と書かれた、黄色いテープをのりこえて、ぼくはブランコにのった。ひさしぶりにブランコにのり、しかも立ちこぎで、夜のつめたさをかんじた。キィキィ、と風にあわせてこいでいると「ア、この白い風船、まさかヌル君の死骸か?」ときづいた。


 ちかづいてみると、ヌル君は、干からびて、カピカピになっていた。おりたたまれた首、その先にあるしわしわの口から、ヨダレが吐き出されたまま固まっていた。


 おそらく、飼い主であり、栄養補給源である月乃さんが死んでしまったから、ヌル君も死んでしまったのだ。


 緑色のチューブも、もう色がなく、枯れてしまった茎のようだった。

 チューブは途中で切れていて、行く先をおってみると、地面にブルーシートがかけられ、かさかさ、風にゆれていた。はがしてみると、白いチョークで「お腹が痛い人?」を描いた、人の形が記されていた。


 おそらく、シーカーさんの手によって、ここで月乃さんは殺されたのだ。


 シーカーさんがなぜ月乃さんを殺したのか、ぼくには理由がわかる。


 ミヅキは目も偽木に変えられてしまったから、彼女がもっていた『罪滅ぼしの瞳』も祠のなかだ。冬休みがあけた初日、シーカーさんはあのマンションの一室の窓から、ミヅキの目をみたのだろう。そこにあったのは、あの、マネキンのような、さみしいガラスの目玉。

 

 あの目をみて、過去の聖女様の事件をおもいだし、また月乃さんのしわざだと思いいたった。


 あと、冷蔵庫にあったミヅキの目を、持ち帰ってしまったのも原因だろう。


 月乃さんはミヅキの目をすごく気に入っていた。


「『神様たちの森』には人の首を噛み切れるほどに巨大なカラスがいるの。神様と住人たちはクビキリガラスを恐れているけど、彼が首よりも大好きなのは、こんなふうに透き通って汚れのない瞳をもった、ミヅキみたいな目よ」


 ミヅキの顔にのこっていた目は、まだ予備パーツとしてつかえるようだが、残念ながら、冷蔵庫に入っていた目は、傷がひどく、このままなら廃棄だったらしい。だけど、先ほどの理由から、月乃さんはコレクションとしてミヅキの目をランドセルで保管することにしたようだ。


 シーカーさんは聖女様を組み替えられたこと、そして、『罪滅ぼしの瞳』を奪われたことに腹を立て、月乃さんに復讐したのである。


 ……あの人、ヤバイ人だな。

 他人の体の一部をそこまで愛し、そして、くりぬいてまで保存しようとして、さらには、盗まれたらその人を殺そうとするなんて。


 きっと、ミヅキの変わりようから、月乃さんが犯人だとシーカーさんはおもったんだろうけど、もしもぼくもかかわっているとばれたら、ぼくも殺されていたかもしれない。


 まぁ、あんな犯罪者はどうでもいい。


 ぼくは屋上に桜の右腕がおちてないか探した。

 だが、みつからなかった。

 あれだけ苦労してミヅキのE粒子を月乃さんにあげたのに。


 月乃さんは祠からの帰り道、たしかにいったのだ。

「桜ちゃんの右腕は私がみつけてあげる」

 あの大みそかから何日か経っている。

 きっと、右手をみつけたなら、この屋上のどこかにおいてあるとおもったんだけど。もしかしたら、まだみつけていないのか、あるいは、彼女がいつも持ち歩いていた、あのランドセルのなかに入っているのかもしれない。


 でもランドセルも屋上にない。

 もしかしたら警察がもっていってしまったのだろうか?

 だとすれば、ぼくはもう、桜にあうことができない。

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