第27話

 今日は一年の最後の日であり、月の最後の日だった。

 月終わりの夜、学校のプールに、花束をとどけにくる人がいる。

 十年以上まえに死んだ、聖女様に贈る花束。

 つまり、シーカーさんが花束をとどけにくる。


 花束をとどけにいく間、シーカーさんの部屋には、ミヅキひとりだけになる。

 その時間帯に部屋にしのびこみ、ミヅキのE粒子とパーツをもらおうという作戦だった。


「ミヅキ、かわいいでしょう?」


 シーカーさんがマンションからでてくるのを、ちかくの樹の裏でまっていた。とっても月がきれいな夜だった。だけど、ここは、マンションからでた人にみつからぬよう、その光がとどかない場所だから、月乃さんの顔はよくみえない。


「あの子、クリスマスイブの日にあなたとデートしていたのね」


 彼女のランドセルが、よごれた血みたいに、赤く光っている。


「あの子のメスの香り。あなたといっしょにいる時だけ、ものすごく強くなってたよ? きっとクリスマスデートなんかしたのだから、あの子、もううれしくて、どのパーツも新鮮で、とくに子宮なんかすごいことになっているでしょうから、高純度のE粒子をたくわえていることでしょうね」


 うれしくてたまらない。

 そんな風に、月乃さんはその場でパタパタ足をふみならした。

 そのままのいきおいで、くるりと、月乃さんはその場で回った。

「みてみて。私、上手でしょう? だれもほめてくれなかったけど、私、このダンス好きだったし、自信あるの」

 暇な時間がつづくから、運動会の時に練習したダンスを、スカートをひらひらさせながら、彼女はその場でおどっていた。


 今までずっと、月乃さんの足元でうずくまっていたヌル君が、ヌと顔をあげた。

 つられて、ぼくもヌル君がみたほうをみると、マンションから人影がでてきたがあれは、……暗くてよくわからないけど、


「あの男……、とんでもなく腐ったE粒子をもっているわ。どこかのだれかのE粒子とすごくにている」


 と月乃さんがいっているから、なるほど、あの人影はシーカーさんのようだ。

 きっと今から花屋で花を買い、小学校にいくのだろう。


「いこう」


 ぼくはポケットからシーカーさんの部屋の合鍵(シーカーさんの部屋にかよう間、ぼくは家の事情を話し、合鍵をもらっていた)をとりだして、マンションにむかった。かよっている間にきづいたことだけど、このマンションにはほとんど人が入っていない。とくに、シーカーさんのいる十階には、シーカーさん以外だれも住んでいないみたいだった。


 おそらくシーカーさんは、聖女様こと、ミヅキを保護した時、よその人にきづかれないよう、注意していたのだろう。


 そんなことをおもっている間に、十階へ、シーカーさんの部屋のまえにいた。

 鍵をあけて部屋に入りこむと、なかは真っ暗だった。


 すぐに、血の臭いと、ゲロとうんことおしっこのイヤな臭い、そして、あの、桜の体からただよっていた、魚の腐ったような臭いがぼくの鼻にながれこんだ。


 灯りをつけた。


「趣味のいい部屋ね。夢まで腐ってしまいそう」


 部屋をグルッととりかこんだミヅキの写真たちは、赤くよごれ、まるで、赤色のシマウマになってしまったみたいだった。一枚――いつも、シーカーさんが頭をさげていた、微笑むミヅキの、目の近くもよごれて、赤い涙みたいだった。


 部屋の中心に、白く、そして、赤でよごれた、肉のかたまりが、股を開かされるような格好で、座らされていた。


 ミヅキだった。


「死んでる?」


「フフ、すばらしい。すばらしいわ……、これほどまでのE粒子を内蔵をした肉体、そして、それをここまで高濃度にまでしたて上げた絶望のテイスト。すごい、本当にすごい、こんなのみたことない! あなた、いいお友達をもったね」


 月乃さんは胸をかきむしりながら、はぁはぁと息をはずませていた。


 ぼくはミヅキの体を観察した。


 ミヅキは白のカーテンのようなものを体にまいていた。とはいえ、そのほとんどは破かれていて、ミヅキの胸や、とくに性器の部分にはなにもなく、むき出しになっていた。ミヅキの性器からは、血とおしっことともに、白い、牛乳のような液体がもれでていた。その白い液体は体中にかけられていて、ミヅキのサラサラだった髪は、糊で固められたようになっていた。


 床はミヅキの体からでてきたものがまざりあい、黄色と茶色と白色と赤色で、よごれ、きたなく、変な臭いがする。だけど、一番鼻につくのは、桜の体からもただよっていた、あの魚の腐った臭いだ。これはどうやら、ミヅキの体中にかかっている、白い液体の臭いのようだった。


 首にはペンダントがかかっていた。すこしふくらんだ胸の間で、ゲロと、白い液体でよごれた、金色の十字架がゆれている。


 ぼくはそのすがたをみて、捕らえられた天使をおもいうかべた。

 どこか外国の絵の天使は、こんなふうに、白い衣をきて、十字架のネックレスを首にかけているきがする。まぁ、衣はびりびりに破かれているけど。

 こんなふうに、傷つけられ、力なく頭をさげているすがたは、まるで、じぶんの罪を許してもらおうと、祈っている天使みたいだ。


 ――彼女はミヅキなんて名前ではない。聖女様だ。聖女様は、人間ではないよ。


 人間でもない、天使でもない、それならミヅキは、聖女様なのか?


 両手をうしろに回され、ロープでしばられていた。ミヅキの体は、いくつもの切り傷や打撲痕があった。しばられた手の指先が真っ赤になり、変な方向をむいている。足はしばられていないけど、折れているのか、ところどころ紫色になっている。どうやらうごけないようにして、拷問のようなことをしたらしい。


 周りには、刃物や針や、ライター、ペンチやトンカチがあった。いずれも、血がこびりついていた。ペンチのすぐちかくに赤いものがころがっていて、ひろってみると、ビーズ……とおもったけど、どうやら爪が丸々一枚、はがされているようだった。ライターには、すこし縮れた、柔らかそうな毛がついていた。ミヅキの股付近にあった火傷の具合からして、どうやらこのライターをつかって、陰毛を焼かれたのだとわかった。


「ミヅキ、ぼくだよ」


 顎に手をそえて、うつむいていた顔をもちあげると、真っ赤になった包帯が顔の半分、目を覆うようにまいてあった。

 白い液体は、口からもゴボゴボもれでていて、彼女のゲロとまざり、ヒドイ臭いを放っていた。

 包帯でかくれていないまぶたが、ぼくの声にピクピクと反応している。


「ユ……、キト……クン?」


 薄く開かれた。


「み……な、いで……」


 じわぁと、目がにじみ、彼女の目から涙がこぼれおちる。

 じわぁと、包帯がにじみ、赤い液体が、首をつたっておちてゆく。


 ぼくは包帯をほどいて、かくされていたもう片方の目をみた。

 だけど、そこに目はなかった。

 真っ黒で、真っ赤で、白いものがあった。


「ユキト君、耳をふさぎなさい。始めるわよ」


 神切笛かみきりぶえの音が狭い部屋にひびき、ヌル君の体が、どくんどくん、波を打ち始める。


 ぼくはミヅキの目のあった場所に包帯をおき、頭をなでた。

 彼女の唇が、かすかにふるえていたけど、なんていったのか、わからない。

 ことばなんか、なかったのかもしれない。

 耳をふさいだ。

 キッチンにむかい、冷蔵庫をあけた。


 ――罪滅ぼしの瞳をもっているからね。


 すべてを許してくれる、その瞳と目があった。

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