第26話
「お嬢様が発見されるまでの間、私は休職するよういわれたのですよ」
白羽さんのアパートの一室はぼくの家とよくにてた。
すき間風がどこかからふく、狭い畳の部屋だった。
家具もほとんどなく、あるのは、白羽さんがいつもきている、家政婦のエプロンがしまわれた、クローゼットだけだった。
ぼくの傷の手当てがおわると、白羽さんは「なにか飲みますか?」と薬缶をてにした。しかし、ふれた瞬間に取っ手がとれてしまった。
「……、すみません。私がお嬢様のむかえにいっていれば、こんなことには、ならなかったのですが」
白羽さんがいうには、ミヅキは白羽さんのむかえを拒んだのだという。
例の事件があったから危険だ、となんどいってもきかなかったらしい。
「ユキト君がいるから大丈夫だ、と……。まぁ、それだけではないとおもうのですが」
黒猫が白羽さんのうしろをかけて、窓からとんだ。
この部屋には野良猫がよく迷いこむらしく、夜はどこかで猫が鳴いているらしい。部屋のあちらこちらに、猫の爪痕があった。そのうちのひとつをなでたあと、白羽さんはぼくをみた。
「お嬢様と、なにか話しましたか?」
「クリスマスプレゼントはもうもらった、といってました」
「そう……ですか」
なんだか。
死にかけの小鳥をおもわせる、弱い弱い、そんな笑みを白羽さんはうかべた。
「お嬢様はあの日の朝、とてもうれしそうでした。私が就任してからあの日まで、あそこまでほがらかに笑っているお嬢様はみたことがなかった。よほどユキト君が遊びにさそってくれたのがうれしかったのでしょう」
「あの、お願いがあるのですが」
このまえいった街にまで電車でいきたいこと、ミヅキのいきそうな場所に心当たりがあること、だけど、電車賃がなくて困っていること、を告げた。
「いくらかお金を貸していただけませんか」
ぼくはしっていた。
大人は、目に涙をためて、さみしそうな顔をした子供をまえにすると、なにもできなくなることを。
「ユキト君の親御さんはお小遣いをくれないのですか?」
白羽さんの喉がごくりとうごき、ほんのりと、目が湿っていく。どうやら白羽さんも、この法則があてはまるようだ。
「ミヅキのことがあったので、気まずいのです」
白羽さんは腕をくんでしばらく考えこんでいる様子だったけど、
「えぇ、わかりました。まぁ私もあまりお金に余裕はないですけど、そのくらいなら。それに用途が用途ですからね……、返済は不要です」
やがて、お札を一枚財布からぬきとると、ぼくにてわたした。
「……お嬢様、みつかればよいのですが」
「大丈夫、ミヅキはかえってきますよ」ぼくは涙をぬぐって、微笑んでみせた。
「遅い。デートに女の子を待たせるなんて、何事かしら。もうお腹ペコペコなんだけど」
そして、白羽さんのお金をたよりにして、なんとか一週間生きのび、大みそかの夜がやってきた。
「ミヅキ。あの子、いなくなったんだってね? あなたのしわざかしら」
月が溶けおちたようなヌル君のとなりで、月乃さんは、校門に背をつけて、ぼくをまっていた。今日の顔は、みたことのある歌手の顔だ。大みそかだから、紅白歌合戦を意識したのかもしれない。
「今からむかえにいくんだよ。あの人ならミヅキを絶望というスパイスで味付けしてくれてるよ」
「ワクワク」
月乃さんはマネキンの無表情にきりかわり、両手で頬をぷにぷにしだした。
「このまえ、あなたのお父様と桜ちゃんが私のところにきたよ」
月乃さんは門から背を離すと、空にむけて片手をつきあげ、ヌル君につながったチューブをひっぱった。
「しってる。安心して、父さんのパーツを返せとはいわない」
「あなたのお父さん、使えそうな備パーツがほとんどなかった。肺も心臓も腎臓も骨も、どれもボロボロよ? お酒とタバコばっかりやってたのね。それにE粒子もヒドイものだった。さすがはユキト君のお父さんってとこね」
「父さんの願い事って、なんだったの?」
「さぁ? しらない」
月乃さんは地面においたあったランドセルを背負うと、緑色のチューブをひっぱって、ヌル君に先立って歩きだす。ヌル君もお腹が減っているのか、いつもより多いそのヨダレは、月明かりをあび、わずかに虹色をおびて、かがやいている。
「今回は桜ちゃんの願いの延長みたいなものよ」
ぼくも彼女の背につづいた。
「そういえば、桜の願いもきいてなかった」
「母性。それから、家族の再生」
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