第25話

 ミヅキが行方不明になった。

 その事件はすぐにひろがり、翌日の夕方には、ぼくの家に警察がきた。


 ぼくは昨日のことを話した。

 だけど、シーカーさんのことはいわなかった。

 駅でミヅキと別れたことにした。


 ――ミヅキが駅からどのようなルートで家に帰ったのか、しりません。


 ぼくは泣くことにした。


 ――あの時、ぼくがいっしょに家に帰っていれば、こんなことにはならなかったのに。


 警察はぼくの頭をポンポンたたくと、ありがとうといって、帰っていった。


 ぼくは涙をふくと、桜をよんだ。

 桜は晩ごはんのしたくをしていたようで、片手にケチャップ、もう片手には、なにかの動物の、赤いものをもっていた。


「これクリスマスプレゼント」


「エ、なンダロ」


「ミヅキから」

 ポトリ、と桜の両手から、ものはおちる。


 ミヅキが選んでくれたカップをわたすと、ポウっと、ガラスの目玉に黒色の炎がやどった。「ハ……? サクラは、オニイタマとズーーットいっしょにいたいから、手錠とか、とってもキュートなリボンとかがヨカッタノニ。ナニコレ?」桜は壁にカップをぶんなげてしまった。そのマグカップはとても頑丈なつくりになっていたけど、桜の偽木の力は、かなりのものみたいで、花火がとびちるように、カップはバラバラになった。やはり、プレゼント選びをミヅキに任せたのは、ミスだったようだ。


 バラバラに割れたカップのかけらをひとつひろうと、桜は、すぅと顔をあげて、天井のすみっこをみた。そこには蜘蛛の巣がかかっており、つかまった蛾が、弱弱しく、羽をふるわせていた。


 蛾が蜘蛛にたべられていくさまをみとどけると、桜はぼくの顔をまじまじとみた。


 夜。

 いつものように、眠れないでいると、赤い光をみた。


 それは、枕元にたった桜が、ぼくをみおろしている、目の光だった。

 桜はもっていたハンマーを、いきおいよく、ぼくの肩めがけてふりおろした。

 ぎりぎりでよけて、ぼくは玄関にむかった。


 桜は電話機の音声案内のような、カタカタした声を発しながら、ぼくを追いかけてきた。


 ――ねぇ、にーにー……。この子、ひとりぼっちで、かわいそう。

 昔、桜は迷子の子猫をみつけたことがあった。

 ――あたしたちで飼うこと、できないかなぁ? 家にもって帰ると、パパとママが怒っちゃうけど。

 桜はわからなかったようだけど、猫は病気にかかっていた。

 きっと、すぐに死ぬ。

 ――ほーら、怖くないよ? かわいそうに、ママとはぐれちゃったのかい?

 すりすりと、猫の頬に、やさしく頬ずりをしながら、桜は目に涙をためていた。

 ――ひとりぼっちはさみしいよね。大丈夫、あたしがそばにいてあげる。

 桜はふるえる子猫にむけて、やさしいことばをかけていたけど、今ぼくは、その時のことをおもいだした。


 家をでて、夜の町を走った。

 ずるずる、重いものをひきずる音が、うしろから、暗いとこから、きこえる。

 耳鳴りか、桜の呼吸の音か、わからなかった。


 きづけば、朝陽とともに、桜の気配はきえた。

 このまえ、ミヅキとシーカーさんがであった公園にバケツがおちていた。バケツに川の水をくみ、ばしゃーと頭からかぶった。






 今年最後の日、つまり大みそかが月乃さんと約束した日だ。

 その日まで、生き延びる必要があった。だけど、家に帰れば、ぼくは桜の手により「シュウリ」されてしまうだろう。

 いつだったか、クラスメイトが雪山ごっこといって「寝るな、寝たら死ぬぞ!」とふざけていたけど、寒い場所で寝たら死ぬようだった。だけど、運が良いことにぼくは眠れないから、寝ずにずっと、警察にみつからないよう、林のなかをうごきまわっていれば、死にはしない。だから、寝床はいらないけど。


 食べ物がなかった。

 学校にいけば給食があるけど、しかし今は、冬休みだった。

 林の昆虫でもたべようかともおもったけど、寒いからか、みあたらなかった。

 

 お腹をかかえながら町をふらついていると、同じクラスの男子が数人、つるんでいた。彼らはぼくの顔をみるなり、顔を真っ赤にさせながら、ぼくの胸倉をつかんだ。

 そのまま、人気のない路地裏につれこまれ、顔や腹を殴られた。


 彼らはなにか叫んでいた。


 よくわからないけど、ミヅキの名前がまざっているのがわかった。しばらくして、彼らはどこかにいった。しずかになった。血を吐いたようだ。にがくて、すっぱい味がした。地面はつめたく、ぼくの心臓もつめたくなっていく。


「ユキト君?」


 ぼくは氷になってしまったのか。

 体全体、どこからも熱をかんじなくなった時、声をきいた。

 買い物カバンをもった、白羽さんがそこにいた。

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