第24話
つめたい空気に街は凍り、ぼくたちは、にげるように、さびて、きしんだ音のする電車のなかへ入った。客のほとんどいない、ガタンガタン、さみしい車輪の音がひびく、そんな車内にぼくたちは、ふたり、ならんですわった。
ミヅキはあんまり話しかけてこなかった。
眠いのだろうか。
車窓の外は、真っ暗だ。きっと、なにもかもかくしてくれる。
いつのまにか、ぼくたちの町にいた。
さて、このまま帰られたらまずいぞ、とおもったが、そうはならなかった。
「ちょっとお散歩して帰ろう?」
ミヅキはぼくの手をとって、歩きだした。
「ついてきて」
好都合だった。ぼくがミヅキのまえにでて、先に先へと歩きだすと、ミヅキは「ふぇ、どうしたの?」と気の抜けた返事をした。
人の群れは、いつかは、さみしい、ボロボロの家の群れになっていて、ぼくたちをみつめるものは、街灯の灯りくらいだった。
しかし、それもいつかはきえ、ぼくたちは、暗闇にまぎれたふたつの影になった。
「あのね……」
なぜかミヅキは時々立ち止まっては、ぼくのほうをみて、唇をもにょもにょさせていた。ぼくはそのたびに、彼女の手をひいて、歩くのをうながした。
そして、約束の場所についた。そこは子供が全くいない、もうだれも遊んでいない、ペンキは剥がれ、雨でさびついた遊具しかない、忘れさられた公園だった。
「こんな場所があったんだね。私、しらなかった」
「けっこう学校の近くだよ? ホラ」
ぼくが指さす方向には、ぼくたちの学校と、その屋上に生えた大樹があった。
「ア……ほんとだ」
ぼくの一言に、ミヅキの頬のこわばりがゆるんだ。
指の先にあったには、学校だけではなかった。
「車? だれかちかくにいるのかな?」
公園のすぐそばに、黒い車が、闇に溶けこむようにして停まっていた。
「ねぇ。今日、たのしかった?」
この公園には音がなかった。
ブランコの鎖はこわれ、地面で寝ているし、噴水も、水飲み場の水も、枯れてしまっているのだ。
だからぼくは、声をかけることにした。
「つきあわせてゴメンネ。せっかくの冬休みだから家でゆっくりしたかっただろう」
「エ……そんなことないよ。私、たのしかった」
「そういえばぼくは、ミヅキにクリスマスプレゼントをもらったけど、ぼくからは君になにもプレゼントしてないね。なにかほしいもの、あるかい」
ミヅキはすこしの間だまっていたけど、やがてちいさく笑うと、フルフルと首をふった。
「ううん。大丈夫。私、クリスマスプレゼントは、もうユキト君からもらったよ」
「エ、うそ?」
なにかあげったっけ?
「うん……もらった」
そして、目をつむって、胸に手をあて、なんどか、深く深く、祈るように、ミヅキは深呼吸した。どこかで鳥がはばたく音、そして、パタン……車のドアが、とてもちいさな音で閉められる音がきこえた。
ミヅキは目を開いた。
その目は、涙で、ほんのりうるんでいた。
彼女は、緊張しているようだ。だから、背後からきている男の気配に感づくことはなかった。
「あ、あのね、私、ユキト君のこと」
ミヅキはそのままなにかをいおうとしていたけど、すべてをいいきることはできなかった。
その口に、薬液をふくんだハンカチをあてられ、強い力で抑えこまれたからだ。
彼女は一瞬、大きく目を見開き、バタバタと必死に暴れたけど、やがてスとまぶたがおちると、力なく地に膝をついた。
「メリークリスマス、ユキト」
ぼくはシーカーさんとあった日から、連日彼の家で、作戦をかんがえた。
この公園にしようと決めたのも、作戦をかんがえたあと、町で人気のない公園をさがそうと探索した時だった。
シーカーさんがいうには、ミヅキは、クリスマスの日なら、ぼくと行動を共にしてくれるという。
きっとミヅキは、厄介な護衛をつけることなく、ひとりできてくれる。
シーカーさんのいうとおり、ミヅキは今日、ひとりでぼくにあいにきた。
シーカーさんが待つこの場所に、ぼくはミヅキをつれてくる。
レンタカーを借りて待っていたシーカーさん(シーカーさんはお金があんまりないからマイカーなんてもってない)は、ミヅキをとらえて、家にまで持ちかえる。
そういう作戦だった。
「メリークリスマス、シーカーさん」
ミヅキ。
ぼくはミヅキがくれたマフラーに手をそえた。
君のくれたマフラーは、こんな寒い夜によく役立つ。
ありがとう。だけど、桜の右手は、もっと温かい。
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