第23話

「先生たちは一生懸命探したけど、みつからなかったんだって」


 当時はまだ、校舎のまわりに、たくさんの木が生えていた。

 屋上においてあった、月乃さんの遺書めいたプリントをみた先生は、警察にも連絡し、木の影に、あるいは、木の枝に月乃さんの体がひっかかってないか、必死にさがしたという。


 だが、どれだけさがしてもみつからなかった。


 けっきょく、月乃さんは行方不明というかたちで片づけられた。


 そのあとからだった。

 消えた月乃さんが、ふと子供たちにまぎれこみ、彼女とかかわった生徒が急に凶暴化し、だれかを傷つける事件が起きるようになったのは。


「先生たちは、月乃さんに申し訳ない気持ちと、あと……、事件を大事にしたくなかったのかもね。地元で有名な霊能力者の人とも相談して、月乃さんを供養するために、あの大きな樹を植えたんだって。なんか、すごい力のある樹みたいだよ? あのおっきな樹」


 電車が目的の駅についた。


「なんでブランコも作ったんだろう?」

 席をたつと、ミヅキは人差し指を顎にあてて、クと首をかしげた。


「月乃さんは友達がいないから、ひとりでも遊べる遊具にしたんだよ」


「なるほどね~、でも押してくれる人がいないよ?」


「まぁ、約一名? イヤ、一匹かな? 彼女には友達がいるから。まぁ、友達じゃないにしても、風が押してくれるんじゃないの」


「あのブランコ、風がふいてない日にもゆれてるんだって! もしかしたら、例の樹にそなわっているすごい力? もしくは、その月乃さんのお友達が押してるのかな」


 ホームにおりても、ミヅキは身振り手振りをまじえて、月乃さんの話をつづけた。


 そのあとの話は、すでにしっているとおりだった。

 偽木をあたえられた子供たちは、強大な力を手にし、攻撃的になる。だが、いつも攻撃的というわけではないようだ。賢いことにうまく牙をかくしている。

 その例が、ぼくたちのクラスにもいる、月乃さんに偽木を与えられたとおもわれる、ガラスの目玉をもつ生徒たちだ。彼らは、普段とてもおとなしけど、人の目をぬすんで、桜のように、他人を痛めつけているにちがいない。それが、月乃さんにお願いしたことだからだ。

 でも、クラスの皆は、友達が偽木にかわっているなんて、きづかない。きっと、ゲームと漫画ばかりみていて、友達の顔なんか、皆みなくなっているのだ。


 例外として、アズサの事件は、すこし目立ってしまい、ミヅキの父さんや、保護者にまで広がってしまったようだが、主には、自分に害をあたえる存在に対してだけ、その牙をむけるようだ。


 月乃さんは行方不明になってしまったけど、教室の影から、木陰から、夜のすみっこから、時々すがたをあらわしては、子供たちに紛れこみ、遊び、学び、うばい、そして、きえていく。





「あ、みてユキト君」


 昼前に寒さが強くなった。ミヅキは空を指さしていた。


「雪だよ。ホワイトクリスマスだね~」


 ぼくは桜に手錠、あるいは、家の柱にくくりつけるための、丈夫な、赤いロープでも買ったほうがいいとおもっていたが、ミヅキはマグカップを買おうといった。

 だから、ぼくはミヅキにいわれるがままに、商品を買って、街を歩いていた。


「かわいいカップが買えてよかったね! きっと妹ちゃんもよろこんでくれるよ」


 いつのまにか、ぼくたちは公園にいた。

 ベンチに腰かけて、さきほど買ったジュースの缶のフタをあける。


「今日はなんと、サンドイッチを作ってきたのです」


 ミヅキがもってきたバスケットのなかには、サンドイッチがはいっていた。

 桜は遠足に食パンをもっていくといってたけど、ミヅキはサンドイッチをもっていくタイプのようだった。


「安心して! 白羽にはたよらずに私が自分で作ったから!」


 寒く、つめたい空気に、すっかりこごえた手で、ぼくはサンドイッチをたべた。


 ミヅキはぼくがサンドイッチを一口たべるごとに、なにやらもじもじこっちをみた。カナブンや、コオロギは、洗剤入りの果物もおいしくたべる。そして、ぼくは彼らが、あおむけに倒れ、足をわななかせ、死んでいくさまを、こんなふうに、うれしそうな目でみたのだろうか。


「どう……、おいしい?」


「おいしいよ」

 ぼくは桜の食パンがたべたかった。


「本当! やったー」


 ミヅキは笑いながら両手をあわせると、ハムハムとサンドイッチをたべだした。

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