第16話

「ついたよ。ここが祠」


 樹に囲まれた神社の裏に、強い風でぶっ壊れてしまいそうな、ボロボロの祠があった。大人の身長ほどの祠は、ツタにおおわれて、苔だらけだった。その両横にはふたつの灯篭があり、オレンジ色の火が灯っていた。


「こっちが回収用。それであっちが」


 月乃さんが指さすほうをみると、すこし離れた場所に、もうひとつ、これまたボロボロの祠があった。


「出荷用のやつね。完成した偽体ギタイはあっちからでてくるんだよ」


 月乃さんはランドセルをおろすと、よっこいしょといいながら、祠の扉を開いた。

 

 月乃さんのランドセルのなかを、ぼくはおもいだした。

 ランドセルのなかの闇と、この祠のなかの闇は、とてもにていた。のぞいたら、その、深い深い黒に、すべてをもっていかれそうな、そんな、ぶきみで、危険なオーラをその闇は放っていた。


 月乃さんはおもちゃ箱をひっくりかえすように、ランドセルをさかさまにして祠のなかにぶちこみ、ゆさゆさとふるった。少女のすすり泣きがどこかにすいこまれ、ゴトゴトゴト、ボトボト、と音がした。

 やがて、空っぽのランドセルをまたせおったあと、パンパン、と二度ほど手をたたき、月乃さんは祠にむかって頭をさげた。


 しばらくして顔をあげ、ふりむいた。


「完成するまでは時間があるから。晩ご飯代わりにヌル君のお肉でもたべる? 醤油につけてたべるとおいしいんだよ」


 ヌル君はギョっとした様子で、首をゴムみたいにニュンとふりまわして、月乃さんをみた。


「電子レンジみたいにチーンっていうのかな、完成したら」


 こんがりやけた、焦げだらけな真っ黒食パンはおいしいけれど、人の体は、レンジにやけたら、夕陽のようなオレンジ色なのだろうか?


「あぁ、桜のごはんがたべたいなぁ。そろそろ、クリスマスだし、ホットケーキがたべたいなぁ」


「ヌル君。あなたの体、べつに切ったってすぐに再生するじゃない。なにをおびえているの?」


「桜はね、とっても料理が上手だったんだ。毎朝、それから、毎晩、ぼくのためにおいしい食パンをやいてくれるんだよ。父さんはぼくたちにおもちゃは買ってくれなかったけど、電子レンジは買ってくれたんだ」


 どこからとりだしたのか、月乃さんは包丁をもってヌル君を追っかけまわした。

 ヌル君は必死で逃げていたけど、やがてつかまり、お腹の肉をすこし切られた。かなしかったのか、地面に顔をつっぷしてふるえていた。


 ヌル君のお肉を噛みちぎると、月乃さんの口から、白いものがタラタラあふれた。


「なにか一曲演奏したげる」


 機嫌がよくなったのか、月乃さんは笛を手にした。


「安心して。神切笛ではないから」


 なるほど、たしかにリコーダーだった。

 ぼくは電気屋さんでみた、テレビゲームのBGMをリクエストしてみた。

 月乃さんはコクリとうなずくと、リコーダーをくわえ、灯篭の灯りをたよりに、ぎこちなく指をうごかした。

 演奏はとてもヘタクソで、幼児が泣きわめいているようだったけど、森で眠っていた鳥たちは、葉っぱをちらしながら、夜を旅した。この世界には勇者も悪の大魔王もいないけれど、夜の先でまつ、明日というバケモノをたおすべく、彼らはとぶ必要があった。


「偽体が完成したみたい」


 焦げ臭いにおいがするとおもったら、出荷用の祠が煙をふいていた。

 バンと祠がひらくと、なかには先ほどの女の子がいた。体操座りみたいな格好をして入っていたようで、片足ずつ、足を地面におろした。

 服は着てなくて、裸だった。よたよたと歩いたあと、ぼくたちのほうをみた。


 やはり、月乃さんと、桜とおなじ、ガラスの目玉をしている。


「ふーん?」


 なにか股間がむずむずするとおもったら、月乃さんがさわっていた。


「なに?」


「男子は女子の裸をみると性器が大きくなるんでしょう? でもユキト君は大きくならないね」


「そうなんだ」


「さすがだね。E粒子がゼロなだけじゃなくて、性欲もまったくないんだね。きっとユキト君は、泥を作ろうとおもった神様が、まちがえて人の形にしちゃったんだとおもうよ」


 先ほどぼくがおもっていたことを、まさか月乃さんにいわれるとはおもわなかった。月乃さんはぼくの股間から手を離すと、ランドセルの中から制服や靴下をとりだして、女の子のまえへほうり投げた。


 女の子の着替えがおわると、月乃さんは、いろいろ女の子にたずねていた。

 女の子は、数字をいったり、難しいことばをペラペラくりかえしたり、時々、ラジオのノイズみたいな音をだして、こたえていた。


 そのあとは、女の子の腕や足に触れて、叩いて、折り曲げて、そして、胸には針を刺したり、お腹はトンカチをつかってコンコン殴った。


 一通りおわると、月乃さんは『こきゃくりすと』をとりだして、エンピツでなにやらかいていた。


「うん。検品作業はおわり。あなたの予備パーツ大切に使わせてもらうからね。さぁ帰りましょう」


 そしてぼくと女の子は、月乃さんに手をひかれ山のなかを歩いた。


 木に囲まれていたはずの道は、いつのまにか、みなれたぼくの住む町になった。


 町につき、月乃さんが女の子から手を離すと、彼女はフラフラと、町のどこかへきえてしまった。


「どう? 私たちがどうやってE粒子を摂取しているか、偽体を作っているか、わかった?」


「月乃さんのお家はどこなの?」


 月乃さんは小学校のほうをむいた。

 ずーっと遠くでも、屋上にそびえたつ、あの大きな樹は、夜空にむけてリンとしていた。


「あの約束、ちゃんと守ってね、じゃあまた明日、学校で」


 もう月乃さんはいなかった。

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