第15話

「私はこのパーツたちを今から祠にもっていくの」


 月乃さんはヌル君のお尻から吐き出された、白いかたまりを拾っては、ランドセルにつめこんだ。コイツは教室でちゃんとまじめに授業をうけているのだろうか、そのなかは暗闇で、教科書もノートも筆箱もない。


 白いかたまりは闇のなかにきえて、みえなくなった。


「なにボーッとつったっているの? 手伝って」


 白いかたまりのひとつをもってみた。

 ピクン、ピクン、トクン……。

 うごいていた。

 そして、温もりがあった。


 白いかたまりのなかに、ちいさな黒いものがみえた。かすかにうごいていて、ア、これは眼球だときづいた。ミヅキと目があった時のことをおもいだした。彼女はよくぼくのほうをみていて、目があうとすぐにそらす。だけど、今ここにある目は、ミヅキの目とはちがって、ふるえが多いようにおもう。


 白いかたまりは全部で二〇個くらいあった。

 そのうちのひとつ、ピンク色がまざった、ヘンテコなかたまりをもつと、激しくビクンビクンと跳ねた。生きた魚を直に手でつかんだ時と、よくにたうごきだ。


「ユキト君は女の子の体の扱い方がわかってないね。そこは陰核の部分だから大切に触らないといけないんだよ」


 月乃さんはヒョイとぼくの手からそのかたまりをとりあげて、ランドセルのなかにほうりこんだ。(ふしぎなランドセルだ。かたまりがランドセルのなかに入っても、ぶつかった音がしないし、それに、あれだけ入ったのに、おもそうにみえない。ペラペラでスカスカな、まさに、空っぽ……そんなかんじだ)


 ようやくすべてのかたまりの回収が終わると、月乃さんはランドセルをせおった。


「おもくない?」


「軽いよ。たとえば、大統領は」


 ランドセルの紐に手をそえて、ふりふりと体をゆすり、まるで月乃さんは、そこらにいる小学生みたいだった。


「全世界の人々を殺害できる、核弾頭発射スイッチの入ったカバンを持っているね。私のランドセルは、あの人たちのカバンとおなじくらいに軽い」


 もしかしたら、この子の頭のネジはいかれているのかもしれない。

 神様はきっと、この子の設計図を作る時、一週間ぐらい徹夜していたんだ。

 だから、頭に必要なネジが十本くらい不足しているんだ。


「いくよ」


 疲れてぐったりしているヌル君の頭をなでると、月乃さんは歩きだした。

 ぼくも彼女についていき、屋上をでた。

 耳にはキィキィ、ブランコの鎖の音がのこった。


 ヌル君は息も絶え絶え……というかんじだ。

 階段をいっしょにおりるんだけど、なんていうか、ころがりおちる、という言い方がふさわしいような、かわいそうなおり方だった。


「ヌル君に翼があればいいのに」


 ヌル君が屋上から翼をひろげて、グラウンドのうえをとぶすがたは、体が白いから、もう一個月がういているようにみえるかもしれない。……イヤ、失敗作の気球と笑われてしまうか。


「がんばれ、ファイト」


 月乃さんはそういって、ころがり落ちてのびているヌル君の体を蹴った。


「さよなら」

 校舎の外にでて手をふると、ひんやりと冷たいものが手にふれていた。


「祠にいきましょう」


 いつのまにか、月乃さんがぼくの手をにぎっていた。

 ぼくは手を外そうとしたが、接着剤がくっついたように、ピクリともうごかなかった。月乃さんは、異国の人形の顔になっていて、次の瞬間には、ぴりりと火花がぼくらの間にはじけて、彼女は、焼けこげたひな人形の顔になっていた。


「でも、ぼくは学校の宿題をやらなくてはいけない」


「宿題はなかった」


「ぼくたちの担任の、安い給料と、しょぼくれた出世コースをなんとかするための、ライフプランニングをする宿題」


「女の子がデートに誘っているのに、恥をかかせる気?」


 鈴の音か、ガラスの割れた音、あるいは、泣き叫ぶ桜の悲鳴がした。

 しかし耳をすませば、それは月乃さんの声だった。


 ぼくは彼女の手にひかれて、歩いていた。

 ヌル君は月乃さんにくっついた、緑色のチューブにひっぱられるようにして、ついてきた。


 どこかの廃墟をぬけ、草原を駆け、夜のネオンのしたをくぐり、荒れた地の空から雷の音がなり、雨がやまない森の木のすきまをぬけ、どこかの港につき、海風とともにカモメが空をとんでいた。

 そして、カモメたちと波の音はどこかへゆき、くたびれた家がならぶ、夜の町にたどりついた。クモの巣だらけ、腐った薪がちらばり、その周囲はスギの樹にかこまれていて、どうやらぼくたちは、山のなかにいるようだ。町、といっていいのか、ここは。テレビの音もきこえなければ、車も走ってないし、赤ん坊も泣いていない。きこえるのは、カラスの鳴き声と、その翼のはばたきが、夜のどこかに吸いこまれる音だけだ。人の気配のまったくない、人にわすれられて、想い出からもきえてしまったような、さみしげな場所だった。


 ぼくはどうやってこの場所にきたんだろう。

 頭にルートをおもいえがこうとしても、でてくるのは、桜の右手だけだった。

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