第8話
桜がどこにいったか、おもいあたることがあった。
何日かまえ、桜がぼくにいっていたことだ。
学校の屋上に生えた大樹。そこには女の子が一人住んでいて、願い事をすれば叶えてくれるという。
桜はその女の子にあいにいき、おそらくだけど、目玉と右手をべつのものにかえられてしまったのだ。
夕暮れのはしっこには、月がみえていた。
その女の子は、満月の夜にブランコを漕いでいるらしい。
今日の月は満月ではなかった。半分個のアンパンのようだった。
角をまがると、背の高いマンションがあった。
ミヅキの部屋のインターホンを押すと、大人の女性がでてきた。
白い、ヒラヒラした、ドレスのような服を着ている。
「すみませんがあなたは?」
ミヅキのお母さんだろうか、それにしてはとても若い。
ぼくは、ミヅキに届け物があること、そして、クラスメイトであることを告げた。
「あぁ、お嬢様のお友達ね」
「ミヅキのお母さん?」
「いいえ。私はこの家でお手伝いをしている家政婦です。
白羽さんは部屋にいるミヅキを呼びにいく途中、派手にすっころんだ。
ぼくがおもうに、白羽さんが歩いたところには、段差もなければ、足をひっかける障害物もなかった。どうしてころんだんだろう?
「なに今の音! ……ア、ユキトくんじゃーん」
物音にきづいたミヅキが部屋から出てきて、床に突っ伏していた白羽さんを踏みつけつつ(カエルがひしゃげた時とよくにた音がきこえた)ぼくのもとへきた。
「すごい大きい音がしたとおもったから、もしかしたらだれか怪我でもしたのかとおもった」
「これプリント」
「ン? あ、ありがとう」
「じゃあぼくは帰るので」
「待て待てーい!」
ミヅキはぼくの制服のそでをつかんで、お菓子をたべていくよういってきた。
しかたなくぼくはミヅキについていき、彼女の部屋に入った。桜の右手の香りとはまったくにていない、甘ったるい変な香りがする。
ミヅキがオレンジジュースが入ったグラスをもって、もどってきた。
「ごめんね! いつもなら白羽になにかお菓子を準備させるんだけど、また行方不明なの!」
ミヅキの家にも、母親がいないらしい。
父親は夜遅くまで働いていることが多く、だから、お手伝いの家政婦として、白羽さんを雇っているのだとか。
「あの人、頻繁に姿をけすの。どこかの溝におちてたり、なぜかごみ集積場にうまってたり、いつだったか野良犬にくわえられてマンションの前に運ばれてきたこともあるのよ?」
ケラケラ笑いながらミヅキはオレンジジュースを飲んだ。
ミヅキはいつものようにぼくに話をふってくれて、今日学校であったことなんかをきいてきた。
話は次第に、ミヅキにイタズラをしたという男性の話になった。
「電柱の影からいきなりでてきてね、体のあちこちをいっぱい触られたの」
「なんで?」
「……さぁね。きもちわるかった」
汚いものをみるような目をしながら、ミヅキはその男について語った。
男はガリガリの体型で、身長百八十ほど。
黒ぶちの眼鏡をしており、マスクをしていた。
「カマキリに似てたよ。腕も細くてカマみたいだったもん」
カマキリをたべたことはなかった。
父さんのライターを使って火あぶりにしたことはあった。
黒こげの釘みたいになった。
「でね、私、必死に暴れたんだけど」
ひょろひょろな見た目をしていても、それでも大人。
むりやり体を抱きしめられ、体のあちこちを触られながら、路地の暗がりにつれていかれそうになった。
ミヅキは大声をだそうとしたが、手で口をふさがれ、おもうように声がでなかった。そこをたまたま通りかかった人に助けられたという。
「きっとあのまま誰も通りかからなかったら、私死んでたよね」
ぼくはムシカゴに入れられた、モンシロチョウをおもいうかべる。
水を与えられ生かされるのと、観賞用に殺され、標本にされ、ずーっと美しいすがたでいられること。
「その人、私の体を引っ張る時、変なこといってた」
モンシロチョウにとっては、どっちが幸せなのだろう。
「『セイジョ様、セイジョ様、わたくしがおむかえに』って」
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