第6話

 何日か観察するうちに、月乃さんとおなじ目の生徒が、教室に紛れこんでいることにきづいた。

 

 木下さんと、川本君は、月乃さんとおなじ目をしていた。

 でも、月乃さんみたいに、空気に溶けているわけではない。

 ちゃんと友達と話しているし、昼休みには遊びにいっている。

 

 本当ににている。

 服屋さんにおいてある、マネキン。

 光のない、ガラスの目だった。

 たとえば、ぼくが服屋にジャンパーを買いに行ったとして。

 ランドセルをせおった、子供のマネキンをみたとしよう。

 そして、その近くでぼくと月乃さんはかくれんぼしているのだ。そろそろバスの時間がちかづいていて、早く月乃さんをつれて帰らなくてはならない。

 そんな状況になるとぼくは、月乃さんとマネキンの見分けがつかず「みーつけた」といって、マネキンをつれて家に帰ってしまうだろう。


 本物の月乃さんも、時々教室にいた。

 眠れない日がつづくと、月乃さんと、そして、彼女とチューブでつながれている、白いバケモノのすがたがみえるようになった。

 つねにヨダレを床や机にまき散らし、時々、月乃さんの足元で眠っている。


 ある日の給食の時間、プリントの裏に、月乃さんの似顔絵を描くことにした。

 完成したそれは、つぶれたナメクジのようにも、桜が父さんにお腹を蹴られた時に吐きだした吐しゃ物のようにも、綿の抜けたぬいぐるみのようにもみえた。


「ユキトくーん。なに描いてるの?」


 牛乳を飲みおえたミヅキがきいてきた。

「月乃さんを描いている」


「エ……月乃さん、っておなじクラスの月乃さん?」


 ミヅキはまじまじと月乃さんの似顔絵をみた。しばらくみていたけど、なんだか急に、苦しそうな顔になり、ぼくの耳のすぐそばへ、顔をよせた。


「ねぇ……月乃さんのことが好きなの?」

 と耳打ちしてきた。


「? いや」


 耳に鼻息があたってくすぐったかったから、離れてほしかった。


「そう……なら、よかった」


 ミヅキはふふとちいさく微笑むと、ぼくから離れた。


「ちょっと貸して」


 そして、プリントを手にとると、後ろの席の女子にみせた。月乃さんがどんな子だったが、きいているようだった。だけど、きかれた子も首をひねるばかりで、月乃さんがどんな子かわかっていないようだった。


「月乃さん……ンー、この目は心当たりあるんだけど」


 目だけは似ていたようで、ミヅキとその子は教室をキョロキョロみわたした。

 だけど、月乃さんは発見できなかった。

 それどころか、木下さんと川本君の目ににていることにもきづかないようだった。




 しばらく日がすぎて、家から桜の気配がきえた。

 だが家出したわけではない。桜は家にいるはずだ。ちゃんと朝ご飯と晩ご飯を準備していたからだ。

 食パンは以前よりも真っ黒こげになっていた。いつもはお皿においてくれるのに、畳のうえにほうり投げられるようになった。おかげさまでぼくは、野良猫のように、床に口を押しつけてパンにかじりつくはめになった。

 

 苦みがひどく、水なしでたべようとすると、かならず吐いてしまう。

 しかたなくぼくは、マヨネーズを塗りたくってたべていた。


 桜はぼくの部屋にあらわれないし、台所にもいない。

 いつもぼくを起こさずに学校にいき、夜は闇にまぎれてしまう。

 家全体がとてもしずかだった。

 ぼく以外にだれもいないようだった。

 だから、母さんもいないんだとおもった。


 その夜は、耳鳴りがひどかった。

 黒板に爪を立てたような、ヒドイ耳鳴りで、ぼくの頭のなかでは、いつまでもチョークの音と、先生のやる気のない声がきこえた。

 だから、深夜の悲鳴も、黒板が包丁に引っかかれた音だと勘違いした。


 ぼくは悲鳴のした場所へむかった。

 それはお風呂場だった。


「ヒィ……、い、イヤダ、ゆ、ゆるして」


 尻もちをついた父さんが、口から血をダラダラ流しながら、お風呂場をあとずさりしていた。

 父さんのまえに立っているのは、桜だった。

 ぼくの大好きな右手が……血でよごれている!


「桜?」


「ア、オニイタマだ」


 桜はゆっくりと、カクカクカクと、ゼンマイおもちゃのように首をまわして、ふりむいた。


「ネェネェキイテ? コイツ、夜勤イキタクネー、ってワガママイッテルンダヨ?

 アタシと、オニイタマがゴハンたべられなくなってもイイノカナァ? フザケテルヨネ?」


 桜は顔をこちらにむけたまま、父さんの顔を幾度も殴った。


「ハヤクイケヨ? クソジジイ」


 そう吐き捨てると、桜はお風呂場から出て、ぼくの横をすりぬけ、縁側の部屋にきえた。

 ぼくはきづいてしまった。


 桜の目は、月乃さんとおなじ目になっていた。

 あのマネキンとよくにた、光のない目。

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