第4話

 ミヅキの仕事は、隣町でおこなっている、ジュニアアイドルのことだった。

 ミヅキは五年の時に芸能事務所にスカウトされた。それからは放課後、時々、仕事のために隣町まで電車でむかう。


 隣町についたら、お迎えの車がくるらしい。

 今日は、ちいさな雑誌用の写真を撮影するのだという。


 ミヅキはだれかにつけられているようだった。

 背後の電柱柱から、つめたい視線をかんじた。


 すぐそばに田んぼがあるだけのさみしい道だった。


 夕陽はかたむいていて、もう夜がちかかったから、どうやらその人は、薄い闇のなかにかくれて、ぼくとミヅキのあとをつけているのだった。


「パパにたのんで警察に連絡してもらうから」


 ミヅキは防犯ブザーをにぎりしめて、ちいさな声でつぶやいた。


「ごめんね。だから今日だけ」


 アイドルというのも大変だな。


「今までもこんなことあったの」


「ンー。へんな手紙が事務所にとどいたりしたことはあったけど。実際に目のまえでイタズラされるのは初めてかも」


 駅にちかづくにつれて、人がふえてきた。

 背後にかんじた視線は、どこかにいってしまった。

 さすがに人通りが多いところでは、追いかけてこないらしい。


「ありがとう。ちょっと待ってて」


 ミヅキはコンビニに入ると、なにか茶色のものが入った袋を二つ買って、もどってきた。


「これ。今日のお礼。温かいうちにたべたほうがおいしいよ」


 ぬくもりがあったけど、それは茶色のなにかで、桜の焼く食パンのほうがおいしそうにみえた。だんだん、タワシにみえてきた。トゲがいっぱいついた、ハリネズミみたいなタワシ。グルグルグルグル、目が回っている。ミヅキはホクホクと熱そうにしながら、そのタワシみたいなやつをたべた。


「どうしたの? コロッケ好きじゃなかった?」


「大丈夫? 口のなか痛くない?」


「エ? 私、虫歯ないんだよ? えへへへ、アイドルは歯が大事ですから。歯磨きをがんばっているのです」


 よくわからなかったけど、ぼくはその茶色のものをたべることにした。

 タワシは二年の時にたべようとしたけど、口のなかからいっぱい血がでてきたから、やめたんだった。


 だけど、そのタワシは、まぁ噛むことはできた。

 ネズミのように暴れることもなく、血も出さず、だが、桜の右手のほうがおいしく、甘さがあり、新鮮だった。


「まだ電車がくるまで時間あるなぁ」


 なにか話してといわれたので、ぼくは月乃さんのうしろにいる、白いバケモノの話をした。


「う、うん……? え、えっと、それは、ユキト君が今みているアニメの話?」


「アイツはマンホールくらいにおおきな口をもっていて、とってもブキミな見た目をしているんだ。きっと、あの口をつかって、皆の体をたべようとしているんだよ」


「アハハハ。ユキト君、それきっと夢のなかの話だよ?」


「夢」


「そう。ユキト君は授業中に居眠りして、きっとよくない夢をみているんだよ」


「ぼく、もう一週間寝てないんだ」


「エ、ほんとう?」


 とおくで、踏切が鳴っている。

 カンカンカンカン。赤色の光が、光って、消えて、ミヅキはの顔も、赤く光って、黒くなって。

 彼女の目が、夜にきえている。


「それ大変だよ。親にいって病院にいったほうがいいよ」


「親? 父さんのこと?」


「うん。ユキト君の家、たしかお母さん、いないんだよね」


 なんでしっている?

 とおもったけど、ぼくの母さんがマンションの屋上から飛び下りた話は、学校中にしれわたっていた。


 ぼくがだまると、ミヅキはハと息をのんだ。


「ごめん。おもいだしたくなかったよね」


「エ? いや、べつに」


「ううん。気持ちはわかるよ」


 ミヅキは目をほそめると、うつむいた。


「お母さんがいない気持ちは、わかるよ」


 電車がきたようだ。

 ミヅキはあわてた様子で「じゃあね」と手をふって駅の中へきえた。

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