第2話

 眠れない日がつづくと、黒い雲みたいなものがいっぱいうかぶ。ぶつかってもなにもおきない。時々、人の形になったり、首なしの騎士になったりする。騎士は、昔絵本で見た、剣のようなものをもっていた。先生を殺そうと一生懸命ふりまわしているけど、残念ながら、刺さらない。


 今日も教室には黒い雲がいっぱいうかんでいて、しかし、雨はふってなかった。

 皆のまえをふよふよ浮いているのに、だれもきづいていないようだった。

 もう、かれこれ一週間、桜がぼくの布団にきてない……つまり、一週間眠れていないのだった。


 窓から風がふいていた。

 風は雲をうごかし、まとめて、大きなカラスになった。

 このカラスは以前にもみたことがあった。カラスの見た目をしているのに、お腹のあたりから、牛の鳴き声がするのだった。

 昔読んだ拷問の本には、鋼鉄の牛の入れ物に人を入れ、火であぶって殺すのだとあった。だからか、大きなカラスは滝野君の頭を嘴で引きちぎろうと必死だった。


 だが、カラスはもちろん、ただの雲のあつまりだ。

 滝野君の頭はとれることなく、ニコニコ笑って、昨日見たテレビの話をしていた。


 ぼくはふとおもった。

 たとえ、頭を引きちぎることができたとして、どうやって火にあぶるのだろうかと。いくら立派でおおきな羽をもっているからといって、太陽までとぶことはできないとおもう。


 それであるなら、どこかの火山にでも身をなげるのだろうか。

 あるいは、焼却施設にでもつっこむか。

 ぼくは燃えあがるカラスのすがたを想像した。

 ぼくは焼き鳥というものたべたことがなかったが、きっと、そんなふうに料理するたべ物なんだとおもう。




 体育の時間の時、二人組をつくって準備体操をするようにいわれた。

 雲があつまって人の形になっても、彼らの体にふれることはできなかった。

 彼らは口元に手をあてて笑うそぶりをみせたり、こぶしをつきあげて怒る動作をしてみても、ただの雲なのだった。


 だからぼくは、いつものようにひとりで準備体操をすることにした。


 今日の体育の授業はバスケットボールだった。

 ぼくは不調を理由にコートのすみにかくれた。


 また、アイツがいる。


 バスケットコートの中に、白い、クマほどの大きさの四つ足動物が這いずり回っている。


 皆は、黒い雲と同じように、這いまわるそいつのすがたがみえていないようで、無邪気にボールをパスしあっている。白く大きなその体が、もしも本当にそこにあるなら、子供たちをぺしゃんこにしてしまいそうだ。


 首はヘビのように長く、目はなかった。

 子供一人くらいは簡単に飲みこみそうな、大きな口。たえず透明のヨダレをたらすその口には、びっしりと赤い歯がつまっていた。まるで、切ったザクロの断面のようだった。

 まん丸とした白い巨体を、カバのように短く、太い四つの足がささえている。

 その四つの足をバタバタとうごかして、コートのなかを走っていた。いっしょにバスケを楽しんでいるつもりなのだろうか?


 お腹には緑色のチューブのようなものが何十本も生えていて、それはひとりの女の子の体につながっていた。


 月乃さんだった。


 月乃さんの体操服を貫通して、緑色のチューブたちは、月乃さんの胸や、腕や、お腹に突きささっていた。

 月乃さんはコートのなかにボーっと突っ立って、ボールのゆくえを見守っていた。

 彼女はたしかにコートの中にいるはずなのに、だれもボールをパスしなかった。


 一瞬、目が合った。……彼女の目は、マネキンの目とよくにている。ガラスでできた、作り物の目。


 そして、ぼくはそんな月乃さんと、白い……バケモノ、のうごきと、ボールのうごきをみまもっていたら、体育の授業はおわった。


 ぼくは体育館からかえって教室に戻る途中、月乃さんの顔をおもいだそうとした。

 しかし、どれだけ頭のなかで月乃さんの顔をおもいえがいても、まったくすがたがあらわれなかった。


 生徒の顔をみまわして、月乃さんをさがした。

 しかし、どれだけさがしても月乃さんはいなかった。

 教室にもどって、一番前の席から順番に、皆の顔をひとりひとり確認した。


 だけどやっぱり、月乃さんはいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る