死神様と黒百合姫。

夜桜海伊

神無月が空に浮かぶ頃。

「俺は、死神だ。お前の魂を刈る…予定だ。」


恐怖に歪み、死にたくないと叫ぶ人間共が、俺は心底嫌いだ。


どうせお前も、死にたくないと叫ぶのだろう―――。



「…わかりました。」


――—は?


…お前は、なぜ死を受け入れる?


目の前の風変りな女は、…悲しむことも、怒れることも、絶望することもなく…寂し気に、微笑んだ。



「…変なやつ。」



人間が“神無月”と呼ぶ十月の月の光が、殺風景な冷たい部屋に、淡い光を降らしていたあの夜、俺は“黒百合姫”と出会った。


*  *  *

  “死神”


“刈り時”が魂を鋭い鎌で刈り、現世から離れさせる存在。


誰もが嫌がった魂を刈ることを…汚点を、一身に背負った存在。



そんな “死神”であるのが、俺だ。

                                    

まず、死亡予定日が四十四日前になってから、魂が刈り時になりそうな生物…死時対象者の名前が鏡にうつる。



そして、調査班が四日かけて死時対象者についてを調べて、魂鎌班に調査書類を提出。それから魂鎌班が対象者のもとへ行き、最大三十六日間かけて、死時対象者の魂を刈っても良いかを見極めるのだ。そして、四十四日目までに魂が刈り時にならなかった場合は、刈らずに速やかに死神界に帰り、刈り時になった場合は魂を刈り、死神界へと帰る。


俺は、魂を刈る、最も嫌がられる部署、魂鎌班だ。


そして、そんな俺の今回の死時対象者が…。


            かんなづきせな

…黒百合姫と呼ばれている、神無月瀬那だったのだ。



自分の魂を刈る予定の死神が目の前にいるのに、のんきに刺繍をしているこの女が、何を隠そう死時対象者、神無月瀬那である。


       ししゅう

俺にはのんきに刺繍ができるこの女の精神がどうなっているのかが本当に分からないのだが…。


「おい、お前。死ぬかもしれないっていうのに刺繍してていいのかよ?」

「…外に、出られないもの。だから、余った布に刺繍をするの。」


「……ちっ」


なぜかイラつく…。


そしてなぜか、さらっと目を通していただけの魂狩り対象者の調査書類を読む気になって、俺は “神無月瀬那” の調査書類を探し始めた。


—――――――――――――――――――――――—――――――――――――――――――――――――

神無月瀬那。

深紅の瞳と額から生えた一角の鬼の角がゆえに、通称黒百合姫。百合は人間界では首落ちの花。額から生え    る一つの鬼の角は、父(永秀)が陰陽師の職務中に体内に入ってしまった鬼の毒素より、生えたと思われる。


側室の母(珠璃)は幼い時に死別。父(永秀)より命令を受け、離れの塔の一室に住んでいる。妹(華那)は別名白薔薇姫。妹(華那)は正室の子であり、周りからの評判はとても良い。妹(華那)の見た目に変わったところはなし。父(永秀)の体内に含まれていた毒素が完全に瀬那に受け継がれていたからだと思われる。


噂)・歌声が素晴らしいらしい。 ・妹に嫉妬して虐めているらしい。 ・呪術を使えるらしい。

  ・高飛車らしい。      ・高慢ちきらしい。         ・性癖はS寄りらしい。

  ・ようかんを食べると鬼化するらしい。 ・初恋の相手はお金だったらしい。

        △噂の所は根拠はない。あくまでも噂を盗み聞きしただけ。△

—――――――――――――――――――――――—――――――――――――――――――――――――


…最後の噂の所は置いといて。ていうか何だよ、ようかんとか初恋とか…。




それにしても、こいつの魂、魂刈り時対象者リストに入ったくせに刈り時の色じゃないんだよな…。

こいつの魂はほんのりと色づいている部分があるだけで、ほとんどが白い。こんなに白いのは、産まれたてぐらいだと思うのだが…。もしくは……。


……よし、行くか。


俺は減給はされたくないし、下っ端に戻りたくもないからな…。


座っていた窓辺から降りて、まだ刺繍を続けているアイツの側を通り過ぎ、壁をすり抜けて外へ出る。死神は人間がいう幽霊の如く、壁をすり抜けることもできるし、浮遊することも出来るのだ。



そして俺は、人間の美男子に化けて、早速移動し始めたのだった—――。



—――神無月家へと。



*  *  *

『私はいらない子です。私はいらない子です。私はいらない子です。』


無機質な声音で、同じ言葉を繰り返す少女。その瞳は、絶望に満ちている。


殴られながら、泣くこともせず、同じ言葉を繰り返すだけの少女の姿は、不気味を通り越して恐怖を思うほどだった。


少女は今日も、夜空を眺める。


夜空というものに、なぜか、悲しみと、愛しさを想いながら。


   〇   〇   〇  


あの夜、確かに会った。


しだれ桜の舞う庭園で、藍色に深く誘う夜空に、琥珀に輝く月が浮かんだ、あの夜に。



名前を呼んで欲しかった。存在を、確かめられるようだったから。


一緒に笑いあいたかった。きっと、とても、嬉しいことだと思うから。


愛が、欲しかった。恋かがれ続けた、雲の上のようなものだったから。



全部、貴方がくれた。



私が欲しかったもの、全部。



『……――姫。』



例え、何千年会えなかったとしても、巡り合えなかったとしても。



私は、貴方を想い続ける。



巡り合える日を、願いながら—―――。



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死神様と黒百合姫。 夜桜海伊 @yozakura0325

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