優しい夢に溺れる

CHOPI

優しい夢に溺れる

 いつの頃からかもう思い出せないくらいには、本音を言うことが苦手な性格だった。“寡黙”“思慮深い”等々の言葉に守られ、自分の気持ちを言葉にすることが出来なくなっていった。だから誰といても常に何か満たされることが無かった。それはきっと孤独感。ずっと埋まらない寂しさを抱えて一人で悶々として、息がしにくい日々をもう何年過ごしてきたんだろう。私のウソを、ほんとうを、見つけられる人なんて、誰もいない……。そう諦めて生きてきた。のに。


 「久しぶりー、元気してた?」

 ってか、だいぶ大人になっちゃって!なんていう目の前のこの子は――……

 「え、忘れちゃった?キミが僕の生みの親なのに?」

 忘れるわけがない。幼い頃、どうしても孤独に耐えきれなかった時、よく話し相手にしていた私だけの“友達”。ハンドボールぐらいの球体で、クリーム色のモフモフとした柔らかい毛並みのそれ。目はくりくりと大きい一つ目。手や足に該当する者は無い代わりにロープ上のしっぽのようなものがついていて、その先端にはピンポン玉くらいのモフモフ。しゃべる割には口も無い。私だけの秘密の友達。


 「な、んで……?」

 イマジナリーフレンドなるものならば、成長と共に消えるのが運命(さだめ)のはずだ。現に私はこの子の存在を今の今まで忘れていた。

 「んー、キミがいつまでも泣いているから」

 事も無げにモフモフは答える。唐突に現れたそれに驚きつつも、何とかかつての記憶を必死に探る。小さい頃どんな話をしたのか、どんな遊びをしたのか、まるで靄がかかったかのように上手く思い出せないのに、当時のモフモフの姿だけはなぜか鮮明に思い出せる。でもいつの頃からか、記憶の中にモフモフの姿は無くなっていった。それは私が成長した証でもあるのだけれど。

 

 「本当は僕、キミの中に吸収されていくはずなのにね」

 モフモフは、もうとっくの昔に私と同化して消えた、はずだったといった。モフモフ曰く、私がモフモフと遊んでいたころは、モフモフは明るくて柔らかい光に包まれた空間で私と遊んでいたのだそうだ。だけど私が成長するにつれ、その暖かな空間と私は徐々に暗闇へと飲み込まれていった。それが“同化”なのだと。だけどその暗闇の中、幼い私がずーっと泣いているのだという。だからどうしても心配になって、気が付いたらまた。

 「キミの前に出てこれたみたいだね」

 モフモフは目を細めた。たぶん、笑った、んだと思った。


 それからモフモフのいる不思議な生活が始まった。とはいえ、モフモフは実態を持たない。当たり前だけど私の意識化の中でしか存在しないのだ。初めは少し戸惑ったけれど、別に生活に支障をきたすものでは無かったし、むしろ慣れてくると結構楽しい生活だと思った。モフモフには嘘が通じない。“建前”と“本音”が並んだ時、真っ先に“本音”を問いただしてくる。それを吐き出す術を私はずっと知らなかったけど、モフモフのおかげで少しずつ自分の中のほんとうの部分を見つけられる気がした。それは私にとって新鮮で、凄く心地が良かった。今まで感じていた孤独や寂しさがほんの少しだけ、埋まる感じがした。


 「最近、キミはよく笑うようになったね」

 唐突にモフモフが私に言った。

 「うん、そうだね。そうかも」

 「小さいキミも笑ってるから、僕、すごく嬉しいんだ」

 モフモフが目を細める。もうわかる、これはモフモフの笑顔だ。

 「モフモフもよく笑うね」

 そう言えばモフモフは、当たり前だろ、と返してきた。

 「僕は君が泣いているのが嫌でここに戻ってきたんだ。キミが泣かなくなって、それ以上に笑顔を見せてくれるんだから、嬉しくない訳ないじゃないか」

 私の友達は、私のヒーローだった。同時に胸に広がる、どうしても拭えない不安。いつの日かまた、私はモフモフを忘れてしまう日が来るのだろうか。この先の成長過程で、大人になるにつれて失ってしまうのなら、私は――……

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