第17話 お願い


 ダウンタウン。ゴミゴミした汚い建物が立ち並ぶストリート。その中の雑居ビルの前にハンスはバイクを止めてカギを抜く。しっかりとハンドルのロックをしてバイクから離れ、4階の印刷会社の看板を確認し、雑居ビルに入っていく。

 ハンス4階に上がっていく。

そして印刷会社の扉の前に立ち、開けて中に入ろうとすると、いきなり厳つい男が横に立ち、素早い動きでハンスの腹に拳をいれてくる。

「ウグッ。、、何、、んだ・・・」

必死に倒れまいとしてこらえるが、続けて首に攻撃を決められて、崩れ落ち、膝まづくハンス。

 厳つい男は、膝まづくハンスの腹に、鋭くけりを入れる。それは格闘技をやってきた者の洗練された蹴り。

「ウゴッ・・・」

一瞬身体が浮き、転がって動けなくなるハンス。

男はハンスののベルトに挟み込んだ銃を抜き出して取り上げ、苦しくて動けないハンスに首を後ろの襟をつかみ、印刷会社の中に引きずって入っていく。


 男にただ引きずられて、応接室の中に引きずり込まれて、ソファの前に転がされるハンス。そのソファには数人の部下を連れたチコが座って待っており、ぼろ雑巾のように転がるハンスを笑って見下ろしている。

「外国に旅行かハンス。残念だったね。パスポートの商売は俺の傘下なので、すべてこっちに情報が流れてくるのさ。トラブル起こしたお前がパスポート偽造して海外逃亡とは、そんなことは許さない。・・・俺たちは信用第一だったよなハンス。問題を起こした奴は、そのけじめを取らなくてはいけない。・・・ハンス、待ってたよ」

 座っていたチコ、立ち上がると、ぐったりして荒い息して床で転がっているハンスの髪の毛を掴み、顔を持ち上げる。

「ハンスちゃんよ。おまえ何がやりたいんだ?お客さまのプライベートに干渉しちゃいけないっていつも言っただろう?たとえ目の前で人殺しを見せられても、俺たちはアンタッチャブル。何も見なかった。何も聞かなった。だから喋れません。完全シークレットが俺のルールだ。忘れたわけじゃあるまい。困るんだよな。お客様の楽しいひとときを邪魔してはいけないのだ」

 チコ、手をはなすと、ソファに寄りかかり、ハンスを見下ろす。

やっと息が整いだすハンス。

「あんなクズ関係ない・・・」

「アハハ!そう。奴はクズだ。・・・しかし奴は俺たちに金を払ってくれる。お得意様のプロデューサーのフランツちゃんなのだ。だから彼を怒らせちゃだめなんだ。奴は金のなる木なのだから大事にしなきゃいけない。彼とはこれからも付き合ってもらうんだ。だからトラブルは厳禁なんだよ。・・・それでどうしたハンス?・・・女か?エレナとかいう女と逃げたそうだな。お前の女か?」

 じっと見つめるチコ。

「・・・彼女は外国に行きたがっている。願っている。その願いを叶えてあげたい」

「なんだ?願いだと?・・・おまえは、何言ってんだ?」

 チコ、部下を見まわし笑いだす。部下も笑う。

「おまえが言ってることさっぱりわからん。願いとか、行きたいとか。なに寝とぼけたことほざいているんだ?気が狂ったかハンス」

 ハンス、やっと息が整い、体を起こし座る。

「俺たちラットは人間じゃねえ。狭い場所に隠れてゴミをあさって生きて来た。踏みつけられ痛ぶられて、それでも歯を食いしばって生きてきた。こんな場所で生きるより、このまま死んだら楽なんだろうな。何度も考えた。・・・ガキのころからここから出て行きたいと、いつも思っていたが、しかしそれは無理だった。金も力も何もなく、ただ毎日生きているだけで精一杯の俺たちには、他の場所は分からない。どこに行ったらいいのかさえ想像も出来ない。ラットにとって外の世界に行くことは無理なことなんだ。・・・でも今日、エレナと一緒にいて、生きたいと思った。こんな俺が、やっと夢が見れた。これからも生きていきたい。それが俺たちの夢。それはどんな場所でも構わない。ここでなく別の世界なら、それが出来る。これからも生きる。生きて行こうと願う。それが俺たちの夢」

「ハンス、夢とか、なんとかほざいているんじゃねえ。すべてをぶっ殺して俺たちは生きるんだ。・・・結局、おまえはガキのままだな。女とか、願いとか、そんなもので仕事を半端するなんて、ここでは終わりなんだよ。・・・あんなクズ野郎のけじめだ。殺すほどでもない。しかし貰って行くぜ。右でも左でも片側でいいや。手足を折って粉砕しておけ」

 チコが言うと、頷く厳つい男がハンスに近づく。

「それでもう二度と俺の前に顔を見せるな。わかったなハンス」

 チコがそう言い放ち出て行こうとすると、ハンスは背負ったままになっていたショルダーバックを下し、呼び止める。

「待ってくれチコ。いつもあんたは言ってたな、すべては金で片付くって。これも金で済ませてくれないか」

 チコ、行きかけた足を止め振り返る。うれしそうに笑ってハンスに近づき見下ろす。

「いくらだ?お前のけじめは?」

 ハンス、ショルダーバックのチャックを開いてATMで下ろした金を全部出し、見せる。

「これで全部だ」

 チコ、ハンスの前に座り、金を掴み見る。

「なるほど、なるほど。これがおまえのけじめか。いいだろう」

 チコ、手を上げると厳つい男は、後ずさりする。

「それで俺の大事な・・・銃を返してくれ」

 チコ、金を他の部下に渡し、いかつい男が取り上げた銃を出させて、手に取る。

「まったくおしいね、いい根性してる。頭の回転も速いし、決断もいい。このままやれば面白くなるものを」

 チコ、銃をハンスの前に転がし、出ていく。後に続く部下や厳つい男たちも出て行く。。

一人残されたハンス、蹴られて苦しい腹を押さえて立ち上がる。

「金もパスポートもなしか・・・でもこれさえあれば」

 銃を拾い上げ、グリップの星を見つめる。

「願いを・・・」

 そして背中のベルトに挟み、歩き出す。



 空港の到着口につくベントレーリムジン。運転手にエスコートされて、エレナが出てくる。ミレーヌ夫人が自家用車を出し空港まで送ってくれた。

「またね。戻ったら遊びにきてね。ハンスちゃんも紹介してね」

「ありがとうございます。それじゃ」

 開いた窓がから手を振るミレーヌ夫人。そしてリムジンは去っていく。

エレナ、金の入ったリュックを背負い、空港の発着の建物に歩いていく。


 中に入ると、航空会社のチケットカウンターが並んでいるが、そこを通過して、搭乗ゲートの方に歩いていく。

搭乗ゲート前で航空会社のキャンペーンがやっており、女の人が籠の中のプレゼントグッズを、行き交う人に配っている。

エレナもそれを貰い、歩いていく。


 初めての空港、ロビーにあるパタパタと行き先が更新されていく発着パネルが珍しく、その前にある椅子に腰かけるエレナ。

そして貰ったグッズを見てみると、それはキラキラ銀色に光る鎖の腕飾りで、封を開けてよくみると星ついた、ペアの腕飾りだった。

「あ、また新しい星が来てくれた」

 ペアの一つを自分の腕につけ、もう一つをハンスの渡そうとポケットしまう。



 よろよろと空港の駐車場に入って来るハンスのバイク。

バイクを止めて降りるが、まだ腹をさすり苦しいハンス。

「くそ、あばら骨もやられたな」

 引きずられた時に足も痛めたため、ビッコになっている。

そんな満身創痍のハンスが、よろめきながら発着ウイングの建物に入って来たので、不振に思った空港警官たちが、ハンスの尾行を始める。

そしてその警官の1人が、データー端末に表示された、「誘拐・指名手配されたハンス」の顔写真を見つける。



 空港の発着パネルは、時間と共に出発した飛行機が消えて、下の段の予定が繰り上がって来る。そんなパネルをエレナは楽しそうに見ている。

「今、ハンスがきたらパリか。10分後ならサンフランシスコ、20分後なら東京。ピピチャンはどこに行きたい?」

ボロボロの熊のぬいぐるみに話しかけているエレナ。


 痛みをこらえながら、歩いていくハンス。入り口を抜けて、発着カウンターホールにくる。

見回しながら、発着ゲート方面に向かって進んでいくと、前に二人の警官が立っているのに気がつく。どうも自分を見ていると察知するハンス。

 そちらに行かず道を変えてエレナを探そうと、振り返って歩き出すと、尾行していた警官が、ハンスに近寄って来るので、ハンスは顔をそらし、また違う方に足を向けて歩き出す。しかし警官は、そんなハンスに追いすがり、ハンスが行こうとしている方向に先回りして止まる。

「・・・俺か?」

 ハンス、また方向を変えて、歩き出すと、そちらも先回りされて、立ち止まる警官たち。

 警官に囲まれるようになるハンス。

「・・・」

ハンス、職務質問を覚悟して、真っすぐに進んでいくと、進行方向の警官が、ハンスに止めるようにして目の前に来る。

「ハンスだな?」

一人の空港警官に名指しで、確認される。

「なんですか。なんか用ですか?」

 すると他の進路を止めた警官たちも近づいてきて、ハンスを囲むように立つ。そして拳銃を抜き、ハンスに向けて空港警官が声を荒げていう。

「なにをとぼけている。エレナ誘拐で指名手配されている。一緒にきてもらおうか」

「・・・」

 後ろから来た警官が不意に摘まもうとしたので、それを嫌って逃れる反動で、ハンス、背中のバンドに挟んだ銃を出してしまう。

 動きが止まる警官たち。

「あ、」自分でも驚いてしまうが、もう出してしまったために、それを警官に向ける。

「動くなよ。動くな!」

とにかくエレナに、パスポートがダメになったことを伝えなきゃと思い、囲まれた状態から、ハンスは横に動き、包囲から脱ける。

「ハンス、やめろ。もう逃げられないぞ」

「近寄るな」

 横を通るとき警官の一人が、ハンスの銃の腕を掴む。とっさに振りほどくと、その反動で発砲してしまうハンス。

 空港に轟く銃声。

空港内にいる人間が悲鳴を上げて、座り込む。

みんなの注目を浴びるハンス。

「来るな。追ってくんじゃねえぞ」

四方八方に銃を向けて威嚇して、発着ゲートの方に、走り出す。

それを追う警官たち。

「エレナ~。エレナ〜」

 とにかくエレナに会わなきゃと思い、叫びながら走るハンス。


 掲示板の前に座るエレナも銃声を聞いた。

「なんだろう」と思って見回していると、そのあとハンスが自分を呼ぶ声が、響いて聞こえてくる。

「ハンス。ハンスが来たの?」

 エレナもハンスを探す。すると向こうのチケットカウンターを走っている集団に気がつく。

「ハンス、どうしたの?何があったの?」

エレナは走る。ハンスを迎えるためにそちらに走る。


 カウンターを抜けて、広くなったところに、ハンスが飛び出し来る。

すると四方八方からきた警官にハンスが囲まれてしまう。

「ハンス!私はここ。ここよ」

ハンスにもエレナの声が聞こえて、銃を構えハンスが叫ぶ。

「どけー前を開けろ」

「ハンス〜」

「エレナ」

ハンス、エレナの声のする方に走り出すと、逃亡と見なされ、構えている警官の一人が撃つ。弾が当たり、転がるハンス。

「ハンス!」

 エレナ、それを見て、走り近寄ろうとするが、野次馬が集まり、前を塞がれてしまう。

「通して。お願い通して。ハンス」

 前に阻まれて進めないエレナ

「ハンス〜」

 倒れてもハンスは起きあがる。

「エレナ〜」

立ち上がるハンス進む。

「逃亡です。指名手配ハンス、銃を所持。逃亡です」

 警官たちはハンスを撃つ。

転がるハンス。しかしなおも立ち上がるハンス。

それを警官たちは何度も撃つ。

何発も何発も撃たれて、スローモーションのように転がっていくハンス。

それでも立ち上がるハンス。

進めないエレナに銃声だけだけが聞こえる。

「ハンス。お願いハンスを助けて」

 エレナ、叫び続ける。

「お願い。ハンスを助けて」





おわり

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