ツンツン王女に婚約破棄を申し出たらデレデレ?になったんだが

上田一兆

ツンツン王女に婚約破棄を申し出たらデレデレ?になったんだが

「来てあげたわ! 感謝しなさい!」


 ……ああ、僕の婚約者は今日も絶好調だ。

 目の前にいる、赤い長髪にツンと吊り上がった赤い目をした、不機嫌そうに眉間に皺を寄せる15歳の女の子、エリーゼ・プランジネットはこの国の王女様だ。

 そしてアンジューカス公爵家の嫡男である僕、カールの婚約者だ。


「何よ! 嫌なの!?」


「いえ、そんなことは……」


「そのわりには嬉しくなさそうじゃない!」


「……今週は一度王宮でお茶会をしましたので、会うのは来週かと」


「私だって来たくて来てるんじゃないわよ! でも婚約者とは仲良くしてるとこを周りに見せないといけないのよ!」


「そ、そうですね。わざわざご足労頂きありがとうございます。どうぞこちらへ」


 手の平で中庭の方を指し示す。


「……エスコートしなさいよ」


「え?」


「男性がエスコートするのが常識でしょ!?」


「……すみませんでした。どうぞ」


 乗り気はしないが、これ以上怒られても嫌なので左腕を差し出す。


「最初からしなさいよ! あとこれ!」


 エリーゼ様は右手を僕の左腕に添えると共に、左手に持ったバスケットを僕に突きつけてきた。


「……こちらは?」


「今日のお茶のお供よ。王宮料理長のお手製なのよ! あんただって滅多に食べられない代物よ! 感謝しなさい!」


「ありがたいのですが、このような大切な物は僕じゃなくてそちらの侍女に持たせた方がいいと思うのですが」


「! う、うるさい! つべこべ言わずにあんたが持つのよ!」


「は、はい、すみません」


 僕は黙って彼女をエスコートすることにした。


 このやり取りを見ても分かるように僕はエリーゼ様に嫌われている。

 まあ、しょうがない。

 顔がいいわけじゃないし、腕力もなくて頼りない。

 公爵家の嫡男であること以外に取り柄がない男だ。

 おまけに――――


「きゃっ」


 エリーゼ様が躓く。

 僕は咄嗟に支えようと手を出す。

 しかし、その時、なぜか僕は足を滑らして転けてしまう。

 バスケットに入っていたパンが飛び散る。

 さらにエリーゼ様は転けた僕に躓いて、前のめりに盛大に転けて、顔面を強打する。


 僕はどんくさい。


「何であんたが転けるのよ! あんたが転けなかったら私も転ばなかったのに! パンも台無しじゃない! いつもいつも何でそんなにどんくさいのよ!」


 そう言われてもどうしようもない。

 僕だって転けたくて転けているわけではないのだから。

 でもなぜか転けてしまうのだ。

 こうなるのは分かっているのだから、エスコートなんてさせなければいいのだ。

 とはいえ、こんなこと言ったら火に油を注ぐだけなので大人しく謝るしかない。


「すみませんでした」


「ほんとダメね! あんたみたいなのと結婚してくれる人なんていないでしょうね! だから私に感謝しなさいよ! 結婚してあげるんだから!」


 エリーゼ様はスタスタと先に歩き出す。

 僕は黙って後に付いていく。


 確かに転けた自分が悪いのだけど……はぁ、これから先ずっとこんな風に怒られ続けるかと思うと憂鬱になる。


 だから席に着いてすぐに、僕は切り出した。


「エリーゼ様、僕との婚約を破棄してください」


「は? ……ど、どうしてよ! 私のこと嫌いなの!?」


「嫌いというより、苦手というか、エリーゼ様いつも怒ってますし、お互い別の人と結婚した方が幸せになれると思います」


「……で、でも婚約破棄は無理だわ! 家同士が決めたことだもの!」


「大丈夫ですよ。確かにアンジューカス公爵家は力を持っていますが代わりがないほどじゃありません。僕からも父に言っておきますので」


「……本当に婚約破棄するつもり?」


「はい」


「…………」


 黙ってしまった。

 何で乗り気じゃないのだろう。

 エリーゼ様も他の方と結婚する方がいいだろうに。

 そんなことを思っていると、エリーゼ様が呟いた。


「も、もう一度だけチャンスをちょうだいよ」


「はい?」


 小声すぎて聞き取れなかった。


「もう一度チャンスをちょうだいって言ったのよ! あなたが気に入るように振る舞うから!」


「え!?」


「だから教えなさいよ! どんな子がタイプなのよ!」


 突然何を言い出すのだろう。

 これではまるで僕と婚約破棄したくないみたいだ。


「……早く教えなさいよ」


 圧がすごい。


「じゃあ、えっと、好みというか、その、僕のことを好いてくれる人と結婚したいなあって思います」


「……他には?」


「他? えっと、その、怒ったりしない人がいいです」


「……見た目は?」


「見た目!? えっと、ツインテールとか……?」


「……分かったわ。また明日来るから」


 スタスタと歩きだすエリーゼ様。


「え!? 婚約破棄はどうするんですか!?」


「なしよ! なし!」


 エリーゼ様はそのまま帰っていった。

 何であんなことを聞いてきたんだ!?

 分からない。

 ……ま、考えても仕方ないか。

 エリーゼ様の考えなんていつも分からないんだし。

 でも明日怒られるのかなあ、やだなあ。


 そんなことを思いながら日は暮れていった。


 翌日。


「……こ、こんにちは、い、愛しのカール様」


 エリーゼ様はツインテールでやってきた。

 顔も真っ赤だ。

 でも眉間に皺が寄っていて、不機嫌な顔なのはいつも通りだ。


「な、なんで……?」


「なんでって!あんたがこういうのがいいって言ったッ……でございます。こ、好みの髪型にしたけれど気に入りませんでした?」


 演技と素が混じって変なことになっている。

 でも彼女の顔が赤いからか、僕まで赤くなってしまう。


 でも何でこんなことを!?

 そんなに婚約破棄をしたくないのか?

 なんで!?

 僕のこと好きなの!?

 いや、そんなはずない。

 いつも僕に怒ってたし、どうみたって嫌っていた。

 今もそれっぽいことを言っているけど、顔は不機嫌そうだし。


 でも、じゃあなんで婚約破棄したくないんだ!?


 …………そうか! 僕から別れを切り出されたのが嫌なんだな。

 プライド高いだろうし。

 あとは何でも言うこと聞く下僕を手放したくないって所か?


「エ、エスコート、してください、ません、か?」


 かわっ――――ッ違う!!

 待て待て待て。

 ちょっと裾を引っ張られて上目遣いされたからって、ちょろすぎるだろ僕!

 た、たしかにエリーゼ様は見た目はいいかもしれないけど、今だって不機嫌面している。

 たぶん演技してるだけで、腸は煮えくり返ってるはずだ

 きっと今だけご機嫌を取っといて、僕が婚約破棄を取り消したら、また今まで通り雑に扱ってくるはずだ。

 いや、報復でもっとひどい扱いをしてくるに違いない。

 きっとそうだ。

 だからもう引き返せない。

 僕は断固たる意志で婚約破棄を達成するしかない。


 そんなことを考えながらエリーゼ様をエスコートしていると、僕は躓いてしまった。


「ギャアッ」


 僕に巻き込まれてエリーゼ様まで転けてしまった。


「なんで何もない所で転けるのよ!」


「すみません」


「ま、まあ、いいわ! わわ私は、カール様の、そ、そういうどんくさい所も素敵だと、お、思っていますから!」


 はい嘘ーー! どんくさいのがいいと思う人なんているわけないーー!


 ……自分で言っていて悲しくなってきた。


 でもこれではっきりした。

 エリーゼ様は絶対に僕のことを好きじゃない。

 今は演技しているだけだ。

 その仮面を暴いて、絶対に婚約破棄してやる!

 僕は決意した。


「きょ、今日もカールは、か、かっこいいわね」


 席に着くとエリーゼ様がそんなことを言ってきた。

 ……なかなか演技がうまいじゃないか。

 思わずこっちまで赤くなってしまう。


 でも騙されないぞ。

 仮面を剥いでやるんだ。


「今日はいつもと随分違うんですね」


「だからそれはッ……!」


「僕が言ったからですよね。でもなんでそんなに婚約破棄したくないんですか? まるで僕のこと好きみたいですね?」


「はあ!? い、いきなり何言い出すのかしら!?」


 プライドの高いエリーゼ様だ。

 嘘でも僕を好きだなんて言えないだろう。

 さあ、正直に僕のことを嫌いと言いたまえ!


「そそ、そうよ! すす、す、好きよ! あなたのことが! 悪い!?」


 エリーゼ様は早口で捲し立てた。

 ……まあ、これくらい言えるか。

 会った時愛しのカール様とか言ってたし。

 じゃあ次だ。


「エリーゼ様が僕のことを好きだなんて信じられませんね。いつも冷たかったじゃないですか」


「そ、それは……」


「なので僕にキスしてくれませんか?」


「は!? な、何を言ってるの!?」


「好きならできると思いますけどね」


「若い二人がキ、キ、キスをするなんて、はは、破廉恥よ!」


「そうでしょうか? 僕たちは婚約しているんですから何もおかしくないと思いますけどね」


「…………」


 エリーゼ様は黙ってしまう。

 そりゃそうだ。

 こんな好きでもない木偶の坊にキスするなんてプライドが許さないだろう。

 だが、ここで手加減する僕じゃない!


「できないってことは僕のこと好きじゃないってことですね。婚約破棄の手続きを進めましょう」


 僕は立ち上がり、エリーゼ様に帰るよう促す。


「まま、待ちなさいよ! やればいいんでしょ! やれば!」


 エリーゼ様も立ち上がり、僕の正面に立つ。

 そして顔を近付けてくる。

 ハッタリだ。

 ほら見ろ、途中で止まった。

 好きでもない男とキスするなんてできるわけな――――


「え!!?」


 僕は飛び退く。

 エリーゼ様は顔を真っ赤にしながら僕を睨んでいる。


 嘘……だろ……!?

 本当にキスしてくるなんて……!

 ……本当に僕のことが好きだったのか……!

 ……じゃあ無理矢理キスさせた僕、最低じゃん!


「これで信じてくれた!? というか責任とってよね!」


 素直に謝ろう。


「すみませんでした!」


「はあ!? 責任取らないつもり!? ……そんなに私のこと嫌なの……?」


「え!? 違います! 違います!」


 エリーゼ様が目を潤ませながら見つめてくるから、慌てて否定する。


「今のは、その、エリーゼ様の気持ちを試すようなことをしてしまったことに対してです!」


「……じゃ、じゃあ、これからも私と一緒にいてくれるってこと?」


「はい、これからは僕もあなたのことを愛していきます」


「――――ッ!!! い、いきなり何言ってんのよ!! そんなのッ…………う、嬉しいじゃない! 冗談じゃないでしょうね!」


「はい。僕はどんくさくてこれからも迷惑をかけてしまうかもしれません。それでもエリーゼ様が傍にいていいとおっしゃってくださるなら、共に歩んでいきたいと思います」


「い、いいに決まってるじゃない! わ、私はあなたのことが好きなんだから!」


「ありがとうございます。お詫び……にはならないかもしれませんが、庭をエスコートさせてくださいませんか?」


「い、いいわよ! ありがとう!」


 エリーゼ様をエスコートする。

 そして転けた。


「……すみません」


「い、いいのよ! さっきも言ったけど、どんくさいあなたも、か、かわいいと思ってたから!」


「……ありがとうございます」


 ……とはいえ、これからはこけないようになろう。

 僕は顔を赤らめながら、そんなことを思った。


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