最終話 春の祝福


 木持さんを見送り、家に戻ると。

 リビングからふと、両親の声が聞こえて来た。


「……いい人そうなんだけどねぇ。

 何より、オタクってのが気になるねぇ。

 夫婦二人ともオタクになっちゃって、どうするのかしら」


 困ったような母の声がする。

 それに対し、やや呑気な父の声。


「俺たちの世代にゃ、あのオタク文化とかいうのはよく分からんからなぁ。

 それでも、心が幸せなら――」


 何だかんだ言って、両親もずっと、私が心配で見守ってくれている。

 あまりにもお互いの『好き』が理解出来なさ過ぎて、すれ違ってしまっただけ。

 多分それも――これから少しずつ、変わっていくのだろう。



 そんな両親の呟きを中断するように、弟の声が響いた。

 ――それは、私が想像もしていなかった、弟の静かな言葉。



「いいんじゃねぇか?

 姉ちゃんは、好きなものは好きって言えるところに、行った方がいいんだって」



 いつも通り、お酒を飲みながらスマホゲームでもやっているのか、ぶっきらぼうに吐き捨てる弟。

 でも――その声色は、いつもより大分優しく感じた。

 あんたが言うかと、ツッコミたくもなったけど。




 **




 そして数日後。

 私は木持さんから、正式にプロポーズを受けた。

 勿論、私はその場で、OKと即答。

 それからは、両家の顔合わせやら入籍の段取りやら結婚式やらで、めまぐるしく時間は飛んでいき――





 **



 さらに数年後。

 あの春と同じように、桜が芽吹き始めたあたたかな日。

 木持 心きもち こころとなった私は、PC画面と睨めっこしながら、頭を悩ませていた。

 そこに帰ってくる夫。


「どーしたの? また何か悩んでるー?」


 夫――ひらく(通称もっちー)は悩み続ける私を、そっと背後から抱きしめる。

 その手を握り返しながら、答える私。


「うーん。このブルーレイ、豪華版と通常版どっち買うかをちょっとね……」

「豪華版を買おう♪」

「いや、そう簡単に決めちゃ駄目。高いし!」

「いいんだよ? 特典CD欲しそうな顔してる♪」

「う、うぅ……

 確かにこの3巻、推し表紙だからこれだけでも豪華版で欲しいんだよね」

「いいんだよ♪ 買うよー♪

 あと、ココちゃんの推しのフィギュア、この前出たばっかりだよね。

 土日にアキバに買いに行こう!」

「もっちー、自分がドライブしたいからって……」

「へへ、バレた?

 ついでに服と化粧品を買ってもいいんだよ?」

「もう! 今は間に合ってるからいいってば。

 あと、フィギュアも今はいいから。こないだゲーム買ったばかりじゃん、節約節約!」

「僕からプレゼントしてもいいんだよ?」

「う……もう、もっちーってば!」

「ふふ、顔が赤いよ。やっぱり好きなんだねぇ。

 そんなココちゃんが僕は好き♪」


 そんなバカップルな会話を、家で延々と続ける私たち夫婦。


「うぅ~……

 ……

 うん。私も――」



 私も好きだよ、もっちー。

 そう言おうとした瞬間、電話が鳴った。

 慌てて取ってみると、母からだった。



「あ、お母さん、久しぶり。元気だった?

 ん……え? 来週の土曜、映画に一緒に行きたい? へ、アニメ映画!?

『天気の名は』? あぁ、今大ヒット中の……

 色々知りたいから解説をお願い? あぁ、そう、ふぅ~ん?」


 私は思わず、電話を続けながらもっちーに視線を送った。

 苦笑しながら、首を縦に振るもっちー。

 私もそれに答えるように、返事をした。


「うん、いいよ。

 最近なんだかんだで、一緒に食事もしてなかったしね!」


 私を見ながら微笑むもっちー。

 どうやら、彼と一緒になったことで――

 凍りついていた私たちの親子関係も、少しずつ、溶けてきたみたいだ。



 Fin

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「好き」だとはっきり叫びたいのに何も言えなかった私に、訪れた春 kayako @kayako001

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