第4話 カツ丼フェステェボー
外へ出ると、人の出はまだまだ多かった。
今日は櫛田さんと一緒だから、櫛田さんの車で送ってもらえる。
櫛田さんは中古のボロい三菱ラムダを『ラムー』と名付け大切に乗っていた。
可愛い奴だ。
駐車場へ向かう途中マスターが言った。
「今日はまあ、客も入ったしお前ら頑張ったみたいだから、なんか食っていくか」
ん?このシュツエーション、イヤな予感。
腹が減っていたので断る理由はない。でも、この前のラーメン地獄が頭をかすめる。
素直に行きますと言えない。でも俺たちに拒否権などないのだが。
「今夜は蕎麦にしようか」
「蕎麦?いいわね」
つうか、今日も行くの、綾子さん?
「さすがに蕎麦なら大丈夫だろ?」
櫛田さんが小声で俺に言った。
「そうですかねえ?この前はラーメンでやられましたし、同じ麺類ですよ?ごっつい天ぷら大盛りなんってのもありますよ?」
「いや、大丈夫。マスターはケチだから天ぷらなんて頼まないよ。それに、綾子さんやマスターがそば残しても二人で食べれば平気だべ」
「そうか、そうですよね」
俺と、櫛田さんは警戒しながら小声で話した。
「おい、何ブツブツ言ってんだ?行くぞ!」
俺はすっかり安心した。確かにマスターはケチだ。
天ぷらそば大盛りなんて注文するはずがない。
でもこの時、知らなかったのだが、世の中には必要経費というものがあったのだ。
領収証があればマスターの懐は痛くも痒くもなかったのだ。
俺らの飯が必要経費かどうかはわからんが。
こんな時間に空いている蕎麦屋なんてあるのだろうかと思ったが、二人は迷うことなく一軒の蕎麦屋へ向かった。行き慣れている。
「いらっしゃい」
「どうも。空いてます?」
「奥どうぞ」
店内には四組ほどのサラリーマン集団が、ビールやら酒を飲んで楽しんでいた。
給料日後の週末とはいえ、こんな時間まで元気いいよなあ。この人たちが日本の経済を北国から支えているのだなあと思うとなんだか胸が熱くなった、ってそんなわけない。
俺、こんな風にはなりたくないもの。
座敷に上がるとすぐに、店員がお茶とおしぼりを持ってきた。
「お決まりになりましたらお呼びください」
すかさず櫛田さんがお品書きを開いた。
俺も横から覗いた。
腹は減ってはいるが減りすぎてそんなに食べられそうにないなあ。
月見そばあたりでいいかもな。
「あっ、ちょっと待って」
戻りかけた店員をマスターは呼び戻した。
「お決まりですか?」
いやいやまだ決まってないっすよ、俺。ちょっと待ってって。
「俺ね、かけ蕎麦。綾子ちゃんは?」
「私も同じでいいや」
すかさず櫛田さんが、
「ちょっと待ってください。え〜と俺ねえ・・・・」
その時、マスターの声が重なった。
「あと、かつ重大盛り。二つね。お願いします」
ん?あれれ?俺たちまだ決めてませんよ。
つうか、決まってるの?
かつ重?
大盛り?
何それ?
ここは蕎麦屋だぜ、カツって?普通蕎麦じゃないの?
俺と櫛田さんは目を合わせた。
櫛田さんはポカンとしていた。なかなかのボケ面だ。
多分、この時の俺の顔もボケ面だったんだろうな、櫛田さんよりはちょっとだけチャーミングな。
「すんません、それって俺たちが食べるんすか?」
「当たり前だべ。他に誰が食うんだ」
「かつ重ってなんなんですか?」
「しかも大盛りって」
「うまいぞ、ここのかつ重」
いやいやそんなこと聞いてないし。
『かつ重大盛り』、なんだか食べる前からぐったり胃袋にのしかかってくるそのネーミング。空恐ろしい。イヤな予感がする。し過ぎるほどする。
マスターは相も変わらず綾子さんとクッチャべっていた。
俺と櫛田さんは茶を飲みながらタバコを吸うしかなかった。
選択権なしかよ、今夜も。
かけ蕎麦がまず現れた。
「かつ重はもうお少しお待ちください」
「別に待ってません・・・・」
俺は小声で言った。
二人は蕎麦をすすり出した。
なんだか、新たなイヤな予感。
すると程なく綾子さんが言った。
「もういらな〜い」
きたよ!やっぱり。
俺はとりあえず死んだふりをした。
「おい、お前ら食え」
マスターが俺たちの前に綾子さんが三分の一も食べていない蕎麦のどんぶりを置いた。
予感的中!このクソ女め、最初から食わなきゃいいだろう、それなら。
バチが当たるぞ、きっと。つうか、バチあたれ!
まず櫛田さんが口をつけた。二口ほどすすると俺の前にどんぶりを置いた。
「おい、寝てんじゃねえよ」
そう言って櫛田さんは俺の頭をひっぱたいた。
「い、いた〜、なにすんっすか?」
「寝たふりしてんじゃねえよ」
「寝たふりって・・・、死んだふりです」
「どっちでもいいよ、これ食え」
「へっ、なんですかあ?」
「あとはお前の」
「何言っちゃってんすか、一緒に食べましょうよ、約束したでしょ!」
「いいから食え」
「え〜、マジっすかあ・・・・」
結局こうなっちゃうのかよ。
俺は渋々蕎麦をすすった。
これだけなら全くもって問題なんてないんだけどな。
これからくる謎の存在が大きく俺の胃にのしかかってくる。
「お待ちどうさん」
俺たちの目の前に恐ろしいものが置かれた。
それは確かにカツ重だった。しかし俺の知っているカツ重とは様子が少しどころかかなり違う。
そいつは寿司桶の上にカツの卵とじがドカンとのっていた。
しかもはみ出して落ちそう。
多分この桶、寿司屋なら一.五〜二人前用だぞ。
直径は約二十センチ、高さ約十センチ。
この桶の上に卵とじということは、この下にお米?
この桶いっぱいのライス?
まさかあ。
ぐわ〜、見ているだけでお腹いっぱい。
カツ重フェステボー!どうする、俺?
櫛田さんを見た。彼もおんなじことを考えているようだった。ため息をついている。
マスターがニヤニヤしながら言った。
「うまそうだなあ、早く食えよ」
「じゃあ、あんたにやるよ!」
というセリフを飲み込んで、箸を割り戦闘態勢を整えた。まず、カツの下を確認だ。
まあ、寿司桶なんてしょせん上げ底だろうと箸をご飯に刺してみた。
しかし、恐ろしいことに箸はかなりの深さまで刺さった。
やばいぞ、この量。半端ない。
「櫛田さん、これやばいっすよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
固まっている。
「ほら、ブツブツ言ってねえで早く食え。朝になるぞ」
マジで、朝になるかも。
カツ自体もデカイ。三切れも食べれば十分そうよ、これ。俺は一切れ口にしてそう確信した。
俺は店員さんを呼んで取り皿をお願いした。
「おい、それはお前一人で食うんだからな」
「わかってますよ、残念ながら。このままじゃうまく食べられないんで」
「そうか。全部食えよ」
俺は心の中で、にやけヅラのマスターの顎にブーメランフックをかました。
心の中のマスターは、入り口のドアを突き破り外へ飛んでいった。
ざまあみやがれってんだ!
・・・・虚しい。
カツを受け皿に移した。
その結果、現れたご飯を見てクラっとした。
ん〜、コメ多し。いと多し。あってる?この古文法。
萎えてくる気持ちを奮い立たせて、カツとご飯を交互に口へ運んだ。
三分の一ほど減らした頃にはMK5だった。
マジで食えない五秒前。広末涼子かよ!って、この頃まだ広末はいなかったか?意味わからん。
ぐわ〜、どうする俺?どうなる、俺? 次週、『死ぬのはお前だ!』、乞うご期待。
って終わればいいけど終わるはずないよなあ。
隣をみると櫛田さんも苦戦していた。へっ、ざまあないな。
さっき俺を売った罰だぜ!
つうか、俺はなんかしたか!バチが当たること?すげえ、理不尽。
「おい、何ブツブツいってんだ、朝になるぞ、早く食え」
「ゲップ、へい、ゲッ」。
再び俺は心の中でブーメランフックを放った。
マスターは安普請の蕎麦屋の天井を突き破り飛んでいった。ざまあみゃがれ!・・・・・・虚しい。
半分まで減った。しかし、俺のチャーミングなお腹はパツパツだった。
腹を裂かれ石をつまれた狼の如く。
腹が減っていた頃が懐かしい。
汗がどんどん流れてくる。これって冷や汗?
さてと、これ全部食べられるのだろうか・・・・?
目の前のマスターがニヤニヤしていた。
その横の綾子さんは肩肘をついてつまらなさそうにタバコを吸っていた。
地獄に落ちろ、お前ら!かつ重大盛り地獄へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます