2014.9.20

2014.9.20 - 体育祭①

 毎年恒例の猛暑が落ち着いてきた頃、僕らは二度目の体育祭を迎えようとしていた。あれから一年の時が経ったが、少女との関係に進展はない。松本と伊藤はクラスが離れ離れになってしまったし、サッカー部でも熾烈なレギュラー争いの影響で同級生たちの関係がぎくしゃくしていた。正直なところ、中学二年生はあまり楽しいものとは思えなかった。

 「……誰もいない」

 一瞬、無人の教室に迷い込んだかと思ったが、机の中に突っ伏している男子生徒がいる。あっ、賀喜だ。賀喜来人かき らいと

 鬱屈とした日々だったが、何人か友達が出来た。最初は壁を作っていたが、新しいクラスは少なくとも嫌いではなかった。

 賀喜もそんなクラスで出逢った友人だ。賀喜の何が面白いって、圧倒的な集中力を源に作り出されるアイデアの数々だろう。こういう子がいると、文化祭が楽しくなる。明るい性格でどんな困難にも挫けないし、ムードメーカーの才能もある。しかも、運動能力も高い。

 僕は“ひとり”の教室が居た堪れなくなって、賀喜に声をかけた。

 「おーい、賀喜。起きてくれよ」

 賀喜はイビキで返事をする。「こいつ、寝てないな……」と心の中で思いつつも、何度も声をかけた。

 果たして、何度目だろうか。数えきれないほど声をかけた後、ようやく賀喜は目を覚ましてくれた。エナジードリンクでも買ってきてやろうかと思ったが、きっと将棋かイラストにでも夢中になっていたのだろう。あまり気をかけてやる必要はないように思える。

 「お、おはよう……」「賀喜、僕は君が起きるのを待っていたのだよ?」

 賀喜に怒りを伝えようという時、普通に話しては伝わらない。若干、トーンを抑えて、まるで特撮映画に登場する博士のような口調で、丁寧に語りかけなければならない。間違えても強く話してしまうと、理詰めの数学教師でも耐えきれないほどの反論がやって来るだろう。

 僕は賀喜のトリセツを忠実に守り、ひとつずつ事実を並べていった。

 「ごめんよ。僕が悪かった。昨日、円周率の計算に夢中になってしまってね」

 「それで徹夜したと……」「うん」

 そっけない答えに、叱責する気すら起きなかった。彼は県内でも五番目の進学校に進みたがっているが、どんな場面でも目の前の出来事に夢中になる習性さえなくなれば、灘高校にだって通えるだろう。センター試験だって、少なくとも数学は満点が取れるはずだ。僕が思うに、彼が満点を取れない理由は一つしかなくて、それは計算や証明の最中にでも、偶発的に発生した現象の原因を考えることだけに集中してしまい、チャイムが鳴るまで問題が全く手に付かない状態に陥ることがしょっちゅうあるからだ。

 「あと、まだあるんだ。鉛筆の削り方を研究していたのと、歩き方の姿勢が数ミリ前のめりだったから、それを修正してた」

 「それで、どうなったの?」「途中で気が変わったから、何もかもわかんない」

 「そっか……」

 彼の話をずっと聞いていると、すでにクラスメイトが着替えを終えていた。彼の話には不思議な包容力があって、こちらも時間を忘れてしまうことがある。筒井と遠藤に背中を叩かれ、ふと我に返った。

 いけない、体操服に着替えなきゃ。僕は賀喜を叩き起こし、慌てて支度をした。

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