2013.11.8 - 帰り道④

 僕が少女を見つけた時、心が「ぴゅんっ」と飛び跳ねた。それと同時に、胸にどうしようもない揺らめきも覚えた。横顔だが、確かにあの日の少女だ。間違いない。僕はときめきを心に秘めながらも、なんとか平静を保って仲間に話しかけた。

 「なあ、伊藤。あの子だよ。間違いない!」

 「んっ?」「あの後ろ姿は間違いない。僕がずっと探していた子だ」

 松本は相変わらず黙り込んだままだが、僕の浮ついた姿に驚いているのは確かだった。だが、僕が何もしようとしない様子に気付くと、突然すっくと立ち上がる。

 「行けよ」「どうすればいいの?」

 「あの子が本当にそうなのか、確かめに行けよ」

 僕は一瞬躊躇したが、ここで何もしないと後悔しそうな気がした。仲間に「これ、頼むな」と財布からお代を素早く取り出し、喫茶店から駆け出した。すでにかなり時間が経っており、後ろ姿すらも見えなくなっていたが、この道で人々が向かうかもしれない場所は大体わかる。交差点を左に行くか、右に行くか。それとも、まっすぐか。まっすぐ進むと、駅へと向かってしまう。そして、右に行くと学校へ帰ってしまう。きっと、ここはかなりの確率で左だ。

 走りながら「本当に見つけられるのかな?」と不安に駆られる。

 ふと我に返ると、恥ずかしくなってしまうほど、僕は本能に正直すぎると思う。しかし、もう衝動だけだ。あの日の記憶が幻だったのか、それとも今も続く現実なのか、明日を求める闘争である。

 両腕を忙しく動かし、明らかに非効率的な足の動かし方をした後に、僕は少女の後ろ姿を見つけた。髪は少し短くなっていたが、入学式で邂逅した少女が目の前にいる。


 「桃音。髪にバッタがついてるよ?」

 「んっ?」と、桃音という少女が長い黒髪を振り乱す。桃音の頭にはバッタなんか付いてなかった。

 「あ、嘘ついたなー!」と桃音が少女を追い回す。

 「遥香。桃、怒るよ!」「追いつけるものなら追いついてみ!」

 二人の他愛ないやり取りが、やけに耳に残る。ただの他人なら、何も思わないだろう。今日出逢ったばかりの顔見知りなら、ただ素通りしただろう。

 もはや完全にストーカーだが、なんとかして少女の正体を確かめたかった。君の正体が知りたかった。

 僕は平静を装いつつ、少女の数メートル後まで来た。呼吸を整え、少女側を追い越していく。その時、少女が一瞬こちらを見た気がした。意気地なしの僕は「まずい」と早歩きになった。

 少女が何かを言いかけていたが、僕には声をかける勇気もなかった。

 この時、確信した。ずっと追いかけてきた幻想は、確かな実像だったと。僕は正体不明のざわめきに、軽いパニック状態だった。今は、とにかく仲間に結果を報告してみようと思う。

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