2013.11.8 - 帰り道③

 「お客様、お待たせいたしました。ブラックコーヒー、クリームソーダ、ウィンナー・コーヒーでございます」

 注文から十分後、ウエイトレスが商品を持ってきてくれた。僕は透明な緑色が目を惹くクリームソーダを見つめながら、ストローの殻を開けようと頑張っていた。

 「おい、明日夢。何してんだよ」「あ、ありがと」

 見かねた松本が、サッと殻を開けてくれる。松本は調子乗りだが優しいところもあるから、意外とモテるのだ。まあ、本人は全く気付いてないし、次に「ウィンナー・コーヒーなのにソーセージが入ってないんだな」とか言ってしまう時点で台無しだけど。

 「めっちゃ美味しい」「うまっ」

 「今まで食べたクリソの中で一番美味しいかもしれない。クリームの海に溺れそうだ……」

 僕たちは次々と飲み物を口の中に運んでいく。あまりの美味しさに、ほとんど会話も交わさなかった。これは、予想よりも繁盛するかもしれない。『中学生たちの憩いの場』としては混まれるのは困るが、こういうお店があるのは嬉しいものだ。


 ……あっという間に、食べきってしまった。

 「ごちそうさま」「美味しかったね」

 「美味かった。……それで、明日夢。そろそろ本題に入ろうぜ」

 こういう時に話を切り出すのは、だいたい松本だ。僕は「せっかく余韻に浸ってんのに……」と思いつつも、本題に入っていく。

 「好きな人、いるんだ。話もしたことないし、名前も知らないけど」

 おそらく、この時の二人の「ポカーン」とした表情を、僕は一生忘れないだろう。


 「それってさ、幻かもしれないよね」「おい、幹久。明日夢がこんな真面目な顔で言ってるのに、それはないだろ?」

 ここで伊藤がフォローしてくれたことは、本当にありがたかった。でないと、また松本に茶化されそうな気がして。

 「中学校の入学式の日のことなんだよね。彼女に初めて逢ったのは……」

 僕は彼女との出逢いを二人に懇切丁寧に説明した。松本はそれでも浮ついた表情だったが、僕はまったく気にかけなかった。わからないんだったら仕方がない。いつか、理解してくれるはず。

 話し終えた時、しばらくの沈黙の後に、伊藤が口を開いた。

 「それって、相手は憶えているのかな?」

 確かに、そうだよね。忘れてるかもしれない。だって、名前も連絡先も交換していないのだから。

 「わかんない。でもさ、確かに目も合わせたし、顔もしっかり憶えてるんだよ?」

 僕の言葉に、松本は完全に頭を抱えてしまった。だが、伊藤は「わかってる」といった様子で頷いている。数秒後、再び伊藤は口を開いた。

 「それなら、きっと大丈夫。今は忘れてるだけ」「ありがと」

 三人はすっかり温くなってしまった水を口に運んだ。青すぎる恋バナには、この温い水がぴったりに思えた。

 そんな夕映えのひと時、窓の外に映る一人の少女に目が留まった。

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