2013.11.8 - 帰り道②
喫茶『アゲイン』。スタバもコメダもない星海街は長らく『喫茶 ボヘミアン・ラプソディ』が唯一のカフェと呼べる場所だったが、久々の新顔として数週間前に開店した。学生でも楽しみやすい価格で、コーヒーはもちろん、クリームソーダやウィンナー・コーヒーといったこだわりのメニューが楽しめるとして話題だ。クラスでも、イケてる女子たちが度々話題にしていた。
「ここが、アゲインか……」「なんか大人って感じだね」
初めての雰囲気に若干緊張気味の松本に対して、伊藤はきわめて落ち着いた様子で周りを見渡していた。僕もこのような場所は初めてだったので、ちょっと張り詰めた気持ちである。
開き戸を開けて、カフェへと入っていく。わっ、確かにお洒落だ。野暮な例えかもしれないが、北欧系って感じがする。ボヘミアン・ラプソディが純喫茶だとしたら、こちらはカフェだ。しかも、十代向けの。
入店から数秒も経たぬうちに、ウエイトレスが「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。真面目な伊藤は会釈をする。僕らが言葉に詰まっていると、「三名でよろしかったですね?」と尋ねてきた。
「……」「三名でよろしかったです」
さすがの伊藤も若干緊張気味だ。たまに大人と子供で聞かれることもあるが、この時は少し困る。僕たちは法律上は子供だが、おこさまランチを食べる年齢ではない。だからといって、大人というのも憚られる。こういう時、伊藤ならどう答えるんだろう?
「あの、お煙草はお吸いになりませんよね?」
僕がしばらくこんなことを考えていると、ウエイトレスが少し困った顔でこちらに聞いてくる。
「あ、吸わないです」「かしこまりました。では、こちらの席にお座りください」
どうやら、三人とも何かに夢中で、ウエイトレスの言葉に気付かなかったらしい。席に着いた後、ウエイトレスは水とメニューを置いて、店裏へ消えていった。
「なあ、明日夢。随分と格式高い店を選んじまったんじゃねえか?」
松本はかなり緊張した面持ちで僕に話しかけてくる。伊藤は苦笑いを浮かべていた。
「いやいや、クイーンよりは良いでしょ」「そりゃそうだけど、やっぱりベンチの方がいいぜ」
僕はすっかり慣れてしまったのだけど、松本には少し重すぎたのだろうか?
「でもよ、松本少年」「伊藤よ、どうした?」
「こういうのも、嫌いじゃないでしょ。めっちゃ緊張してるくせに、目だけはニヤニヤしてんだから」
「それは言わないでくれよ」
これで落ち着きを取り戻すのだから、松本はよくわからない男だ。面白いのは間違いないが、なんか変わってる。
入店までは散々苦労したが、注文を決めるのにはそこまで時間はかからなかった。僕はクリームソーダ、松本はウィンナー・コーヒー、伊藤はブラックコーヒーを注文し、商品の到着を待つ。パンケーキも頼もうかと思ったが、中学生のお小遣いで気軽に使える金額を越えてしまうので、今回はあきらめた。
「なあ、伊藤。お前、ブラックコーヒーなんか飲めたっけ?」「飲めるよ」
松本が伊藤を困らせている。あいつ、いつも伊藤がブラックしか飲まないのを知ってるくせに、なんかの当てつけで話しかけてるんじゃないか。そんな気すらしてしまう。
「まあ、その辺にしとけよ」「おうっ」
僕が宥めると平静を取り戻すのだが、はっきりしない。
でも、中学生男子の放課後など、意味のある会話をしている方が珍しいだろう。三人はいつもと変わらない調子で、初めてのカフェを満喫していた。
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