2013.11.8

2013.11.8 - 帰り道①

 僕が「サッカーに打ち込む」と決めてから半年が経った頃、中学校では文化祭準備の真っ只中だった。

 まだ部活では補欠にすらなれない新入部員の域を出なかったが、何人か友達も出来た。ムードメーカーの松本幹久くんと、真面目な伊藤芳雄くんはいつも一緒にいるといっても過言ではないくらい仲良くなっていた。この日もいつもと変わらぬメンバーで、文化祭前の束の間の部活禁止区間を満喫しようと、一目散に帰宅の途に着こうとしているところだった。

 「明日夢、今日の大田はどうだった?」「噴火しなかった」

 大田とは、熱血漢で有名な国語教諭である。目をつけられると非常に面倒なため、生徒たちから恐れられていた。

 「そっか。上手くやったんだね」「課題を忘れてきた奴がいて、一瞬やばい空気になったんだけどね。なんとか堪えたみたい」

 僕たちの会話の半分以上は学校のことだ。残りの四分の一が恋愛の話で、残りはなんでもない話。あまり面白い会話ではないが、とりあえず続けていることが大事。このような中身のない会話を遠慮なく出来るのって、青春時代の特権だよね。

 だが、ある時、松本が恋愛の話題を振った瞬間に、場の空気が少し浮ついたものになった。

 「お前らさ、恋はどうなんだい?」「まっつん、いきなりどうしたんだよー?」

 伊藤は怪訝そうな目で松本を見ていた。確かに、あまりにも脈絡が無さすぎる。僕も、松本をぽかーんとした表情で見つめていた。

 「恋・バ・ナ。お前ら、興味ないの?」

 ……えっ、まさか“恋バナ”なんて単語が松本から出てくるなんて。松本は典型的なサッカー少年で、恋愛なんて眼中にないと思っていた。

 「そりゃ、無いって言ったら嘘になるよ」

 生真面目な伊藤は、松本の問いに真面目に答える。僕は「何もちゃんと答える必要なんてないじゃんか」と思いつつも、伊藤の話を聞いていた。おーい、そろそろ分岐路に着いてしまうぞ。

 「隣のクラスに、藤下っているじゃん」「藤下?」

 藤下とは、B組の隠れた人気者だ。本人はさばさばしていて目立たないようにしているつもりだが、あの顔の小ささと美貌は誰だって意識してしまう。クラスに一人はそのような子がいるが、藤下は別格である。

 「お前、あいつのこと好きなのか?」

 松本の詰問に、伊藤が言葉を詰まらせている。数十秒の沈黙の後、僕たちは分岐路に着いてしまった。

 「誰にだって、好きな人の一人や二人はいるよな」

 “発起人”が強引に話を纏めようとしたが、僕は終わらせる気にならなかった。それを察したのか、伊藤が話をする。

 「さっきから俺ばっか話してる気がするけど、明日夢は恋してるのか?」「僕?」

 僕も、伊藤と同じように何も返せなかった。だが、話したい。とにかく、今こいつらと話したい。そんな衝動に駆られた僕は、二人をある場所に誘った。

 「この前、出来たばかりのカフェに行ってみないか?」

 最初、二人は「きっとゴネるだろうな」と思っていた。しかし、この日の二人はなぜか素直だった。

 「いいよ」「明日夢が誘うなんて珍しいし」

 僕たちはいつもの分岐路で別れず、一つの方向に向かった。

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