2013.4.11 - 入学式③

 その女性教師はのっそりと入ってきた。いかにも厳格そうで、誰も引き寄せない貫禄があった。

 「みなさん、着席してください」

 それほど大きな声ではなかったが、ずっしりと響く低音がよく通る声だった。僕はすでに着席していたが、思わず背筋を伸ばすほどだった。今まで騒がしくしていた生徒たちが一斉に着席していく。女性教師はタオルで汗を拭った後、ゆっくりと話し始めた。

 「おはようございます。このクラスでみなさんを担当する竹本と言います。専門は数学です。時に優しく、時に厳しく、みなさんが誠実に中学生活を送れるように導いてまいりますので、よろしくお願いします」

 挨拶はそれだけだった。あとは、粛々と連絡事項を告げていくのみ。入学考査のことと、身体測定の日程と、これからの予定をまとめた学年通信を配ることと。とにかく職務に忠実な人で、余計な冗談や理不尽な叱責は何もしなかった。僕は竹本先生を見て、「この人はきっと出来る人だ」と感じた。

 「以上です。明日から風紀チェックも入りますから、しっかりとした身なりで学校生活に臨むように。新入生だからといって、基準を緩めることはありませんのでそのつもりで」

 教師の声に生徒たちがお互いを見渡していたが、竹本先生はまったく意に介さない様子だった。ルール第一、職務優先主義。当然といえば当然だが、言葉以上の凄みを感じた。

 「では、本日はここまで。気をつけて帰ってください。さようなら」

 「……さようなら」

 彼女が教室を去った後、生徒たちは一斉にため息をついた。こんな光景は小学五年の時に教師が教室を出ていって以来だ。僕はその時に「生徒に謝らせる目的で教室を去る教師は最低だ」と感じた。

 「じゃあ、帰りますか」「もう帰っていいんだよね?」

 お調子者の生徒たちが声を上げ、グループごとに生徒は帰り始めた。僕はもちろん一人だ。結局、ここに入ってきてからは一言も言葉を発することが出来なかった。

 帰り道、新入生たちの波。旧友と親しくする人、すでに新しいクラスメイトと親交を深める人、地域の不良が早速顔を出し始める人、さまざまな人間が行ったり来たりして、思わず人の波に酔いそうになった。そこに安らぎなどなく、まるで移動型の満員電車のごとく、ひたすらに靴箱を目指す人の群れに溶け込むしかなかった。途中で「早くしろよ」と男子生徒に急かされたが、顔も知らない男の言うことを易々と聞く必要はない。下を向いたまま、粛々と靴箱へ向かう。

 靴箱に着くと、出席番号順に靴を入れるように担当の教師から指示を受ける。僕は開き戸付きの靴箱を「面倒くさいな……」と思いつつ、言われた通りにした。

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