2013.4.11 - 入学式②

 学校に着くと教師が僕を大急ぎで席に案内してくれた。両親も「親御さんは二階席へお願いします」という案内に従い、階段へ吸い込まれていった。

 僕は促されるがままに着席したが、他の新入生たちも何人か遅刻しているようでぽつぽつと空席があった。「よかった」と一息ついたのも束の間、教頭の「校歌斉唱」の声とともに起立を促された。

 「星海山から 瀬戸内海を望む 若人のエネルギー いざ行かん……」

 この校歌は少し特殊で、男性は同じ旋律を歌うが女性は二部に分かれている。歌詞カードを見ると、僕でも名前を知っているような有名音楽家の名前が綴られていた。僕はただ突っ立っているだけだったが、端正に揃う生徒たちの声がこれからの厄介ごとを予感するようだった。

 「全校生、着席」

 周囲の生徒たちと同じように、気だるい空気を全身で撒き散らしながら着席する。これも小学校の時と一緒だな。だが、唯一異なる点は、その空気を醸し出しているのは新入生だけだということ。「しっかりしなさい」「寝るな」とに見回りに来る教師もいるし、ある男子生徒は校章の向きが五度異なるだけで叱責されていた。

 まもなく、来賓の紹介がされた。当時の明石市長や国会議員、教育委員会の重鎮の姿もいた。校長の話、PTA会長の話、すべては風の中へ消えていった。

 「それでは、これをもちまして『第十八回明石市立星海中学校入学式』を終わります。礼」

 僕は上級生にならい、深々と礼をした。その後はまるでロボットのようだった。言われるがままに教室へ向かい、誰も名前を知らないクラスメイトと対面をする。この時の僕がわかるのは顔つきと身長と髪型くらいだ。たとえ、彼らの中に殺人鬼がいようとも、僕にそれを認識することはできない。ふと考えてみると、結構怖い空間に思えてきた。

 「今日はお昼どうすんの?」「お前、パズドラ弱いなあ……」という会話を聞いていても、その内容の端々がわかるくらいで、そこに飛び込もうとも思わなかった。本も、トランプも、スマートフォンも、何も持っていない僕は息をするくらいしかやることがなかった。

 こうしているうちに、チャイムが鳴った。街中の信号機と同じように、僕らはチャイムとともに生きている。数十秒の狂騒の後、落ち着きのある年配の女性教師が教室に入ってきた。

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