六十六日目 触れあい
…………はっ!
「目が、覚めた……」
なにも解決していないままなのに、あの暗闇に悠を一人放置したまま目が覚めてしまった。
すぐに彼女の顔が見たくて隣を見る。だが、そこに本来寝ているはずの彼女の姿がない。
どこに行った? 途端、生まれる焦燥。
ベッドから飛び降り、ダイニングにいるのではと扉を開けて確認するも姿はなし。以前のような置手紙もない。
「悠? どこにいるんだい?」
声を出してみたが反応もなく、焦りが増す。
急に家を出ていくはずがない。そう思っているからこそ、どこにいるのか見当がつかず、気持ちに余裕がなくなっていくのだ。
そうだ、スマホから連絡を取ってみよう!
急いで自室に戻り、電話をかける。頼む、出てくれと願い数コールののち、強い思いが届いた。
「はい。どうしました、お兄さん」
ほっと安堵の息が漏れる。どこかに出かけているのだろうと。
「今、どこにいるの?」
「どこって近くのコンビニですよ。朝食用のパンがなくなっているのを忘れてて」
「一人で?」
「他に誰と行くんですか」
「それもそっか」
話しの流れがわからない悠は少々困惑気味であったが、とにかく無事なら何でもいい。
「すぐ買って帰りますから、顔でも洗って待っていてくださいね」
「ああ、そうするよ」
通話が切れ、ベッドに仰向けで寝転ぶ。
変な夢を中途半端に見たせいでここまで揺さぶられるとは。
どうやら俺は随分悠に囚われているみたいだ。すこし気持ちを入れ替えないと。
「なんにせよ、今日この後に影響ないよう悠に話すのはやめておくか」
多分話せばいろいろと心配してくれるんだろうけど、それが欲しいわけでもない。いつもの悠がまずはいてくれること、それが一番だ。
そうして数分後、手にエコバッグを持った彼女が帰ってきた。
「おかえり」
わざわざ玄関まで向かって迎える。平静を装うべきなのだろうが電話を掛けた時点でなにかしらの疑いを持たれている可能性を考慮すると、ここで遠慮する必要性はない。
「ただいまです。そんな待ち遠しかったんですか? 私の帰りが」
ああ、この悪戯な笑みに恋しいと感じるなんて⋯⋯。
「起きたら急にいなくなっていたからさ。それで驚いて、まあ、すこし気になっていただけだよ」
「ふふっ、お兄さんも可愛いですね。そんなこと言われたら凄く機嫌よくなっちゃいますよ」
「なっちゃって悪いことあるの?」
「んー、いつも以上に我が儘になるかも?」
わざとらしく上目遣いで見てくる姿に悠らしさを感じ、昨日とは違う自然な形だとわかる。
それからシンプルな意見として可愛らしい。
「今日は君のための日だから好きなだけ甘えたらいいよ。とはいっても、人目があるときは自重してね」
「じゃあ、今は好き放題してもいいってことですよね?」
「まぁ」
その流れに向くような言い方をわざとした。今日は俺自身が悠をなるべく感じていたいと思ったから。
そうすることでなにか悠のことをもっと理解できるかもしれない。
そんな希望が叶えられるかはわからないけれど、やってみる価値はあるはずだ。
「それじゃあ、さっそく失礼して」
持っていた袋を一旦置いて腕を広げ、抱きついてくる悠。
身長差から胸元に彼女の顔が位置しているのだが、グッと押し付けて何かを堪能しているみたいだ。
「ちょっ、朝起きて汗をすこしかいていたから臭ったらごめん」
そんなこと気にしませんよと言うように、頬を寄せて力強く抱きしめてきた。すこし痛いぐらいに腕に力が込められているが今は許そう。
むしろこういう寂しさが彼女のなかに生まれていたのだとしたら、それを癒してあげたい。
綺麗な彼女の髪に軽く触れ、それから頭にポンと手を置いて撫でてみる。
そうしていると密着しているせいか身体に熱がこもりはじめたが、離れようとは思わなかった。
お隣さんは今日も留守のようです 木種 @Hs_willy
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。お隣さんは今日も留守のようですの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます