六十五日目 目に見えぬものを探し求めて

 まったく以て寝付けない。昨夜の悠の顔が頭から離れてくれないから。

 明らかに心に植えた悩みの種を隠している様子だった。

 とにかく悠は自分の意見を表に出さないようぐっと押し込めた。そんなふうに見えたんだ。

 同室、背を向け眠りについている彼女。もちろんここまでの疑いは有れど、無理に掘り返そうとするには明日の用事も含め時間が足りず彼女によってつくりだされた空気に合わせ、あくまで日常を演じてはみたさ。いや、だからこそ疑いの念が確信に変わったのかもしれない。

 と、またこの繰り返しをしていては朝、顔色が悪いと悠に気を遣わせてしまう。なんとか寝ないと。

 目を閉じ、いつだったかネットで目にしたすぐに眠りに就くことができる睡眠法を思い出していたら、数分後には意識が途切れていた。



 ◇◇◇◇◇



 ん……。

 瞼を開ける。視界は暗く、浅い睡眠になってしまったかと思ったところで本来あるはずの見覚えのある天井が無い事に気付いた。加えて言うならば、そこに広がるのは闇に覆われた空間。

 自分が寝ていたはずのベッドも無く、床と表現しても良いのか分別の付かないこれまた黒いなにかに寝転がっていたようだ。

 まずは身体を起こし、周囲を見渡してみる。境界線のない闇は彼方まで届いていることだろう。恐怖の世界観を与える枯れた雑草や朽ちた木、崩壊した建物の瓦礫などの趣もない。なんなら、凹凸すらないのだから今いるここが俺の脳内が作ったイメージだとしたら自分に絶望してしまいそうだ。


「それにしても、なんのための夢なんだ」


 歩くことぐらいはできるみたいで適当に左手側に進んでみる。一切変化のない景色に精神が壊されてしまわないかと危惧したところで突然それは現れた。


「……悠?」


 前方二mほど先だろうか。こちらに背中を向け、体育座りで俯いている恐らく彼女であろうその人物には負のオーラのようなものが纏われている。服装とその漏れ出る感情からして悠と思ったわけだが、とりあえずは近付いて確認してみよう。

 あれ? 

 さっきまで自由に動けたのに急に真っ直ぐにしか進めないぞ。オープンワールドのような世界はどこかに消え、勝手にストーリーが進んでいく。システムに許された行動はどうやら彼女の元に向かうことしかないみたいだ。

 距離が近くになるにつれ、昨夜隣で見ていた部屋着が目につく。青いロングの髪からも悠であることは間違いない。


「悠、そこで何をしているんだい?」


 俺は多分、悠のことを心配するあまりこんな夢を見てしまった。

 杞憂で終えたいのか、なんとか悠の苦悩を解決したいのか、自分でもまだその答えを見つけられていないなかでどんな行動を取ることが正解かなど分からない。そんな現状で言葉こそ俺の意思が反映されているが、動きを制限されているのはむしろ有難いな。迷いをいくつも増やしていては何も進まないから。

 それにしても悠の反応がない。手を伸ばせば触れられそうな距離にいるのに声が届いていないということはないはず。であれば、これは俺の声が彼女の心に響いていないのではないかという不安の表れか。


「…………誰か、誰か、お願い」


 ようやく悠が声をあげてくれた。その安堵に硬くなっていたであろう表情が和らいだのがわかる。

 ただ、その行き先は俺じゃない。

 彼女はいまだ俯いたまま、なにかに縋るように呟いただけ。やはり俺の存在すら認識していないようだ。

 どうすれば認知してもらえるのか。触れてみようと腕に力を込めてみるも、誰かに押さえ付けられているみたいに自由が利かない。

 なにかしてあげたいのになにもしてやれず仕舞い。昨夜と同じ。なんて情けないんだ。


「助けて……ください。お兄さん」


 声色に感情が乗った。弱弱しく、悲愴な面持ちであると確信できるほど今にも消え入りそうな小さな声。言葉とは裏腹に希望を抱いていないかのように力なく放たれた言葉はこの闇のなかですぐに消え去ってしまいそうに思えた。

 どうしてその表情を見ることができないのか、目を見つめ、俺はここに居ると安心させてやることができないのか。

 それが悠の助けにならないから? そんなのやってみないとわからない……いや、やってはみたか。無理に顔を向けさせた結果が作り物の笑顔だった。つまり、他の方法を何か見つける必要性があるんだ。

 くそっ、なんだ!なんなんだ、それは!

 震えだす彼女の肩を抱いてやることもできず、見せつけられるこんなときに何て声をかけてあげたらいいのか、すぐに答えを見つけることができない。当然だ、もしそれが可能であったならあのとき既に口にしていただろう。


 悠は何を欲している? 悠はなにを俺に期待している?


 彼女の頼りなく見える背中に胸を痛めながらもその答えを探し始めたときだった。

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