とある少女と恋の妖精のトラジック

@huyukai

とある少女と妖精のトラジック

拓也と菜々が付き合うことになったという知らせを聞き、周りは「ようやくか」という反応をした。随分と前から彼らの恋愛フラグが立ちっぱなしであることは一目瞭然だったからだ。

ただ、一人の少女だけは信じられないというような表情で、顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。少女は拓也がずっと好きだった。


「あーもう!ちょっと聞いてよ!」

帰宅するなり少女は勢いよくドアを開き、何かに向かって怒鳴った。

少女が睨む何かは、手乗りサイズの円形で顔のパーツは細切りの海苔を最低限顔に見えるように貼り付けた、落書きのような見た目をした生き物だ。幼稚園児のお弁当に入っていたらまぁまぁ喜ばれそうである。船皿の上で休んでいた何かは少女が不機嫌な理由を知っていたので特に驚かなかった。

「ぼくはできる限りのことはしたよ」

「なんで知ってるのよ」

「さっき菜々んちの妖精から聞いた」


何かは『妖精』を名乗り少女の元へ突如として現れ、少女と拓也を恋仲にする手伝いをしてきた。

料理の練習に付き合ったり、魔法を使ってダイエットをしてみたり、拓也をマインドコントロールし、時にはライバルの菜々に呪いをかけたこともある。

しかし数多の努力や妨害も全て菜々に主従する妖精に憚れてしまった。


「あたしは見た目も頭も良くて負けるわけなかったのに。あの女は根暗だしブスだし、なんであんな女選ぶのよ。拓也くん、少しもあたしに振り向いてくれなかった。まるで最初から決まってたみたい」

「性格が悪いからじゃないの」

「なによ!」

少女はどこから持ち出したのか、爪楊枝を妖精に向かって構えた。


「そういうの今どき流行んないよ」

妖精は動じない。

「魔法じゃ人の心は変えられないよ。色々試してダメだったんだからもう諦めようよ」

「でも、まだ好きなのよ…」

「爪楊枝刺そうとしたり、人の家にジャンガジャンガハムスターを放つ人間をまともな男が選ぶわけないでしょ」

「放火するのやめてハムスターにしてあげたんだからいいでしょ!」

苛立った表情の少女。だが怪訝な顔に変わり、やがて考え込むような仕草をした。 


「本当に最初から結末が決まってたとしたら?」


自信家の少女は自分が失恋したことに納得がいかなかった。自分の恋愛が実らなかったのは自分のせいではなく、この世界がそもそもそういう風にできていないからではないか。妖精や魔法の存在を認知している以上、この世界が魔法のようなものでもあり得なくはない。


「ねぇこの世界って、魔法でできてたりしない?」

「どういうこと?」

「これは現実じゃなくて、造り物ってことよ」

「いやーないない」

少女に長年連れ添った妖精でも斜め上の現実逃避に少し呆れたような口ぶりだ。


「でも、ハムスターを放ったり大騒ぎを起こしても次の日には何事もなかったかのように元通りじゃない?」

「まぁたしかに、ありえないね」

「よく考えたらたこやきが喋るわけないし」

「ん?うん…」

妖精も自分の存在が都合の良いものであるため都合の良い妄想を否定できなかった。


少女は本棚の前に行き、いくつかの恋愛漫画の最終巻を手に取っては物語の終盤だけを読んだ。どれもこれも主人公が意中の男と結ばれ後ろに花が咲き、読者が求めていたであろう理想的なシーンで締めくくられていた。主人公ならば最終的には幸せになれるということだろう。


「確かに漫画みたいな世界観かも」

「でも、なんか違うのよね」

「そもそもさ、この世界が造り物だとしてもその考えに至る時点で恋愛モノじゃないんじゃない?」

「それはそうね…」

「拓也の趣味に合わせるために小説を読み漁っていた時に読んでた、SFってジャンルじゃない?」


一瞬のうちに本棚の中からSF小説を目の前に取り出した。



「それかもしくは…コメディ?」

「あっそうかも。コメディなんじゃないの?」

「そうだよ。ジャンガジャンガハムスターとかさ、ギャグだよね」


少女は更に本棚を探した。妖精はそんな少女の様子を伺うように後ろからそっと覗いている。すると本棚の一番下の段で他の漫画の下敷きになっている四角くて薄い絵本を見つけた。


ピンクで派手なドレス着た金髪の女性と白いタキシードを着た茶髪の男性が描かれた表紙には『シンデレラ』と題名が書かれている。


「子供の頃よく読んだのよ」


少女は絵本のページをめくった。

しかしページをめくるたび、結末に近づくたびに少女の心臓は高鳴っていき、何故か子供の頃とは真逆の感情が膨らんだ。

シンデレラは父も母も亡くして、継母や義姉にいじめられるが、美しいドレス着てカボチャの馬車に乗って、舞踏会に行くことが叶う。落としたガラスの靴の持ち主を探す王子。

じわじわと、胸のタンクがどす黒い水で満たされていく。

意地悪な義姉がガラスの靴を無理やり履こうとしたとき、少女は耐えられなくなった。


「アンタのせいよ!わたしがシンデレラになれなかったのは!」

少女は汚水タンクが溢れてしまった。妖精は驚き、申し訳無さそうな顔をしてから少し間を置いて

「ごめんね」

と謝り、泣きじゃくる少女に寄り添った。

「窓辺に行って話そう」


しばらくして涙が収まってきた少女が話し始める。

「どうせこの世界はもうおしまいよ。ヒーローとヒロインがくっついたんだもの」

「まだ言ってる」

「突然クラスに転校生が来たのだって変よ」

「うん」

「どうみてもあたしに好意があるみたいだし」

「ふーん」

「あたしみたいな女と雑にくっつけて、話を畳もうとしてるのかしら」

「それはぼくが許すものか」

間髪入れずに返ってきた思わぬ言葉に少女は少し驚いた。

「アンタにも責任感があったのね」

「…そんなんじゃないよ」

「あ、そう」

涙と言葉を吐き出して落ち着きを取り戻した少女は今まで言ってたことが急にバカらしくなって

「もういいわ。拓也くんよりもっとあたしに相応しい男を探そうかしら。ねぇ、たこやき?」

と、いつもの調子で言った。

「だからたこやきじゃないって」

妖精もいつものように返す。


「でももし、物語の終盤が近いなら、君に言いたいことがあるんだ」


窓辺から見える空はインクでただベタ塗りしたように真っ黒で、白いインクをそれっぽく飛ばしたような星が見える。月はいつものように三日月で、多分うさぎが住んでいるだろう。


「君は意地悪でヒステリックでほんとどうしようもない人間だけど、ぼくは君のことが好きなんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある少女と恋の妖精のトラジック @huyukai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ