第30話 悪逆皇子、英雄となる

「おう兄弟。そっちは終わったかい」


 待っていたのはゴゥルたちだった。

 兵士に化けて俺たちと共に来たゴゥルたちが、兵士たちを制圧していた。


「被害は」

「ねぇよ。敵さんもなるべく殺さないでおいたぜ」

「ああ、助かるよ」


 俺はほっとする。できれば、これ以上の死者を出したくない。

 戦って死ぬのが仕事の兵士とはいえ、殺せば殺すほど後々厄介になるからな。

 遺恨は残さない方がいい。


「……で、あのオークはなんだ」

「……拾った」


 そう言うしかない。その答えに、ゴゥルは目を丸くして驚く。


「……マジかよ」

「ああ」

「そうか」


 俺の表情で色々と察してくれたようだ。




 外の民衆の騒ぎも、悪徳領主デュラルムートを打ち取ったと言うと収まった。

 捕らえられていた神殿騎士長アシュリーの解放。

 狙われた、新しき神の聖女の守護。

 民としては、実に喜ばしい物語だろうさ。


 ああ、英雄譚だ。




 ……俺にとっては、あまり歓迎できることではないが。


 ……ちょっとやりすぎた感はある。

 俺は英雄になりたいわけではない。

 オーグツ神の名を広め、この世界に定着させることが当面の目的だ。

 そしてそのために、食料をばらまいて喜ばれるという、単純で効果的な戦略を選んだ。

 静かに、効率的に、人々の間にオーグツ神の信仰は芽生えていくはずだったのだ。食と豊穣の女神として、地味に、地道に。

 それでよかったのだ。

 なのに……


「どうして、こうなった」


 俺は村にある神殿の自室で、頭を抱える。


「どうして、こうなった?」


 答える者はいない。


「次期領主に是非カイル様を、という声が多数届いていますね」

「勘弁してくれ」


 テリーヌが笑顔で言ってくる。

 マジで勘弁してほしい。

 こんなことなら、誰か適当な村人か、冒険者でもスケープゴートの英雄に祭り上げておくべきだった。


「商会としては是非ともカイル様に……という方が都合がいいんですが、流石に……ですね」

「ああ」

「元皇子様ですからね」

「ああ」


 あのときの場の流れでテリーヌも俺の正体を知った。当然、テリーヌ経由でラオの耳にも入った。

 だが仕方ないだろう。


 あのクソ子爵の前で、お前らが死刑にしたと思った皇子が生きてるってどういう気持ち?

 ってやってみたくなるのは仕方ない。

 いや、ギリギリまで自嘲しようとはしていたんだが……仕方ないじゃないか。

 終わったことだ。

 あの時は最高にすっきりした。

 復讐は何も生みださないが――実にスカっとするのだ。


 さて、商会は俺の利用価値をさらに高めただろう。行動には注意しないといけない。


「とにかく領主になる気は微塵もない」

「ですけどぉ、国王陛下の耳にも入ってますからねぇ。神獣殺しの英雄様」

「………………はぁ」


 そっちもあった。

 ただなりゆきで獣人の村を助けただけだったのに。

 ラオが来なければこんなに目立つこともなかったのか。

 もしかして、俺の一番の敵ってあいつじゃないだろうな。

 敵対しない敵というのが一番最悪だ。


「行かないといけないんだろうな……

 今からでも誰かてきとーな代役を」

「村を回って慈善活動してたおかげで顔が知られてますよ」

「……髪型変えて、髪染めるぐらいならセーフかな。

 国王に俺の顔知られてないといいけど」

「そう願うしかないですね」


 まあ、バレてその場で捕らえられることはないだろうが。

 帝国を裏切り、処刑されたという話だからな、俺は。

 敵の敵は、敵ではない。その判断が出来る国王であることを期待しつつ、色々と手を打っておかねばなるまい。

 ……頭が痛い。


「気分転換に散歩でもしてくる……」


 俺は神殿を出た。

 この村はいい。

 あの後、城壁都市を出るのに一苦労だった。何しろなりたくもない英雄様と、聖女様だからな。


「あ、カイル様ぁ!」

「……カイル」


 ルゥムとフィーメが俺を見つけ、寄ってくる。


「お疲れさまです!」

「ああ」

「……大変そう」

「ああ」


 本当にな。

 俺たちは、村を歩く。

 村の傷跡は小さくない。

 畑の大半が全滅した。家畜もその火にやられた。


 だが、飢饉の中でも生き延びた村人たちだ。きっと大丈夫だ。

 


「カイル殿ー!」


 馬がやってくる。

 乗っているのは、アシュリー、コラン、アメリアの三人の神殿騎士だ。

 街から戻ってくると言っていたな。


「もう戻ってきたのか」

「はい。報告や処理も一通り終わりましたので」

「大変だな」

「いえ……」


 アシュリーは馬を降りる。

 コランとアメリアは、村長の所に行った。


「今回のことは、本当に……」


 アシュリーは村の状況を見て、心を痛めている。

 確かに、これはひどいからな。


「大丈夫だ。フィーメが、この程度の穀物は補填できる」

「……すばらしいものですね、オーグツ神の力は」


 アシュリーは遠い目をする。


「ああ、俺もルゥムも救われた」

「……帝国から追われ、逃げるところを、ですか」

「……少し、違うな。

 帝国で俺は死んだ。処刑された。

 そういうことになっている。

 俺が生きている事を知っているのは、ほんの一握りの、帝国の裏切り者だけだ」


 その連中と取引をして、なんとか逃げ出すことができた。

 代償は大きかったが。

 少なくとも、俺は魔力を使えなくなった。


「そうして、土や草の根を、比喩ではなく食べてなんとか生きてた時に、フィーメと出会い、オーグツ神の奇跡で、たっぷり食えた。

 あの時の粥は美味かった」

「ひ、比喩でなく、ですか……」

「知っているか? 土の味は場所によって違うんだ」

「知りたくもないです」


 まあ、知らないに越したことはないな。

 農家なら別だが。


「――そうして帝国から王国に流れてきた、皇子のが生きていることを知って。

 お前は、捕らえないのか?」


 俺は、法と裁きと正義の神の使徒、神殿騎士アシュリーに聞いてみた。

 アシュリーは静かに笑った。


「そうですね。

 帝国から逃亡してきた政治犯などなら、捕らえるか処刑でしょう。あのデュラルムート辺境伯、いや、デュラル元子爵のように。

 ですが、カイル・アル・アシュバーン皇子は、死人だ。

 死者を裁く法も、正義も、カムアエルス神は持ってはいない。それは死の神ヘルティアの領域でしょう。

 もし、その死んだはずの皇子が、邪悪な企みで蠢いているならば、カムアエルスの裁きは下るでしょうが――

 その皇子は、悪逆の汚名を着せられただけとしか、私には見えない」

「目が曇っているのでは?」

「さてどうでしょう。

 ですが――ひとつ、死者に問いたい」

「答えられる事なら」


「帝国に裏切られ、汚名を着せられ、死した皇子は――

 この王国で何を望むのだろうか」


「……」


 それは――――


「敗者には敗者の矜持がある。

 敗者は黙って去り、勝者にすべてを託し、消えゆくのみ。

 敗者が敗北を認めず、あがき、墓の下這いずり出ても、それはただ世に混乱と不幸の種を撒くだけだ。

 ただ――静かに去るのみ」


 そう、思っていた。

 思いこもうとしていた。


「もし、命を拾っても。

 その命を大切にし、静かにだまって余生を過ごす――

 それが、賢い生き方だ」


 だけど。

 それは、また奪われようとした。


「しかし、だな。

 どれだけ賢い生き方をしようとしても、愚かな者は、無遠慮に蹂み躙り、奪おうとしてくる。

 アシュリー、あなたがどれだけ高潔であろうと、その一部の部下が、クズであり、あなたを裏切ったように」

「……」

「いや、それもいいわけだな。

 結局、私は。俺は――」


 俺は、ただ。


「ただ。復讐を望む、悪逆皇子という、それだけだ。

 今はまだ、この村を裏から支配する程度だが――

 そうだな、合法的にこの国を簒奪するか? いや、それともいずれ独立し新しい国を興すのも悪くない。

 そして帝国を打倒し、蹂躙し、復讐を果たすのだ」


 それは、紛れもなく俺の本心だ。

 復讐など最初から諦めていたつもりだったが――

 あの男の顔を見たとき、理解した。


 俺はどこまでいっても、帝国の皇子。

 あの、汚らしい帝国の、だ。

 やられたらやりかえす。血には血を、仇には仇を。


 そういう生き方しかできないのが、俺だ。


「そんな悪逆皇子を、止めるか?」


「――いや」


 法と正義の神の使徒は、言う。


「正当な復讐であるならば、決して邪悪であるとは言えません。

 もし、その悪逆皇子が、正道と王道を践み外し外道に墜ちたなら――

 私が止めよう。

 もっとも、そうなる前に、女神の罰が下るかもしれませんが」

「……確かにな」


 我が女神は、ずっとそばで見ているからな。

 怒らせでもしたら、くっとそれは恐ろしいことになるだろう。





 アシュリーも村長の所へと向かった。 

 彼女もやる事はまだまだ多い。

 当分は忙しいだろう。


「復讐、するんですか?」


 ルゥムが聞いてくる。


「ああ。いずれな」

「お手伝いします。私はカイル様の妻ですから」

「違う」


 即答で否定しておいた。


「ちぇー」


 頬を膨らませるルゥム。

 だが、その頭をなでると、


「ぇへへ」


 ふにゃっとした顔で笑う。

 ……あの時の餓狼っぷりはどこにいったのやら、この駄犬め。


「……カイル」


 フィーメが言う。


「私も、ついていく。どこまでも。

 私の力は、あなたのためにある」

「それはこちらのせりふだよ、わが女神よ。

 言っただろう、俺は必ず、お前を――」



 この世界の、女神とする。


 それが、俺の復讐の近道でもあるのだから。絶対に。



「おーい、兄弟!! 宴の時間だぜぇー!」

「大将ー!」

「ぐるるるるぉ」

「カイル様ー!!」


 村人たちが俺たちを呼びに来た。

 つーか獣人たちもまだ戻ってないのか。このままここに居着くつもりじゃないだろうな。別にいいが。

 あと、あのオークも普通に馴染んでいる。でも彼は意外と素直でかわいいんだよな。名前も考えないとな。

 ――しかしまったく。本当に騒ぐのが好きな奴らだ。



「行こうか。

 村人が、お前の出す食べ物を、待っている」


「――うん。張り切って、出す」



 まずは、ここから始めよう。




 悪逆皇子と、追放女神の、建国神話を。

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悪逆皇子と追放女神の異世界建国神話――その女神は口やお尻から食べ物を出す―― 十凪高志 @unagiakitaka

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