第29話 悪逆皇子、領主の首を落とす

「最近捕らえた珍しいオークでな、

 こいつは中々の戦力になる。

 貴様らなど簡単に捻り潰せるのだよ」

「なるほど……それがお前の隠し玉か」

「その通りだ。さあ、殺せぇ!!!!!」


「グォオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 オークが咆哮いる。

 その首の首輪が鈍く光っている。あれは……隷属の首輪か。帝国から持ち込んだか。

 それで魔物であるオークを従えている、ということか。

 オークは走って突っ込んでくる。


 その腕は太く、俺の胴より太い。


「はっ!!」


 だがアシュリーはそれを受け止める。


「ルゥム!!」

「はい!!」


 ルゥムが駆ける。そのまま跳躍し、空中を舞う。

 そして……


「せいっ!!」


 回し蹴りが、オークの顔面に突き刺さる。


「ガァッ!?」


 吹き飛ぶオーク。だがアシュリーは油断しない。

 着地と同時に構える。


「まだ来ますよ!!」

「ああ、わかってる」


 オークが突進してくる。だが、アシュリーの方が速い。


「はああああああっ!!!」


 気合と共に繰り出される剣。

 それをまともに受けたオークは、しかし。


「な……っ!?」


 その胴体にめり込んだ刃は、剛毛によって食い止められていた。


「グルルル……ギォアアアアアアアッ!!!!」

「くぅ……ううう!!」


 オークは力任せに押してくる。


「このぉ……!!」


 アシュリーが耐えている間に、テリーヌが横から迫る。


「ふ……はぁ!!」


 だがテリーヌの攻撃も、その体毛で弾かれる。


「くっ……このっ!!」


 テリーヌがさらに魔術を放つ。風の刃だ。


「グオオッ!!」

「効いてない……?」


 テリーヌの顔が青ざめる。


「どうした、テリーヌ」

「いえ……」


 俺の声にも焦燥感が出ているのだろう。テリーヌは答えない。


「ふふふ、無駄だよ!! そいつの皮膚は鋼鉄並みの硬度を持つ。

 私の命令にしか従わない最強の戦士だ!!」

「……なるほど」

「そして私はこっちだ!!」


 デュラルが懐に手を入れる。取り出したのは筒……いや、剣の柄?


「気を付けて、あれは……魔法の剣です!!」


 アシュリーが叫ぶ。

 ヴゥン……と音が鳴る。

 デュラルのもつ剣が、光の刃を発生させた。


 あれは……宝剣フォースカリバー、だったか。相変わらずの蒐集癖はかわらんか。


「グルゥアアアアアアアッ!!」


 オークが叫ぶ。そして、アシュリーの剣を弾き飛ばす。

「な……ああっ!!」

「グルゥオ!!」


 さらに体当たり。アシュリーが壁に叩きつけられる。


「くあっ……!!」

「グルゥオ!!」


 さらにオークは、その拳を振り下ろす。


「ぐはぁ……っ!!」


 床に打ち付けられるアシュリー。


「く……う……!!」

「ルゥム!!」


 ルゥムはすでに動いていた。アシュリーを庇い、その前に立つ。


「グルオ!!」

「ルゥム殿、避けろ!!」


 アシュリーの言葉を無視して、ルゥムは爪を構える。


「ルゥム殿……!!」


 アシュリーが声を上げる。ルゥムは振り下ろされる巨大な斧を、真正面から受ける。


「くう……っ!!」


 ルゥムが踏みとどまる。だが、


「がはっ!!」


 オークはルゥムを蹴り飛ばした。


「ルゥム!!」

「うぅ……っ、かはっ」


 オークはルゥムにとどめを刺そうと近づいていく。

 だが……


「フィーメ!?」


 ルゥムを庇うように、フィーメが立った。


「グルル……」

「……」


 オークとルゥムが対峙する。


「ふははははは、もういい、聖女も殺してしまえええっ!!!」


 デュラルが叫ぶ。


「待て、やめ――」

「グォオオオオオオオオオオオッ!!!!」


 オークが叫ぶ。

 そして――


「な……に?」

「え……?」

「なん……?」



 信じられない光景だった。

 暴れていたオークが、静かに。

 ただ、フィーメの前に、頭を垂れていた。



 いったい何がおきた。 


 あの変異種であろう、巨大な牙と角を持つオークを従え……



 ん?


よく見ると、あの角……鹿に似ていないか。

 鹿の角、猪の牙。

 鹿と猪の……


 ……。



「……あっ」



 俺は、その答えにたどり着いた。


「おい」


 俺はフィーメに声をかける。


「……」

「食うな、って言ったよな?」


 フィーメは、ぷい、とさっぽを向いた。ばつが悪そうに目を逸らした。



 喰ったのか。 


 オークの肉を。



 そして産んだのか。


 オークの仔を。


「まさか……山の……神の」


 ルゥムが言う。


「ああ……」


 シシガミを食った。そしてオークを食った。

 豊穣の女神の権能により、食材として、口から吐き出してみた時、混ざったか。


 フィーメの態度を見るに、勢いで食べて、勢いで出してみたけど、どうしたらいいかわからなくて、そして他の動物と同じように野に放ったか。


 何をやっているんだ女神。


 そしてそれはつまり……


 あのオークにとって、フィーメは母であり、創造神ということか。


 そりゃ、頭下げるよな。

 そういや村で出した鶏とか豚とかも、フィーメには暴れず逆らわず従ってたもんな。


「ええい、私の言う事を聞け、豚があ!! 立て、動け、戦え殺せぇええ!!!」


「グルルル……」


 だがオークは動かない。ただじっとしている。


「何故だ、なぜだ、なぜだああああ!!」


 デュラルは狂乱している。

 だが、もう勝負はついている。

 隷属の首輪が、ひび割れた。


「な――っ」


 そして、割れ、地面に落ちた。

 隷属の首輪の力より、女神の力の方がつよかったということだ。



「……食べ物を司る神――の巫女に」


 フィーメが静かに言う。


「食べ物が、逆らえると……思ったの?」


 いや、オークは食べ物じゃないと思う。

 俺は食いたくないぞ、よほど飢餓状態じゃないと。

 ていうかオークよ、食べ物扱いされててそれでいいのか。

 猪の顔はよくわからないが、どうやら満足らしい。


「ふ……ふざけるなああああああああああ!!!!!」


 デュラルが魔力刃の剣を抜き放つ。


「死ね、死ね、死ね、死にさらせぇ!!」


 そして斬りかかってくる。

 俺は、その刃を剣で受け止めた。

 だが……


「なっ!?」


 俺の持つ剣が、切り裂かれた。

 慌てて身を捻る。

 だがその刃は、俺の左腕をかすった。


「ぐあっ!!」


 ――熱い。

 焼け鉄で斬られたような、そんな火傷だ。


「ぎゃはははははは!!!! これがフォースカリバーの力だ!!」


 炎の魔剣――いや違うか。だが本質は似たようなものと見た。


 光と熱で全てを断ち切る剣。



 なら――


「テリーヌ、あれを!!」

「ど、どれですか!?」

「三番の袋だ!!」

「はい!!」


 テリーヌがそれを俺に投げる。


「させるかよおっ!!」


 デュラルがそれを切る。何か知らないが俺に渡すまい、と。

 その光の熱の魔力剣で斬られれば、何か知らないが壊れるだろうと。

 

 ――ああ、確かにそうだ。



 袋が斬られた瞬間――




 炎が、爆ぜた。


「ぐわああああああっ!?」


 爆音。そして、肉が焼ける匂い。

 その悪臭に交じり、周囲に、甘い香りが漂う。


 ――砂糖だ。


 そして、その炎を浴びて怯んだデュラルに向かい、その鳩尾に剣の柄尻を叩きこむ。


「がはっ――」


 そして、半分に断ち切られた剣を、そのまま体を反転させ、回転の力を乗せて振り抜きく。


「がぁああっ!!!」


 その刃は。デュラルの首を切断した。

 デュラルの首が石床に転がる。


 ――終わった。


 ふう……と俺は息を吐く。


「な、なにが……?」


 アシュリーがよろめき立ち上がる。

 何が起きたのか理解できていないようだ。

 俺は説明する。


「粉塵爆発だよ」


「ふんじんばくはつ……?」

「聞いた事があります」


 テリーヌが言う。流石は商会の魔術師だな。


「炭坑や工場で時折、爆発事故が起きます。

 確か、空気中に可燃性の粉が待っている時に……」

「ああ、その粉塵に着火すると連鎖的に燃焼が起き、爆発する」

「それで何十人と死にますね」

「そ、そんなものを……」


 アシュリーが冷や汗をかく。

 気持ちはわかる。

 炭坑を吹き飛ばすようなものだ。こんなところでおこなえば全滅するだろう。

 しかし……


「そんな大爆発が起きるのは、条件がそろった時だけだよ」

「そうなのですか」

「ああ。空気中に可燃性の粉が飛ぶだけで粉塵爆発が起きるなら、単行も工場も、台所ですら毎回大爆発だ。


 だがそうはならない。


 粉塵爆発が起きる、密度の割合があるんだよ。

 だが、きめ細かい粉砂糖は非常に燃えやすい。

 大爆発は起きずとも、うの剣に触れたならこのくらいの燃焼は起きる」


 俺は落ちているフォースカリバーを拾う。

 この剣でなければ、この爆発攻撃はできなかっただろう。


「大丈夫か、ルゥム」


 俺はルゥムの傍に行く。オークの攻撃をくらいダメージを負ったものの、致命傷には至っていないようだ。よかった。


「ええ、私は平気です。それより……」


 ルゥムはちらりとオークを見る。


「ええと、その……」


 ルゥムは言葉に詰まる。そのオークをどう扱っていいかわからないのだ。

 まあ当然か。俺もどうしたらいいかわからん。


「……食べるの?」

「食べない」


 フィーメの言葉に俺は即答した。


「でも……」

「いやいや、だから食べないって」

「……じゃあ、どうするの?」

「んー……飼うか」

「……?」


 首を傾げるフィーメ。

 フィーメに従うのなら、村においといても問題は無いだろう。

 問題しかないかもしれんが。しかし選択肢はない。

 だって食べるのは論外。なついている以上殺すのも気が引けるし、この状況で殺したらフィーメは絶対に食べようと言い出すだろう。

 逃がしたところで、元がオークやシシガミなので周囲に迷惑しかかけないだろう。そもそも町のど真ん中だ。

 保護するしかないな。

 消去法で。


「……じゃあ。とりあえず、名前をつける」

「名前か」


 それはいいな。帝国の学校でも、クラスで飼っていた豚に名前をつけて育てたら、情が移り食べられなくなったという話がある。

 まあ、教師がその場で制止を振り切り殺して皆に食べさせたのだが。

 なお、数年後にその教師は生徒たちによって惨殺されたというオチもついている。

 食べ物の恨みは怖いのだ。少し違うか。


「……トントロ」

「食肉じゃねーか」

「……じゃあ、トンテキ」

「料理名じゃねーか」


 俺はフィーメからこのオークを守らないといけなくなるのか?

 ……考えるのをやめよう。


 今はとにかく、ここから出て、場を納めないとな。


「全員無事……か。上はどうだろうか」

「ああ、向かいましょう。デュラルムートの首があれば、市民たちも納得するでしょう」


 アシュリーが言う。確かにそうだ。

 俺たちは、牢獄を出た。

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