第28話 悪逆皇子、領主を追う


「まさか、帝国貴族がここにいたとはな。

 領主が村に手を出してくる前に、と調べさせたら、実に驚いたぞ、デュラル子爵」

「貴方は、死んだはずだ。処刑された!」

「貴公とと似たようなものだよ」


 ラオの調査によると、この男は俺の処刑の後で失脚したらしい。

 だが、俺と違い、以前から王国の貴族と通じていたようだ。

 自分が危うくなると、とっとと帝国を脱し、王国で貴族の地位を買い取り、そしてこの地方の領主に納まったという。

 普通に辺境伯の地位を買い取るなど普通は無理だが、そこは色々と裏工作をしたのだろう。

 最近、領主が変わったという話とも符号している。

 前領主は、俺のように失脚でもさせられたか。


 俺も、王国につてがないだけで、まあ似たようなものだったからな。


「い、いやしかし驚きました。

 あ、あの時は仕方なかったのです、私はしがない子爵。

 ドゥミアーデ公爵令嬢やルーファス第三皇子殿下の前では、し、従う他無く……」

「ああ、まあそうだろうな」

「ご、ご理解いただいて恐縮です、皇子。

 今回の事は全て手違いとすれ違い、誤解に他なりません。

 ですから、ええ、どうかお許しください、私は……!!」

「ああ、そうだな」


 地面に頭をこすりつけるデュラルに対し、俺は鷹揚に言う。


「では……!」


「ああ、領主と手を組むのは最初から考えていたことだ、やぶさかではない。

 だがな、お前では役不足だ」


「は……?」

「お前は民からの評判が悪いからな。そんな領主と手を組んだところで、メリットが何もないのだよ。だからそうだな、お前の次の領主と手を組むことにしよう」

「な、何を言っておられるのかわかりません。

 わ、私はですね、、なたのためを思って」

「まだ言うか、くだらんな子爵」

「なぜですか! この国を豊かにするために……」

「そんな事は望んでいない。いや、そもそもこの王国をどうこうしようというつもりもない。

 ただのんびりと余生を過ごしたかっただけだよ、政争に負けた敗残者としてはね。

 だが……」

「だが……?」

「お前の顔を見て思ったよ。ああ、俺はやはり心の底では、望んでいたのだと」

「何を……」


「復讐を、な」


 俺の笑顔に、デュラルはひきつる。


「な、ならば同じ帝国に裏切られ捨てられた者として、共に手を取って帝国に……」

「なるほど、実に合理的ですばらしい提案。一考の余地はある。

 だが、無理だな」

「なぜですか!」


 まだわからないのか。

 

「一度目は許そう。

 ああお前の言うとおりだ、あの状況で逆らえるわけがないからな。だから恨むのは筋違いだ」

「なら……!」


「だが、二度目は無い。

 知っていようと知っていまいと、お前は俺の村を襲撃した。俺から何もかもを奪おうとした。

 それが、それだけが覆しようもない、事実だ」


 相手が誰だろうと、自分の意志で、明確な敵意と悪意と欲望で蹂躙しようとした。

 その事実はどうあっても覆らない。


「……」


 デュラルはがくりとうなだれる。そして、


「く……ふっ、ふはははははははははは!!!!!」


 狂ったように笑いだした。


「――いいだろう。悪逆皇子カイル・アル・アシュギーンよ。

 ならば貴様を殺し、その首を帝国に売ってやろう、死んだはずの悪逆皇子の首だ、きっと高く売れるだろう。

 場合によっては帝国に返り咲けるかもなあ!!


 やれい!!」


 デュラルは控えていた兵士二人に号令を下す。

 だが――


 食卓が大きな音を立て宙に舞う。

 食卓の下に隠れていたルゥムが飛び出したのだ。そのまま回転し、見事な体捌きで兵士を蹴り飛ばす。


「ぐあぁ!!」

「がはっ!!」

 兵士二人はそのまま壁にたたきつけられ、動かなくなる。

 首が変な方向に曲がっている。流石ルゥム、容赦が無いな。


フィーメの後ろにいた兵士たちは、顔の似ていない偽の俺に化けたテリーヌが魔術で倒していた。


「なっ、いつの間に……!?」

「兵士長殿に化けてやってきたんだ、仕込む機会はいくらでもあるさ」

「くっ……!!」


 デュラルは手元にあった鈴を鳴らす。


「出会え、兵士ども!! こいつを殺せー!!」


 しかし、いつまでたっても兵士たちは来ない。


「なぜ来ない……!!」

「言っただろう、仕込む機会はいくらでもあると。

 まさか、俺だけがこっそり兵士長とすり替わっただけ、とでも思ったか?」

「なん、だと……まさか」

「村襲撃より帰還した兵士、神官騎士総勢三十六名。

 全員が、俺の味方だよ」


 コランとアメリアも念のため他の神殿騎士に変装させている。

 そしてあとはみな、村人や獣人たちだ。この俺の帝国流変装術が火を噴いた。

 彼らは、下でこの屋敷の兵士たちに村直産のとても美味しい料理と酒をふるまっていただろう。

 

 今頃はもう酔いつぶれて寝ているはずだ。


「貴様……貴様貴様貴様貴様!!」

「さて……次はお前の番だ、デュラル・ミン・フォンガーベルク子爵」

「くっ……!!」


 デュラルは走り出した。逃亡するつもりか。


「逃がさん」


 だがデュラルは、アシュレイ……いや、本名はアシュリーだったか。彼女を掴み、こちらに投げた。


「うわっ、と」


 それをルゥムが受け止める。

 だが、その隙にデュラルは窓から飛び降りてしまった。


「しまった!」

「追うぞ」

「カイル殿」


 アシュリーが立ち上がる。

 命に別状はないようだ。


「アシュリー殿、無事……ではあるようだな、よかった」

「すみません……村は」

「無事ですよ。連中に畑は焼き払われてしまいましたが」

「そんな……」


 ああ、許せないな、俺たちの麦を焼き払いやがって。


「だが作物はまた作ればよいし、オーグツ神の奇跡で補填できる。

 村人の命は失われていないのですから」

「は……はい。それで……」

「聞きたいことは多々あるでしょうが、それは後に。

 デュラルを追わなければ」

「!! そうです、街に隠れられたら……」

「その心配はないでしょう」

「え……?」


 俺は窓の外を指す。

 両社の屋敷の外には民衆が詰め寄っていた。


「ふっざけんなクソ領主が!!」

「この売国奴!!」

「てめぇらのせいで、俺らは……!!」

「俺らの暮らしを返せ、この野郎!!」

「そうだそうだ、この国から出ていけ!!」

「やっちまえ、やれやれやっちまえ!!」

「そうだ、やっちまえ、やっちまえ!!」


 民衆が思い思いの武器を持ち、領主の屋敷を囲んでいる。

 俺の想像以上に、領民たちは怒ってくれたようだ。


「なっ……なんだこれは!?」

「いやあ、ますますラオ殿を敵に回せなくなったなあ」

「……まさか」


 アシュリーがおののく。その後ろでテリーヌが微笑んでいた。


 そう、ノーデンス商会が集めた情報を俺の知っているネタと合わせてバラまいたのだ。


 商人というものは恐ろしいな。

 あっという間に情報を集め、そして拡散する。

 ラオやテリーヌにとってもこの選択は、苦渋だったかもしれない。貴族の秘密を握るというのは大きなカードだ。


 それを切るということは、俺と組んだ方がいいという判断と……

 俺に対する牽制も兼ねているだろう。忠告とも、脅迫ともとってもいい。


 我々を敵に回すと危ないぞ?

 だから共存共栄、手を携えていこうじゃないか。という意思表示だ。


 まったく、恐ろしいな。


「さて、行きましょうか」


 俺は立ち上がり、部屋を出る。


「どこへ……」

「もちろん、領主のところです」

「どこへ行ったのかは……」

「あれではおいそれと外に出られない。屋敷の中でしょう。

 そして……ルゥム」

「はい!」

「匂いはわかるな?」

「はい」


 ルゥムは鼻を鳴らす。


「こっちです、きったなぁい匂いが続いてます」





 屋敷の中を、ルゥムが走る。俺たちはその後ろに続く。


 兵士たちは特製の酒で眠りこけているか、外の騒動に駆り出されている。

 おかげで動きやすい。


 だが……


「いたぞ、侵入者だ!!」


 まだいたようだ。見つかってしまったな。

 だが……


「はあぁ!!」


 ルゥムが爪で剣を弾き飛ばす。


「ぎゃあぁ!!」


 さらにもう一人、兵士が倒れ伏した。


「お見事」

「はい!」


 だが、まだまだ兵士たちはやってくる。


「ここは私に任せてください」


 テリーヌが進み出る。

 彼女は手から魔力の刃を発生させ、兵士たちを斬り伏せていく。

 その戦い方はまるで舞のように優雅で、美しくすらあった。


「凄いな……」

「私も……まだ戦える!!」


 アシュリーも剣を振るい、兵士達を蹴散らしていく。


「さすがだな、ルゥム、テリーヌ、アシュリー殿」

「はい! 頑張ります!」

「ああ、頼んだぞ」


 そしてルゥムは進む。階段を降りて、地下に進む。


「こっちは……」

「知っているのか、アシュリー殿」

「ああ、私が繋がれていた牢獄だ……」


 ルゥムはどんどん進んでいき、一つの扉の前で止まる。


「ここです」

「間違いないか」

「はい」

「鍵が閉まっているな……よし、開いた」


 俺は針金で鍵を開けた。


「カイル殿、それは」

「帝国流の開錠術だ」

「先程の領主との話では、カイル殿は帝国の……いえ、いいです」


 まあ言いたいことはわかる。

 だが、今は気にしている場合ではない。

 そもそも皇子ならこのくらいできて当然である。


「さあ、行こうか」


 そこは、薄暗い石造りの部屋だった。

 その中央には、一人の男が立っていた。


 デュラル・ミン・フォンガーベルク元子爵だ。


「ようこそ、悪逆皇子とその下僕たちよ」


 デュラルは笑う。


「よくここがわかったね?」

「こちらには鼻が利く仲間がいるからな」

「ほう、獣人か。奴隷として欲しかったが、ノーデンス商会は私には売ってくれなかったからな」

「それは……人を見る目があるな」


 俺たちの話に、アシュリーが割り込む。


「もう観念しろ、デュラルムート。逃げ場はないぞ」

「ククク……」


 だがデュラルは笑う。

 ずいぶんと余裕じゃないか。


「なぜここに私が来たかわかるかね、皇子」

「さて……な。

 ここに秘密の脱出通路でもあるか、それとも……」

「そう、そのそれともさ」


 何も言っていないが。


「切り札があるのだよ!!」


 そしてデュラルは、後ろの格子を開ける。

 

「グルルル……」


 ズシン、と重い足音が響く。


 そこから現れたのは、2メートルを超える巨体。

 全身を剛毛で覆われた……オークだ。

 だが、通常のオークとは違う。

 体躯が俺たちの村を襲ったオークよりも一回り以上大きく、そして牙が大きい。まるで猪のようだ。

 そして、角も持っている。

 あきらかに――変異種か。

 フィーメが息をのむ気配があった。

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