第27話 悪逆皇子、領主の館を訪れる

 私は、領主の屋敷に捕らえられていた。

 両腕は天井からつるされた鎖で拘束されている。


「無様なモノだな、神殿騎士長アシュレイ殿、いや、アシュリー殿」


 目の前には、領主デュラルムート辺境伯がいる。


「この裏切者が……」

「はて、どこの誰が何を裏切ったというのかね? 私に言わせれば、王国の利益を阻もうとする君の方が裏切者に見えるが」

「戯れ言を!!」


 この男は、私に、私たちに嘘の報告を強いた。

 国王陛下に、神殿長に、あの村は邪教の徒の巣窟と報告しろと。

 そんなことは出来ない。私は、常に真摯に誠実である事を神に誓ったのだ。

 この男に、利用など出来ない――


「と、思っているのだろう。しかしね、違うのだよね」


 領主デュラルムートは笑う。


「オーグツ神だったか、神は慈悲深いからね。村人の命と引き換えならば奇跡も起きると思わないかね?」

「貴様――」

「真に奇跡だろうと、そうでない何かの仕掛けがあろうとどちらでもよいのだよ。

 大切な事は、素晴らしい富が手に入るということだよ。ああ、君の報告は素晴らしいものだった!!それだけの力が私のものになれば、私はもっと上に行ける、そう思思わないかね」

「俗物が――!!」


 私はツバを履き掛ける。

 領主は顔を拭き、舐める。


「俗物か。そうだなあ、私は貴族なんだがね、正真正銘。だがそこまで侮辱されては仕方ない」


 領主デュラルムートは下卑た顔を寄せてくる。


「くっ、やめ……!!」


 私の胸をわしづかみにする。


「やめろ!!」

「ははは、元気がいいな。だがな、アシュリー、私はお前が欲しいんだよ」


 領主が近付いてくる。


「来るな!!」

「おいおい、怖がることは無いじゃないか」

「寄るな!!」

「つれないな」


 奴は足を止めた。

 だが安心はできない。


「そうだ、君にこれを見て欲しいのだ」


 そう言って取り出したのは、小さな筒だ。いや、刃のついていない剣の柄とでも言おうか。


「魔法の武器でね。これに魔石をはめ込むと……魔力の刃が出るのだ」


 ヴゥン、という音を出し、光の刃が出る。


「それで私を切り刻むつもりか」

「そんなことはしないとも。

 これはね、光と熱で何でも焼き切るの魔法の剣だが、同時に……

 相手の魔力回廊に直接ダメージを与える事も出来るのだ、こういうふうに」


 笑い、領主は私の腹に剣を突き刺した。


「があああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 全身に衝撃が走る。

 刺された部分を中心に、まるで神経を引き裂かれるような感じだ。


 領主が剣を抜くと、激痛は収まった。

 刺された部分に傷は無い。少し赤くなっているが……


「ぐ……っ、はあ……っ」


「ははは、いい顔をするじゃあないか」


 そして、次は肩に突き刺す。


「ぎゃあああああああああああああああああああっ!!!!!」


「はははははは、神殿騎士長アシュリーともあろうものが、いい声で鳴くではないか!!」


 そして剣を引き抜く。

 私はぐったりとする。全身に力が入らない。

 くそっ……!


「くくく、最近手に入れた魔導具でもとびきりの逸品でな。味はどうかね」

「……っ」

「答える気力もないか、それとも痺れて動けぬか。

 さぁて……」


 領主が部屋の隅から、何かを取り出す。

 それは……首輪だ。

 奴隷用の。


「今は帝国の方でしか流通していないが、隷属の首輪だ。

 これをはめられたものは、まさに隷属する。

 普段の君では、抵抗するだろうが……」


 だから、いまの攻撃……拷問か。

 私の抵抗力を下げようと。


「さあ、私の忠実なる奴隷となりたまえ、神殿騎士よ」


「くっ……」


 その時だった。


「領主様!!」


 兵士が一人駆け込んできた。


「どうした?」

「サーボ兵士長と神殿騎士たちが、村を制圧し戻ってまいりました!!」




 私は鎖に繋がれ、領主の間へと引きずり出された。

 兵士の話によると、村の責任者と巫女をとらえたという。

 カイル殿とフィーメ様だ。

 私は人質にされるということか。


「くっ……」


 私は歯噛みする。

 なんという無様か。

 しかし手錠は外せそうにない。

 自害も、神によって禁止されている。

 私はどうすればいい。


「サーボ兵士長、到着いたしました!」


 扉が開く。


 何度か見た下衆な顔の男、サーボ兵士長だ。

 そして、兵士たちがカイル殿たちを縄で縛り、引き立てている。


 だが……


「……?」


 フィーメ様はいる。だが、一緒に連れられているのはカイル殿ではない。

 知らない男だ。

 服装は彼のものだが……どういうことだ。

 だが、ここは下手に何か言わない方がいいだろう。


 可能性は二つある。

 ひとつは、兵士たちが間違えたり、あるいは殺してしまい、別の人間を連れてきた。


 そしてもうひとつは……



「おお、おお。サーボ、よくやった」

「はい。首尾は上々、食料も、そして聖女殿も確保いたしました」

「おお……」


 領主は手を叩く。


「これで、我が領土は安泰ですな領主様」

「と――いう事は」

「はい、確認いたしました。噂通り聖女様は、食料をいくらでも出せる様子」

「おお……!」


 領主の顔がほころぶ。



「素晴らしい!! いや聖女様、歓迎いたします」


 領主デュラルムートはフィーメ様に言う。

 フィーメ様は、いつもの調子で、静かに答えた。


「……私に、何をさせるつもり」

「そのように警戒しないでいただきたい。いささかの行き違いがあったようですが、私は貴方様を歓迎しているのです。

 ただ、私の望むままに食糧を出していただければよい。 

 そうすれば、村の安全は保障いたしましょう」

「……」

「さて――誤解を解くには、食事でもどうでしょうか聖女殿。

 卓を囲み食事をして酒でも酌み交わせば、誤解など簡単に氷解するものです。

 おい、聖女様を食卓へと案内しろ」

「はっ」


 兵士の一人が、フィーメ様たちを連れて行った。



「さて、では――」


 領主は私を見る。

 嫌な笑顔だ。


「アシュリー、お前も来い」

「なぜ……」

「保険だよ」


 私は領主に連れられ、食卓へと向かった。

 鎖を外される。

 だが、決して自由というわけではない。

 領主との位置は離れていて、その側には兵士たち二人ほど、領主を守っている。

 これでは、動いたところですぐに取り押さえられるだけだろう。


 私と、領主と、フィーメ様、カイル殿、兵士長サーボと兵士五名。

 それが食堂にいる全員だ。

 

 テーブルの上には豪華な料理が並ぶ。


「まずは乾杯だな」


 領主はワインの入ったグラスを掲げる。


「アシュレイ、お前もだ」


 私はそれを受け取る。


「何に対しての祝杯か知らぬが、受け取っておこう」

「はは……強がるねえ。まあいい、飲めよ」


 領主は言うと、自分のグラスを傾けた。


「……頂戴しよう」


 私もそれを飲み干す。

 ……不味いな。高級な酒なのだろうが、村で振る舞われた安酒のほうが何倍も美味だった。


 だが領主は満足そうにしている。


「聖女様は、お飲みにならないのですかな?」

「……いい。お酒は嫌い」


 村では樽ごと飲んでいたと記憶しているが。

 それはもうすごい飲みっぷりだった。


「さようですか。もったいないですあ。

 さて――そろそろ本題に入るとするいたしましょうか」


 グラスをかかげ、領主は言う。


「先ほども言いましたが、聖女様には、そのオーグツ神のお力で、困窮した我が領地に食料の恵みを、いただきたいのです。

 了承していただけたなら、オーグツ神の神殿を建て、広く布教することを約束いたしましょう。国王陛下にもとりなしましょう。

 なにせ国難を救った英雄となられる聖女様だ。

 カムアエルス神の勢力など追い落とし、国教となられるかもしれませんなあ」

「……貴様」


 私は歯噛みする。

 カムアエルス神の神官騎士であるわたしの前で何を。


 しかし領主はそんな私の怒りなど気にした風もなく、熱弁を振るい続けた。


「……なぜ、そこまで」

「なぜ? なぜですと?」


 領主は大仰に言う。


「私は、この国を愛しているのです。

 生まれ育ったこの国が、餓えて渇いて朽ちていくのが耐えられそうにない。

 そんな時に聖女様が現れた!

 ですが、現状を調べて驚きました、あなたはただ利用され、ひとつの村の利益のためだけに酷使されているではないてせすか!!」


 領主は涙ながらに言った。

 よく言う。


「ですから私は、あなたをここに迎えたのです、国のために公平にその力を使い、民を助けていただくために!!

 聖女様も、より多くの人々のためにその力を使い、神の威光を世にあまねく広めることこそが本懐のはずだ!

 違いますか!!」


 その言葉に対して、フィーメ様は静かに言った。


「……違う。私の力は、人々や世界のためにあるものじゃない」


「なん、ですと……?」


「……私の力は。

 カイルのため。

 私を救ってくれたカイルのためにこそ、私はこの力を使う」


 それは、私にとっても予想外の回答だった。

 ……まさか、新しく現れた、世を救うための食と豊穣の女神の巫女が、聖女が。

 たったひとりの男のためにしか、力を使わないと豪語するとは。


 ――ああ、虚偽看破の奇跡に頼らなくてもわかる。


 あの少女の眼差しは。

 本気だ。


 ――恋する少女の目ではないか。


 こんな状況なのに、思わず笑いがこぼれそうになった。

 ていうか、こぼれた。


「な、何がおかしい、アシュリー!」


「いや、すまない領主殿。私にとっても予想外の言葉だったのでね、つい。

 これは……困りましたな」


「ふ、ふん。ならば……村の責任者のその男でしたな。

 カイル殿だったか。

 貴殿が協力を約束してくれれば全てはうまくいくということだ。

 貴殿とて、ただの村の権力者程度で終わるつもりはあるまい。

 私に協力すれば地位も金も思いのままだぞ?

 愛するこの国を共に……」


「よく言う。

 愛しているのはこの国ではなく、自分とさの財産だろうに」


 返答したのは、彼ではなかった。

 兵士長のサーボだ。


 いや、だが。

 この声は……


「何だと? どういうつもりだ、サーボ。

 私に刃向かうつもりかね?」


 兵士長サーボ……ではないであろう、その男は立ち、領主に言った。


「そんなつもりはない。

 むしろ裏切ったのは貴公だろう?

 領主デュラルムート辺境伯。いや……

 デュラル・ミン・フォンガーベルク子爵と呼んだ方がいいかな」


「なっ……!?」


 領主の顔色が変わった。


「相変わらず浪費癖は激しいようだな。おかげで尻尾はつかみやすかったぞ。

 さて……」


 そして、兵士長サーボは、自分の首元に指を突き入れ、そして皮膚を引きはがした。


「っ……!?」


「俺の顔を見忘れたか? つれないじゃないか、子爵」


「貴様は……いや、あなたは……!」


 領主デュラルムートは、その名を言った。




「……カイル・アル・アシュバーン皇子!!」


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