第26話 悪逆皇子、村を焼き払う

「な――」


 騎士たち、領主の配下たちが狼狽する。

 村に火をつけたのは――彼らではない。

 俺の指示で、村人が火を放ったのだ。

 村の建物ではなく、畑に。


 俺たちが半年以上をかけて育てた、畑に。


「貴様ぁああああああああああああ!!!!」

「おや、火事ですなあ、困った困った」


 俺は平然と言う。

 燃えているなあ。


「お前たち、自分が何をしているかわかっているのか!!」

「もちろんだ」

「くそっ、消せ!!火を消せ!!!!!!」


 騎士たちが右往左往する。

 ああ。まるで逆だな。村人が畑に火をつけ、略奪に来た騎士たちがその炎を消そうとする。

 だが、それは仕方ない。


 何しろ――




「火をつける……ですと!?」

「ああ」

「なぜですか、もうすぐ収穫――」

「だからだ。もし領主の手の者たちが略奪に来たら、いっそ渡す前に盛大に燃やしてやれ。

 畑が燃え尽きたところで、村の建物には被害が出ないように配置してあるからな」

「しかしそれでは――」

「神は」


 俺は言う。


「この畑全ての収穫以上の作物を出すことができる。にも拘わらず村人たちに作らせるのは」

「我々が、自立し、人として生きていくためです」

「その通り。なら、村人が生きるためにした決断ならば、神はその補填はしてくれるさ。

 もちろん、それは最後の手段のひとつだ。だが、その時が来たら、決してためらうな」




 ……そういうことだ。


 連中は、村の食料を徴収しにきた。戦争の傷跡が癒えていない今、喉から手が出るほど欲しい宝の山と、金の卵を産む畑。


 それが燃え尽きようとしている。


「火を消せ!!」

「早く水を持ってこい!!」「ダメだ!!井戸の水はすでに……」「くっ……どうすればいいんだ!!」


 想定外のこの火事。

 そして、


「ぐわあっ!!」

「ぎやあっ!!」


 悲鳴が上がる。

 兵士の叫びたちだ。


「村から出て行け!!」

「クソどもが!!」


 村人たちが兵士に襲い掛かる。

 鍬や鋤、こん棒――ではなく、剣や槍を持ち、鉄の鎧に身を包んで。



「ば、バカな――どこにこんな兵士が」


「兵士ではない、村人だよ」


 出迎えたのが女子供と老人だけということに気づかなかったか?

 準備させていたのだ。

 武具は全て、食料の代金で買いとったものだ。


「な、なぜだ、なんで村人が武装を……」

「簡単なことですよ」


 俺は言う。


「彼らは、貴方方が攻めてくると予想していました。

そして戦うために、武器を集めていた」

「な……」

「貴方方は、村を乗っとるためにやってきた。

 村人たちは、自分達を守るために立ち上がった。それだけのことです」

「くっ……そんなはずは……」

「信じようと信じまいと、事実は変わらない。

 村人たちよ、彼らの命を奪え!!」

「うおおおっ!!」


 コランたちも奮闘する。

 そして。


「じ……獣人だと!?」


 兵士がルゥムの姿を見て驚く。

 ルゥムは兵士を次々となぎ倒していく。


 ルゥムだけではない。


「がっはぁー!! 俺の義妹や義弟に喧嘩うったバカはどいつだコラぁー!!}

「恩返しじゃあー!!」

「ぶっ潰して宴会すっぞー!!」



 ルゥムの村の獣人たちだ。

 間に合ったか。なんとも心強い援軍だ。


 獣人たち、村人たちが兵士たちをなぎ倒していく。



「ちくしょう……畜生!!」


 神殿騎士の一人が、剣を捨てた。確かダンと言ったか。


「頼む、俺たちは領主に騙されて――だから」

「だまれ!!」


 コランが、裏切者の神殿騎士の首を撥ねる。

 ――これが、神に逆らった者の末路、ということか。参考になるよ。

 俺はフィーメを裏切らないようにしないとな。


「こ、こんな……馬鹿な」


 兵士たちを率いていた領主の使いが狼狽する。

 すでに大勢は決した。


「き、貴様、こんなことをしてどうなると」

「それはこちらの台詞ですよ、遣い殿」


 俺は這いつくばった領主の遣いに言う。


「神殿騎士アシュレイを害し、その死をもてあそび、なり変わり神殿の威を騙る。

 神殿騎士、コランとアメリアの二人が証人だ。

 さて、まずいことになったな?」

「ぐっ……ゆ、許してください、仕方なかったんです、命令されて……!!」


 必死に命乞いをする。


「わ、私はただの伝令だったんです、本当なんです!!お願いします、どうか命だけは……」

「そうか」


 俺は剣を鞘におさめて言う。


「まあ、別に俺は村を守りたかっただけですからな。

 皆殺しにしてしまう趣味は無い。

 村の財産である麦畑を燃やした罪は、そこで倒れている兵士たちで充分だろう」

「いや、それはお前が……」

「ん?」

「いえ、なんでもありません……」

「そうか。だが、アシュレイを殺したぶんの贖いは……」

「い、いえ……あの神殿騎士アシュレイは、し、死んではいません」

「……ほう?」

「わ、私も仔細は……しかし領主様、いや領主デュラルムードが、殺してはいないと」

「なるほど」


 俺の仕入れた話通りなら、奴のやりそうなことだ。


 大方、替え玉を用意しようとした時に気づいたのだろう。

 だから、殺さずにいる。


 なら、助ける事も出来るということだ。


 助けた方が後々利用できるしな。カムアエルス神殿に恩も売れる。


「お前には証人になってもらおう。なぁに、本当にただ命令されて行っただけなら、神殿での裁判でも罪は軽いだろうさ」


 本当に、命じられて仕方なく無理矢理、だったらの話だがな。



「そ、そんな……」

「さて、他の生き残りは……」


 俺は辺りを見回す。


「……ざっと15人か」

「はい」


 ルゥムが答える。


「村人に被害は」


 神殿騎士アメリアが答える。


「けが人はいますが、死者はいません。――完全勝利です」

「法の神カムアエルスと、豊穣の神オーグツの加護だな」

「はい……」

「なら、これで終わりだ」

「おお……」

「やった……」


 村人たちが喜び合う。


「おーい」


 そこに、一人の男が駆け寄ってくる。


「おお、村長さん」

「いやあ、大変じゃったのう」

「まったくだ。でもまあ、なんとかなったぜ」

「ああ。あんたらのおかげだ」

「いやいや、ワシらは何も……。全部、神のご意思だよ」

「そうだな。

 神は、我らを見守っていてくれる」


 そして俺は振り返り、言った。




「我々の――勝利だ!!」


「おおぉ!!」


 村人たちの歓声が上がった。


「さて――」


 領主の使いに、俺は言う。


「働いてもらうぞ」


「くっ――」

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