第五章 悪逆皇子と悪徳領主 編

第25話 悪逆皇子、神殿騎士に裏切られる

「では。我々は一度、街へと帰還いたします」


 アシュレイたちは、神殿に子細を報告するために一度帰還するということになった。

 もちろん、全員がこの村からいなくなれば防衛の面で不安が残るので、六人のうち、二人ほど村に残る事になった。


「色よい返事を期待していますよ」

「ええ。報告書を見れば、神殿長もお認めになられるでしょう。

 敬虔な神の使徒であるなら、そして損得と道理を正しく判断出来る者ならば、オーグツ神とその使徒の行いを認めないわけにはいきません。

 神殿長も、道理のわかるお方だ」

「でしょうね。そうでなければ、アシュレイ殿が叩き斬っていそうだ」

「貴殿は私を何だと思っているのですか」

「正しき、神の使徒と」

「……まあよいでしょう。

 では、カイル殿。

 フィーメ様、ルゥム殿。

 また後ほど」

「……うん」

「はい」

「また今度!」


 そして、神殿騎士アシュレイは、街へと戻っていった。




「カイル様。そういえば街への買い出しもあったのでは?」


 テリーヌが言う。

 確かに、当初の予定ではそうだった。

 だが……


「いや、今はちょっと予定を変えようと思ってな」


 俺はそう答える。


「麦を育て始めて半年。だいぶ実ってきましたしね。いろいろと準備もせねばなりません」

「ええ、本当に……」


 村長は目を細めて言う。


「戦争と飢饉で、ただ枯れ果てるのを待つだけだったこの村、いえこの地域一帯がよくぞここまで……」

「すべては、神の恵みと、そしてあなたたち自身の努力です。

 本当に、素晴らしい」


 そう。素晴らしいのだ。

 だからこそ――注意せねばならない。


 考えられる手は、打っておかねばな。







***


 そして、村にアシュレイ様達が戻ってきたのは、一週間後だった。

 ただ、そこには四人の神殿騎士だけではなかった。

 兵士が三十人。

 そしてそれを率いている身なりのいい男だった。


「我々は領主デュラルムード・テュレイン辺境伯の使いである!!」


 そう、アシュレイの前に偉そうに立つ男が叫ぶ。

 ああ、その名前は知っている。

 ラオ様からも聞いた、この地域の領主だ。城塞都市にも、屋敷を持っている。


「これはこれは、領主様の使いの方々。このような辺鄙な村へと遙々ようこそ、おいでくださいました」


 俺はへりくだって挨拶をする。



「貴様がカイルとかいう者か。

 この村を復興させたとういう男か、大儀である」


 領主の使いだという男は尊大に言った。


「我々がわざわざ来たのは他でもない! その働きに報いるためだ!!」

「それはそれは……ありがたいことでございます」

「うむ。そして貴様には……」


 神殿騎士たちが剣に手をかける。


「褒美として、この村の全てを寄越してもらう」


 ………。

 なるほどそう来たか。というか文脈が成り立っていない。


「それは……どういう意味でしょうか?」

「言葉の通りの意味だ!! この村は、元々我らが領地のものである。

 それが復興した今、再び貴様らは我らが領民となれる栄養を得たのだ。

 ああ、今まで滞納していた税はすべて納めてもらうぞ、利子を含めてな」

「……なんですと?」

「聞こえなかったか? もう一度言ってやる。

 この村を渡せば、貴様は我々の領民となるのだ。喜べ。その名誉が褒美である」


 ……ふぅん。そうか。

 貴族というものは、やはりこういうものだ。本当に、嫌いだ。


「……よろしいのですか?」

「何がだ?」

「私は、貴方がたに恩義があります。ですから、貴方がたの頼みとあれば、多少の無茶でも聞きましょう。

 ですが――」


 俺はゆっくりと立ち上がる。


「ああ、それでは私には何の利益もないではありませんか!

 貴方がたの望みを叶えるために、この村を渡すなどというのは到底受け入れられない話です」

「ふんっ。威勢だけは一人前か。まあいい。

 おい、やれ」

「はい」


 我が友である神殿騎士アシュレイ様が剣を抜き、俺に突きつける。


「どういうことですかな」

「決まっている。私の調べたことを全て報告した結果だ。

 この村は邪神の手のものによって支配されてしまった」

「……なんだ、と」

「私達が来た理由もそれだ。奴らの企みを打ち砕くために、こうしてやってきた」

「そんな……」

「どういうことですか!!」


 村人たちが抗議の声をあげる。当然だろう。この村が邪神に操られているなどと、誰が信じられるというのか。

 あれだけ共に頑張っていた神殿騎士の、この裏切りに、村人たちは動揺と怒りを隠しきれない。



「いい加減にしろ!! この者達は、邪神の使徒なのだ!! その証拠がこの村で起こっている異変ではないか!?

 この村で起きている変化は、全てこの者どもの仕業だ」


「……残念だ」


 俺はつぶやく。


「それは我らの台詞だよ、家畜ども。

 お前らとは、仲良くやっていけると思っていたのだがな」

「よく言う。最初からそういうつもりだっただろうに」


 俺は剣を抜く。


「だが、こうなってしまっては仕方がない」

「覚悟を決めろ、カイル殿」


 アシュレイもまた、剣を構えた。


「神の名を騙る、邪教徒め。罪を嘆いて死ぬがよい」

「貴様……そこまで堕ちたか!! アシュレイ!!」

「貴様が言うなよ、屑が!!」


 俺とアシュレイは同時に踏み込み、刃をぶつけ合う。

 激しい金属音が響き渡る。


「お前が俺達の敵になるというのなら、容赦はしない!!」


 俺は一歩下がり、構え直す。


「ならば、村を守るためにも――こちらも全力をもって応じるまでだ!!」

「かかってこい、邪教徒ォ!!」


 笑い、叫ぶアシュレイ。

 そのアシュレイの背中を、剣が貫く。


「な――に?」


 俺、いや私ではない、本物の――カイル様の手によって。




***


「なん……だと」


 背中から貫かれた神殿騎士が血を吐く。

 ああ、ここまで思い通りに行くとはな。


「そいつは俺じゃない」


 帝国流変装術によって、俺に化けたテリーヌだ。

 流石は俺を探ろうとしているスパイだけあって、演技も見事じゃないか。


「まあ、変装はおあいこという事だ」


「どういうことだ?」


 俺の顔をしたテリーヌが言う。口調はまだそっちのままか。

 

「なあに、こいつはわが友、神殿騎士のアシュレイではない」


 息絶えた神騎士から、剣を引き抜く。


「うまく化けたつもりだろうが、男の仕草そのものすぎたな。アシュレイは頑張っていたがなり切れていなかったぞ、男に」

「え……?」

「アシュレイは、女だった」


 帝国流観察術で簡単にわかっった。


「ああ、たしかにそんな匂いしてました」


 ルゥムも気づいていたか。


「変装していたということは、やはりアシュレイは」


 俺の敵には回らなかった。そして、それが領主には都合が掘るかったと言う事か。


「裏切者はお前か」


 神殿騎士の一人に俺は言う。

 リドル……といったか。


「なぜだ!! なぜ、裏切った!!」


 コランが叫ぶ。


「このような……神の道に背く行為だぞ!! アシュレイ様を……」

「ふん、バカが。神の道など知ったことかよ」

「なんだと……」

「よくあることだ」


 俺はコランに言う。


「神の説く正義や慈愛よりも己の欲こそ全て。そういう腐った自称神官は多い。

 君やアシュレイは違うようだが……神の道を口にする者全てが正しいとは限らない。

 虚偽看破の奇跡を欺く技術もいくらでもある」

「そんな……」

「これが現実だ。だが、重ねて言おう、君たちは違う。ならばそれが真実だ。それを誇れ、神の使徒よ」

「…………はい」

「さて」


 俺は彼らに向かう。


「どうする」

「ふっ……ふはははは!それはこちらの台詞だ」

「ほう」

「こちらには神殿騎士八名、領主の兵士が八十名だ!!

 だが貴様らは戦えるものがそこの馬鹿神殿騎士二人程度だろう?」


 コランとアメリアを、リドルは見て笑う。


「なるほど」


 確かに戦力差は大きい。


「ならば、貴様は降伏すべきだ。大人しく従えば命までは取らん」

「それは寛大な言葉ですな」


 まあ、口だけだろうが。


「しかし、それは我々に家畜になれ――そう言っているも同じでしょう」

「当然だ」

「ならば従ういわれはない。知っていますか、人は食べ物が無くても、耐えられる。生きていける。

しかし誇りを失えば、それは生きていると言わない、死んでいないだけなのです」


「何を言っている?」


「だから我々は――こうするのです」




 そして、火の手が村に上がった。

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