第24話 悪逆皇子、裸の付き合いをする




「ふう」


 三時間ほどたっただろうか。


 村人連中が入れ替わり風呂を堪能とした後、ようやく風呂はがらんと貸し切り状態になった。

 数十人以上の男達が入れ替わり入った風呂、ふつうの貴族や皇族ならとても入る気にはならんだろうが……

 だが最底辺を生きた俺は一向に苦にならん。

 一か月以上も風呂に入れなかった時期に比べればな。


 そもそも、もともとこの湯は、村人には黙っているが聖水と呼ばれるたぐいのものだ。ちょっとやそっとではそこまで汚くはならんし、循環もさせているからな。


「ふう」


 声を上げる。

 やはり、ゆっくりと足を伸ばし、静かに入る湯はよいものだ。


「しかし、順調だな……恐ろしいぐらいだ」


 村の発展は進んでいる。

 フィーメの出す食料の販売経路も確保出来、金の問題は無い。

 神殿から監視に来た連中も、見事に落ちた。


「本当ですねー。このまま行けばカイル様の復讐も成功するかもですね」


 ルゥムが言う。


「バカを言うな。俺はそのもりはない……って」


 ちょっと待て。


「なぜここにいるルゥム!? 男女で別に分けているはずだぞ!!」

「でも、大丈夫です。ちゃんとカイル様貸し切りと張っておきましたから」

「そういう問題じゃない」


 何を考えているんだ。


「復讐……を考えていたの?」


 フィーメが言う。

 ……お前も来ているのか。


「考えてない」


 テリーヌが来ていない事を確認して、俺は言ってのける。

 テリーヌには、俺の本当の出自は話していないからな。


「……罠にはめられ貶められ、悪逆皇子の名を着せられ、婚約破棄され、処刑のため投獄。

 なるほど、普通なら恨みに思い、復讐を誓うだろう。

 だが……俺はな、兄上に敗北したのだよ。それはもう、見事にな」


 自嘲する。

 ああ、あの流れは完璧だった。俺の一歩も二歩も先を読み、手を打っていた。

 婚約者については、まあどうでもいいが。


「敗者には、敗者の矜持がある。

 ……と言っても、処刑から逃げ出した時点で説得力はないが……


 今更復讐して何になると言うのだ。帝国に戻り、民衆を煽動して血を流し、兄上や元婚約者の首を取れと?

 くだらんな。そんなことよりも拾った命をどう活かし、余生を過ごすか打。幸いにも、この村に留まれば悠々自適の楽しい生活が――」


「嘘」


 俺の言葉を、フィーメが遮った。


「……なぜ、そう思う」

「恨みは、消えないから」

「……それは、自分のことか?」


 驚いたな。

 人畜無害のように見える、俺や村人達のために食料を与え続ける慈悲深い女神様が、そういうことを言うとはな。


「……私だって、思う。

 理不尽だ、って。

 私の力を知っていた神々もいた。なのになんで、って」

「……」


 俺は黙って耳を傾ける。



「……なんでこんな力を持って生まれたのか。

 なんで、誰も助けてくれなかったのか。

 なんで、なんで、なんでなんでなんで。

 この世界で、新しく生きる目的を見つけても、それでも――

 私の中には、ずっとある。

 くやしいって。理不尽だって。そんな思いが。

 だから――」


「女神であるフィーメ様でもそうなのに、人間であるカイル様がそんなにあっさりと、過去を水に流せるはずがない。

 というかんじですか?」

「……うん、ルゥム。

 なので、カイルは嘘をついている。

 それが何故、なのかは知らないけど……もし」

「馬鹿馬鹿しい」


 今度は、俺がフィーメの言葉を遮った。


「俺はな、帝国で教わってきた。感情に流されて動くのは、愚か者だとな。それは正しいと思っているよ。

 だから俺は今、生きている。


 怒りにまかせた自暴自棄の復讐ではなく、生き延びる事を選び、手を打った。

 取引をし、犠牲を払いながらもこうして生き延びた。

 ルゥムという便利な道具、フィーメという便利な女神もここにある。

 だから、利害と計算で俺は行動する。それが最善だからだ。何度も言わせるな」


 俺は言い放った。

 これは事実だ。事実に決まっている。

 一時の感情に動かされ大局を見失うほど、おろかな事はない。


「私、道具なんですね……」

「そうだ」

「えへへ」

「ルゥムそこ喜ぶ所?」


 フィーメが突っ込む。俺もその通りだと思う。

 もはや完全に駄犬だ。

 だが、あの時、俺に見せたあの眼光を俺は忘れていない。

 こいつは、本質は道具でも奴隷でも家畜でもない。


 決して飼い慣らせぬ、餓えた狼だ。


 今も、俺を利用しているに過ぎないだろう。だがそれでいい。



「この村も、村人達も道具なんですか?」

「ああそうだ。俺が快適に暮らすための道具にすぎん」

「それは……素敵ですね」

「そう……?」


 フィーメが突っ込む。俺もその通りだと思う。


「自分が快適に過ごすために努力して作り、改良していった道具。

 それはとても大切なもので、簡単に手放したりしないものじゃないですか」

「ああ、なるほど」


 ルゥムの言葉に、フィーメが納得したという感じで笑う。

 ……違う。

 俺は常に損得と計算で動く。いざとなれば平気で大切なものを捨てられる、そういう人間だ。


「どうにもお前等は、俺を過大評価しすぎている気がするが。俺はそんな善人ではないぞ」

「はい、わかってます」

「……うん。カイル、ど悪党」


 ……。

 くそ、なんかむかつくなこいつら。


「ただの善人で収まる器ではない、聖人レベルと言ったところだがな」

「はい。その通りですカイル様」

「うん。カイル、超聖人」


 ……。

 もうまともに相手するのはやめよう。


 俺は黙って、湯に体を沈めた。

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