第23話 悪逆皇子、村に浴場を作る

「人を疑うって、本当につらいんですよこっちも!!」


 酒が入ったアシュレイが叫ぶ。

 彼の配下たちも、うんうんと頷いていた。


「近づいただけで「あっこいつ俺たちを疑ってるな」って顔で見られるつらさ、疎外感わかりますか!」

「いえ……すみません」


 そもそも俺の生きてきた環境では相手を疑うことが当たり前だったから、疑われてつらいとかいうのは……まあ、頭ではわかるが。


「その点この村はいい……我々を暖かく迎え入れてくれました」

「うですねもアシュレイ様、ほんとうにありがたかった」

「私たちはどこに行っても嫌われますからなあ……」


 帝国でも確かに嫌われていたが、王国でもそうなのか。

 大変だな。


「だから旅芸人に扮していたのですか」

「ええ。旅芸人として振る舞っていたらみんな笑ってくるるんです」


 アシュレイたちは言う。

 なるぼど、ストレスたまるのだな、カムアエルスの使徒というのも。

 芸に打ち込むのもストレス解消の手段か。


「俺ぁー、この村を守るぞぉー!!」

「ったりまえだあ!!」


 神官達が言う。

 彼らも完全に落ちたようだ。無理もない。俺のプラン通りだ。

 村人たちには、彼らには悪意も敵意もなく、新しい神を見極めるために来ただけであり、圧制し支配しようとしているわけではないのだと説明しておいた。

 村人達に腹芸は出来ないだろう。出来る者もいるが、カムアエルス神の奇跡の前には通用しない。

 なら、「彼らは村を認めている、認めようとしている」と教え込むことで、村人達も神官を受け入れる土壌を作る。

 帝国流説得術にかかれば造作はない。

 普段から嫌われる法と裁きの使徒達、彼らが温かい食事と優しい態度で受け入れられたらどうなるか。


 北風と太陽というヤツだ。人間である以上、やがて情にほだされる。


 ――これでいい。


 カムアエルス神殿騎士六名、すべて手中に収めたも同然だ。





「……とは、まだ言えないがな」


 自室で俺は言う。

 そう、まだ完璧ではない。


「そうなんですか?」


 ルゥムが言って来る。


「お前にもわかるだろう。奴らは決して一枚岩ではないからな」


 そうであれば、随分と楽だったのだが。


「しかし、もう連中は見張っていないようだ。

 さっきの様子からもわかるが、彼らも気を張っていたようだ。

 神々の世界というのも大変だ」

「私は……この世界の神々とは、まだ会ってない。

 いずれ、会いたい」


 フィーメが言う。

 彼女からしても、同類は気になるだろう。


「そのうち会えるだろうさ。

 神は実在するのだから、な」


 帝国では、神とは人格もない、力の擬人化でしかないと主張する一派もいるが。恐るべき事に、神殿勢力にもだ。そしてそういう者も奇跡を使える。

 神とは心が広いのか無頓着なのか、それとも……彼らが言うように、人格も意識もない、力そのものなのか。


 だが、目の前には人格を持った女神が実在する。それは確かだ。

 ならば、存在するのだろう。


「……ちょと、罪悪感、あるけど」

「ああ……あの手品か。

 騙していることは仕方ないさ。 

 まだまだ、口や尻から食べ物を出すというのは余人には理解できない。

 人間とはそういうものだ。

 理解して認めるのは俺とルゥムだけだろうさ」

「……うん」

 フィーメは目を閉じ、俺の肩に頭を預ける。


「……少し、怖い。

 また、知られてしまったら……」


「もしそうなったら」


 俺はフィーメの肩を抱いて言う。


「俺と、ルゥムが守るさ、女神様。

 そしてまた、別の場所でやり直すだけだ。

 命と意志さえ残っていれば、どこでだろうと、何度だろうと、やり直すことは出来る」

「そうです、フィーメ様。

 私の村を救ってくださった恩は一生かけて返します!」


「……うん」


 その言葉を聞いて、フィーメは黙って微笑んだ。




***


「神殿の公衆浴場が出来ました」


 村長が言う。俺は持っていたコップを落とした。


「なん――だと」


 完成したか。


 皇子としての暮らしに未練は無かったが、しかし「足を伸ばせる広い風呂」だけはどうにも未練があった。

 街には公衆浴場があったが、この村には無い。村人の入浴は、精々が湯で濡らした布で体を拭く、程度だったのだ。ここでは水は貴重である。もっとも、俺たちが来てから、水に困ることは無いが、それでも使い放題というわけではない。


 それに、湯を涌かすのにも燃料がいる。

 そしてフィーメが出せるのはあくまでも食料だ。食用の脂は、燃料には中々使いづらい。


 無いなら――買うしかない。


 そこで、フィーメの食料を高く売れるようになった今、街から燃料を買い付けたのだ。


 そう、火の魔石だ。


 魔物や鉱山から取れる魔石は、基本として無属性である。

 だが、そこに魔術処理を行えば、属性を付与する事が出来る。


 帝国でも使っていたが便利なものだ。細かい火加減が出来ないので、手の込んだ調理に使うには少し難があるが――

 暖を取ったり湯を沸かすには丁度いいのだ。


 もっとも、魔石には欠点もある。

 発動させるためには、魔力が必要なのだ。魔石は魔力を内蔵しているが、それを発動させるためには魔力がいる。

 たとえるなら、どれだけ薪や炭があろうと、火打ち石で火をつけねば燃えないのと同じである。

 だが、テリーヌという魔術師や、ルゥムという獣人がいる。ルゥムは魔力を持っている。なので火の魔石は使用可能である。

 

 これがあれば――大きな風呂が出来るのだ!!


 もちろん、帝国にいた時のように、あるいは街の公衆浴場のように毎日は無理だろうが――

 週に一度や二度ならば可能だ。

 水はフィーメが吐き出せばよいのだからな。


 ということで、商会に相談し、村に大浴場を作る事にしたのだ。



「そうか、完成したか」

「はい。カイル様に一番風呂を是非に」

「いや――そうだな、ありがたくその栄誉はいただくが、しかし独り占めするわけにもいくまい。

 皆で入ろうではないか」

「――はい」


 そうして、神殿に風呂が誕生した。





「いやぁ、カイル様見てください! この筋肉!


 村の男衆が、鍛えた肉体を誇示する。


「ふむ、ずいぶんと太くなったな。

 俺が来た時は、みな骨と皮だけだったが」

「栄養が! 違いますからね!」


 まあ、肉も魚も穀物も豊富な上に、農作業や建設などに従事しているのだ、そりゃ鍛えられるだろう。

 たが、この村の名物が筋肉なる展開は回避したいものだ。


「いや、すごいですね」


 神殿騎士の一人が言う。

 名前はコランだったか。騎士の中では最年少の少年だ。

 童顔に似合わず、体は引き締まっているのはやはり神殿騎士というべきか。


「何がだ」

「いえ、この村に来てからずっと、村の発展ぶりを見ていたものですから」

「ああ」


 確かに、この村は変わっていった。

 まず、この村の住人が増えた。

 そして、その者たちは、農業や建築などに携わっている。

 さらに、家畜も増えている。

 また、家畜が増えれば、それを養うための食料が必要になる。当然、その食料を得るためにも畑が必要だ。

 そして畑を作るためにも、肥料が必要になってくる。

 そうすると、肥料を買う金が必要となる。

 だが、家畜が育ち、増えていけば、家畜のための餌代がかかる。

 つまり――どんどんと出費が増えているのだ。

 だが、そのおかげで、村人は少しずつだが元気になっている。


 すこしと言うか、みるみるうちに。


「正直、ここまで復興し発展するなど、俺たちは思ってませんでした」


 コランは言う。


「もしかしたら――」

「ん?」

「この国を救えるのは、あなたかもしれない。そんな気が、します」

「――馬鹿な」


 俺には、国を救う気など無い。いや、その力も無いだろう。


「俺は所詮は流れ者だ。自分が生きるのに必死なだけだ。

 この国をよくしたいなら、そういう志を持った人間が自分の力でやるべきだ」

「そう……かもしれませんが」

「だいたごぶっ!?」


 最後まで台詞を言えなかった。

 後ろから、村の子供達が突進して激突してきたのだ。


「こら! 風呂で遊ぶなとは言わんが走るな!!」

「ごめんなさーいカイルさまー!!」

「ったく、ガキどもが……これだから子供は嫌いなんだ」

「に、しては笑顔ですねカイル殿」

「気のせいだ。風呂が出来て、俺自身浮かれているだけにすぎん」


 断言した。俺は湯船からあがる。


「もう、あがるのですか」

「むくつけき筋肉農夫や騒がしい子供達、理想を押しつけてくる神官どもと一緒ではゆっくりのんびりできんからな。あとで静かになった時にでもゆっくりと入るさ」

「それはすみませんでした」


 コランは笑う。皮肉が通じていないのか、受け流しているのか。

 まあ俺も別に本気で怒っているわけではないが。




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