第22話 悪逆皇子、神殿騎士を落とす

「魔物が現れた、だと」


 村へと戻って数日。魔物襲来の報せが届いた。


「はい、外に……」

「そうか」


 危惧していたことではある。

 あのすべてを喰っていた神獣シシガミがいたせいで、ほかの魔獣はこなかった。

 そのシシガミがいなくなった以上――余所から流れてくる可能性は十分にあったのだ。


「数は?」

「正確な数は不明ですが……少なくとも20体は超えるかと」


 20か。

 正直、多いな。


「何の魔物だ?」

「オークの群れですね」


 オーク。豚の頭を持つ人型の魔物だ。

 身長は2メートルほどあり、筋骨隆々とした巨体に似合わぬ俊敏さを持っている。

 さらに、武器の扱いに長けており、粗末な剣や棍棒を振るう程度ならまだしも、魔法まで使う奴もいる。

 知能はさほど高くないが、それでも文化を持ち言葉もしゃべる。

 繁殖能力が高く、集団で行動し、人間の女性を襲う。

 その性質から、亜人のカテゴリからは外されているが、厄介な連中だ。


「神獣がいなくなり、脅威が失せたと外から入り込んできたか。しかしオークか……」

「何か問題でも?」


 村長の疑問に、俺は答える。


「いや、喰えないなと思ってな」

「まあ、確かに」


 流石に人間のような二足歩行で、知能があり喋る魔者は、食べるのは抵抗がある。


「……なぜ」


 フィーメが首をかしげる。

 いや、なんでって。

 ……さすが女神だな。ワイルドだ。まあそれはともかく。


「この村の戦力は?」

「まともに戦える村人が十五人です」

「そこに神殿騎士六名、こないだやってきた冒険者四名……あとはルゥムとテリーヌか」

「はい」

「まあ、なんとかなるか」


 最悪でも、戦っている間に村人は逃げ出せるだろう。


「俺も出る。案内してくれ」

「わかりました」


 俺は服を着替え、村へと向かうことにした。



「来たぞ!」

「あれは……オークだ!!」


 村の入り口付近に、武装した村人達が陣取っている。


「全員でかかる! 絶対に村に入れるなよ!!」


 神殿騎士のリーダーであるアシュレイの声が響く。

 おおー、と男達が気勢を上げた。


「どうやら、俺の出番は無さそうだな」

「いえ……カイル様は指揮をお願いします。神獣を退治したというあの」


 テリーヌが期待を込めた目で言ってくる。


「俺はほとんど何もやっていないんだがな……まあいい」


 一歩出る。

 俺は弱いが、しかしなんとかなるだろう。

 俺は号令をかける。


「オークは頭が悪い。いいか、気合い負けするな、声を上げろ、音をならせ!!」

「はい!!」

「おお!!」



 男達の雄叫びが響いた。


 そして、戦いが始まった。


「ブオオオオオオオオオオオオ!!!」


 オークたちが走ってくる。

 それを迎え撃つ先陣に立つのは、鎧で身を固めた神殿騎士たちだ。

 だが……


 俺の隣で、ガリッ、と何かをかみ砕く音が聞こえる。

 ルゥムが、魔石をかみ砕いた音だ。


「はああああああああっ!!」


 ルゥムの体から魔力がほとばしる。

 彼女は、地面を蹴った。

 走る。走る。走り抜ける。

 その姿はまるで風のようだ。


「オォアァッ!!!」


 ルゥムの爪が、一匹のオークの顔面を捉える。

 鈍い衝撃とともにオークが吹っ飛ぶ。


「……凄いな」


 一撃で倒している。明らかに身体能力が増加されていた。

 ルゥムたち、狼の獣人は魔力を持っていた。

 さらに魔石を食べる事で、それを増加させたのだ。

 ちなみに、魔力持ちの人間が魔石をかみ砕いて食べても、そんな現象は起きない。獣人の特質なのだろうか。それとも……

 今度、他の獣人で実験してみる必要があるな。

 同じ村から売られた獣人の奴隷がまだ街に残っていれば実験に使わせてもらおう。


「彼女に負けるな!!」


 神官騎士たちも突進する。


「うおぉぁあっ!!!」


 一人が剣を振りかぶる。

 オークがそれを棍棒で受け止めた。

 が、次の瞬間には首が飛んでいる。


「すげぇ……」

「いけるぞ」

「このまま押し込めば勝てる」


 男たちの士気が上がる。


「うおぉおおっ」

「オアァアッ」


 オークも必死だ。奴らも餓えているのだろう。

 こちらを押し返そうと、腕に力を入れている。


「よし、みんな行くぞ!!」


 アシュレイが叫ぶ。一気に勝負を決めるつもりらしい。


「オォオオオッ!!!」


 一斉にオークへと殺到した。




「ふう……」


 戦闘が終わり、息をつく。


「魔物は倒したぞ」

「オーグツ神と、カムアエルス神の加護のおかげだ!!」

「うおおおお!!!」


 勝鬨をあげる。村人たちは大いに声を上げた。

 犠牲者は出ていない。まずまずだ。


「大丈夫ですか? カイル様」

「ああ、俺は問題無い」


 ルゥムが駆け寄ってきた。


「おなかすきましたぁ」


 魔石を食ってのブーストは、腹が減るらしい。

 フィーメに何か出してもらうか、と思い、俺はルゥムに尋ねた。


「フィーメはどうした?」

「フィーメ様なら……」


 ルゥムが指した方向には、


「……」


 オークの死体を眺めているフィーメが。


 傍目には、魔物とはいえ命が失われた事を悲しみ、悼んでいるように見えるのだろう。

 なにせフィーメは女神の遣わした、心優しい巫女なのだ。


 俺は黙ってフィーメの傍にたち、耳元にそっとささやいた。





「食うなよ」


 フィーメの瞳が、悲しそうに潤んだ。





 その夜。


 村の防衛を祝う宴が開かれた。


 そして、この村の宴と言えば――


 オーグツ神の巫女、聖女フィーメの奇跡の実演だ。

 フィーメはもはや、聖女の名で呼ばれるようになっていた。


 ちょうどいい。そろそろ勝負を仕掛ける頃合いか。

 連中もいい加減、見極めたいだろうしな。

 この宴を利用させてもらおう。

 



「聖女フィーメ様、ご入来!」


 白いローブに身を包んだフィーメが神殿から、石畳の道を歩き、舞台へと進む。


 ……神々しく、美しい。


 村人たちも息をのんでいる。


 舞台へと立ったフィーメは、村人たちの見守る中、ひざまづいて両手を顔の前で組む。

 祈りを捧げる姿だ。


「おお……」


 そして、空から光が降り注ぐ。

 雲の隙間から差し込む月光がフィーメを照らす。


 フィーメの全身が淡い燐光を発し、そして、その組み合わせた手から。


 さらさら……


 ざぁ……


 ――と、穀物が流れ出した。


 麦だ。



「これは――」


 村人たちは知っている光景だが、アシュレイはたちは初めて見る。

 何もないところから、食料を生み出す、オーグツ神の奇跡だ。



「フィーメが、オーグツ神の力で、食料を出したのです」


 嘘はやはり一言も言っていない。


「あれだけのもの、隠し持てるはずはない。それは確認したでしょう」

「ああ――確かに」


 アシュレイたちは、祭事の前に念入りにボディチェックをした。

 女性神官だけが立ち合い、フィーメを全裸にして調べた。どの穴にも何も隠していないと。

 フィーメ本人もなにも隠し持っていないと、虚偽看破の奇跡の前で誓言した。


 ……にもかかわらず、これだ。

 信じざるをえないだろう。


 そうこうしているうちに、フィーメは顔の前で組んだ手から、次は鶏を出していた。

 手品のようにも見えるが、手品ではない。

 ある意味では手品だが。


 パームという、手品の技術がある。 

 例えば掌に何もない、しかし手をくるくると返すと、掌の上にカードや花が現れる。

 それは手の甲に、カードや花を隠すと言う技術だ。

 いうだけは簡単だが、実際に使いこなすには鍛錬が必要な技術である。


 フィーメが使ったのも似たような技術だ。

 マウスパーム。

 口に物を含み、見ているものの意識の外れたタイミングで一瞬で吐き出し、手に出すというものだ。

 顔の前で組んだ手を使えば、普通のパームよりも簡単である。ある意味、誰でも出来る。

 だが、そんなシンプルな手品ほど、誰も見破れないものだ。それが人間の心理というものだ。


 ましてや、口から生きた鶏が何羽も出てくるなど、どういうトリックで出来るというのだ?


「魚も、果物も野菜も出せますよ」

「信じられない……」


 呆然とするアシュレイ。

 フィーメの近くに控えていた村の女性たちが、鶏を次々と締めていく。


「でしょう。私も最初に見たときは信じられなかった。ですが事実であり、真実です。

 神の力により、食物を出すことが出来る。

 ――無限に、とはいきませんが」

「神の奇跡である以上、人々の信仰心が必要というわけですね」

「ええ。流石は本職、お詳しい。

 それが神の奇跡の力の源であるのは、どの神でも同じです」

「……」


 アシュレイはフィーメを見ている。


 その視線に、変化が訪れているように感じたのは俺の気のせいだろうか。

 疑問と追求ではなく――


 そして、フィーメの周囲に集まっている人たちの顔を見るアシュレイの顔は……少しだけ、笑っていた。



 ――落ちたか?


 そうだ認めろ。認めてしまえ。ここにいるのは、神の奇跡を体現した少女と、その奇跡を享受し、幸福のままに感謝と信仰を捧げる信心深き人々達だ。

 それを否定してしまえば、おまえ自身の神の使徒としての矜持を裏切ることになるだろう。

 なにせ、おまえの神の奇跡である虚偽看破が、俺の言葉やこの光景に嘘はないと告げているのだろう?

 もういいじゃないか、認めてしまえ、屈してしまえ。

 お前は法と裁きの神の使徒として、偽の神と詐欺師かもしれない連中を見極め裁くためにここにきた。


 なら――答えは出たはずだ。


「カイル、アシュレイ」


 フィーメが俺たちの前にやってくる。


「どう、だった」

「素晴らしかったよ」


 何が、とは言わないが。

 俺はフィーメの頭をなでる。

 実に使える女神だ。


「……ん」


 フィーメは顔を赤らめている。

 力を使って、多少疲れたか?



「――感服いたしました」


 アシュレイは頭を下げる。


「かつて、西の共和国で見た大奇跡。それに匹敵する、いやそれ以上かもしれない――

 神聖な気を、この身に感じました。

 もはや、疑う余地はありません。


 豊穣の女神、オーグツ神。その力もその存在――

 カムアエルス神の神殿長の名代として、ここにお認めいたします」



 ――――勝った。


 屈したな、法と裁きの神の走狗、カムアエルス神の木偶よ。

 安心しろ、精々便利に使ってやるさ。お前達は確かに俺に疑念を抱いていたが、それは神の使徒として当然の判断だ。

 悪意の元に否定してきたわけでも、私欲の下に利用しようとしてきたわけでもない。

 ならば俺は寛大かつ寛容の精神で許し、仲間として迎えてやろう。

 利用はするが、罠にはめて潰すようなことはしないさ。


 同じ、神の使徒なのだからな。ああ、当然だとも。

 わははははははは。


「何か、背筋に寒気がしたのですが」

「それは大変だ。火の近くで暖まりましょう」


 俺は笑顔でアシュレイ殿を焚火のそばへと案内した。


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