第21話 悪逆皇子、和やかに商談する



「おや、これは神殿騎士殿ではありませんか」

「ええ。縁ありましてね」


 商会にて、ラオが驚いたような声を上げる。

 町へ商売に行くときに同行してもらったのだ。俺の監視と調査をしている以上は、アシュレイは俺と同行せざるを得ないというわけだ。


「……テリーヌ殿がノーデンス商会の方とは聞いておりましたが、まさか、ラオ・ノーデンス会長ご本人と繋がりがおありとは」

「偶さか、ラオ殿に見いだしていただきましてね」

「ええ。獣人の村で偶然……いや、神のお導きですな。

 そしてカイル殿がオーグツ神からの恵みを、村に配り歩く慈善活動を行うようになったので、それで、その神の恵みをより多く流通させるための力添えをさせていただきたいと思いまして」

「……なめほど、そうでしたか。

 しかし、さすがはオーグツ神といった所ですね。

 その食料、いったいどうやって」

「私も知りたいところですが……そこは立ち入らないようにしております。商売は信頼が大切ですので」


 つまり、立ち入ると信頼を失いますよ、と彼はアシュレイに言っているわけだ。

 自分はテリーヌというスパイを送り込んでいる癖にな。


「まあ、秘密などないのですが。前にも伝えたとおり、正真正銘、女神からの賜り物。それを飢えた民に分け与え、商会にも適正価格で渡して、世の食糧問題を解決したいと思っているだけですよ」


 嘘は言っていない。


「余所の国から流してもらっているわけでもなく、秘密の畑で栽培しているわけでもありません。

 もっとも、神より賜った穀物を元に、村で農業を始めてはいますが」

「テリーヌから報告はあがっておりますな。

 いずれそれらも商品に?」

「それはどうでしょうね。あくまでも村人たちが生きていくための糧として、ですから。まあ、そういった話はいずれにしても当分後にはなるでしょうが」

「そうですか。しかしカイルどのの持ち込む食料はどれも一級品ですからな。それを元に栽培したものであれば、いい品質の作物になるかと」

「どうでしょう。作物の品質を決める要素は多岐にわたりますからね」

「確かに。あの村はまだまだ豊かとは言い難いですからな。私どもといたしましては、十分に支援はさせていただきたいと思っておりますが」

「それはありがたい。なにしろ周囲の村から移住してくる人たちが増えていますからね。食料はともかく、物資が足りないのです」

「ならば我々が力になれるでしょう」


 商談は進む。


 アシュレイはその言葉に注意深く耳を傾け、とにかく情報をつかもうとしているようだが……

 虚偽看破の奇跡に頼っている以上、有益な情報を読みとる事は難しいだろう。ラオもそれは十分に心得ている。


 さて。


 お前は神の奇跡に頼るだけの人間か、それとも。


「しかし」


 ラオは言う。


「カムアエルス神殿も目を付けられた以上、慎重に動かねばならないでしょうな」

「でしょうね」

「――それは、我々を警戒しておられるということか?」


 流石にアシュレイが口を挟んできた。


「いえいえ。帝国の、利権と独善に歪み、神の教えを忘れたカムアエルス神殿ならばともかく、貴方たちはカムアエルス神の教えに忠実だと、私は知っております」


 ラオがフォローする。

 事実だな。少なくとも、俺の知っている帝国の教会は、腐敗していた。


「ですが、あなた方が出てくるほどに、カイル殿の動きが、存在が大きくなってきたと言う事が、懸念なのです」

「それはノーデンス商会の力もあるでしょう」

「まあ、それを言われるとそうなのですが」


 ラオが謙遜しつつも認める。

 確かにノーデンス商会の力は大きい。


「カイル殿の村は、あの一帯は、飢饉によってもはや価値なしと打ち捨てられた土地です」

「はい」

「そのようですね」


 アシュレイと俺は言う。確かにそれは俺も聞いた。

 領主は、この都市と、一部の町以外を見捨てている。

 確かにそれは政治的に正しいといえなくもないかもしれれないが。


「故に、完全に村人たちの自治に任せられていた。

 支配する価値のない村……ですが、これからは違ってくるでしょうね。

 貴族たちが、領主が動く可能性は高いでしょう。村の支配権は我らにある、村の財産は我らの物だ、税をよこせ……と。

 オーグツ神の恵みもすべて没収しようとするやもしれませんな……」


 ここでも現領主は評判が悪いようだ。


「なぁに」


 俺は笑顔で言う。


「そのためにアシュレイ殿たちがおられるのですから

「はあ!?」


 さすがに声を上げたアシュレイ。


「正式な神殿勢力であるアシュレイ殿たちが、カムアエルス神の教えを布教し、法と秩序を敷くために私たちの村を訪れた。

 それはつまり、村の支配権をカムアエルス神殿が主張している事になるのでは?」


 と、いうことにしておく。


「おお、確かにそうですな。打ち捨てられ、無法地帯となった村に神の秩序をもたらす。確かに誰からも文句は出ますまい」


 ラオも、それが当然だといわんばかりに同意する。


「いや、それは――」


 アシュレイは焦る。本人たちはそういうつもりはなかったのだろう。

 カムアエルス神の教えを広める。それは、「いきなり現れた怪しい神とその使徒を名乗る者たちの監視と調査」のための名目だ。

 すくなくともアシュレイ達はそのつもりでやってきている。

 だが、布教を口にしてしまった。

 そして、俺は、俺と村長達はそれを快く受け入れた。


 そう、村の支配権は、今やアシュレイ達にあるのだ。

 村長は、ただ代行、預かっているだけにすぎない。


 そんな村に、貴族が「この村は我々のものだ」と支配権を主張すればどうなるか、だ。


「違うのですかな、アシュレイ殿。

 では、村に興味は無く、すぐに立ち去られるおつもりと?」

「それは――」


 無論、それは出来まい。

 この俺を、詐欺師かもしれない、余所の国の間者かもしれない者を捨て置くことは出来ないのだ。


 ――いや、素晴らしい仲間だよ、アシュレイ殿は。


「しかし、それでも注意は怠ってはいけませんぞ、カイル殿」

「はい、全くです」

「貴族というのは、我々とは違う生き物です。私は利害で動きますが……貴族は私利私欲と、そして面子で動く」

「利害と私利私欲は違うのですか」


 アシュレイが聞く。

 ああ、違う。違うのだよ。


「利害で動く者は、リスクとメリットを天秤にかけます。損害が出ると判断したら、被害を最小限に押さえるように動き、身を引くでしょう。

 しかし、私利私欲に突き動かされる者は――己の欲しか見ないのです。そして、ひたすらに突き進む。その結果、自分が損するとしても止まれない」

「……」


 無論、すべての貴族がそうではない。

 だが、愚かな貴族であればあるほど、その傾向は強い。

 なまじ、金と力があるぶん、多少の損害を無視して突き進む。


「ラオ殿は、ずいぶんと貴族がお嫌いなようだ」

「いえ、好きですよ? きちんと頭の回る貴族様なら、ね」

「わかりました。忠告、傷み入ります」


 そうして和やかな商談は終わりを告げた。

 いや、心休まる時間だった。


「どこがでしょうか」


 テリーヌが何か言ったけど、聞いていないことにした。

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