遺却隧道②
「お前、美人の先輩と二人きりでそんなことしてんの!?」
「美人かどうかはわからんが……」
網谷は久々に会った高校時代の友人と酒を飲んでいた。「大学で今なにしてる?」という話題になれば、口から出てくる話は「怪異調査研究会」と白川先輩のことばかりになるのは必定だった。
「実は俺、霊感あるんだよね」
「え、なにそれ……知らん……なにそれ……」
「あれ? 前に一度くらいは話して……どうだったっけ? まあ、とにかくあるんだよ、霊感」
「そうなのか……で?」
「俺も絡ませてくれよ、それ。白川先輩って人が気になる」
「やめといた方がいいと思うけどな~~。めちゃくちゃだからあの人」
「お前そうやって独り占めする気か? 美人の先輩をよ」
「そんなんじゃないって。マジで。ホントに」
酒の勢いでつい話してしまったと網谷は後悔する。友人はもはや決定事項のように乗り気だった。
「というわけで、先輩。こいつが
さっそく次の日に関ヶ原は部室を訪ねてきた。網谷はしぶしぶ紹介する。白川は「ほう」と感心したように息を吐いた。
「ニアミスだな」
「え?」
「名前が家康だったら面白かったのにな」
「いや先輩。別に名前ってランダムにつけるわけじゃないんで」
「ご両親も一瞬頭によぎったんじゃないか?」
関ヶ原康時。背はそれなりで、体型は痩せ型。定期的に美容室に通っているらしく、髪型はたびたび変わるが今は鎖骨にかかるほど伸ばしている。身だしなみに気を遣っているのが随所から見て取れた。ナイロン製のウエストポーチとキャスケット帽を愛用し、服装も簡素ながら色合いのバランスが決まって見える。工学部に属する網谷からすると眩しいオシャレセンスを感じさせる人種だ。いや、工学部にもオシャレ人間はいるのだが。
「あ、はい! あと少しで家康だった康時です! 白川さんですね? だから白衣を?」
「よくわかったな。名前と合わせた服装を着ることで他人から識別されやすくし、認知リソースを削減させる私なりの気遣いだよ。よろしく、白川有栖だ」
「なるほど!
「くく。構わんが。で、話というのはどういうふうに?」
「めっちゃ美人で賢い先輩と二人きりでイチャイチャしていると」
「ずいぶん正確な情報伝達だな」
網谷は一人頭を抱えた。初対面ながら二人は気が合うようで、あることないことを延々と話していた。
「ああそうだ、関ヶ原。霊感があると言ったな」
「はい。結構見えますよ」
「じゃあ、ちょっとこれを見てくれ」
白川は椅子に座ってPCを操作し、モニターに写真を表示させた。網谷の目には、なんでもない住宅街の一角を写したものに見える。
「……? これがどうかしましたか?」
「なにが見える?」
「家……? ああ、おばけが見えるかって意味なら、なにも」
「じゃあ次だ。これは?」
「プールですよね。これも別に……」
「次」
「夜の墓場ですか。だいぶそれっぽいですけど、特におばけはいなさそうです」
「ならこれは?」
「田園……田舎の道……うーん、これも別に……。さっきからふつうの写真ばっかりみたいですけど……あれ?」
「どうした」
「この人……あれ? おじさんが写ってますよね。拡大できます?」
「できるが。どうかしたか?」
「……具体的に、なにがどうとは言えないんですが……このおじさん、おかしくないですか?」
「そうか?」
「はい。まるで人間じゃないみたいな」
「うーむ」
白川はギシリ、と背もたれに体重を預けた。
「なるほどな。網谷、友人に恵まれてるな。こいつは本物だぞ」
「はあ。そうなんです?」
網谷もまたモニターに映し出されている写真を眺めた。ただ通りすがりのおじさんが写っているだけにしか見えない。
「こいつは私が初めて出会った『怪異』だ。関ヶ原の言うとおり、人間ではない」
「マジですか? って、有栖さんも『見える』んです?」
「いや。私は見えない。見えるのは私の妹だ。そして、その妹の視界をもとに開発したのがこれだ」
白川はPCを操作し、怪異検出AIを起動する。おじさんの輪郭が枠で囲われ、99%の数値が表示されていた。
「ああ」網谷が頷く。「怪異検出AIなんてどうやって開発したのかと思ってましたが……つまり霊能者を教師データにしたってことですか? なんでそういうこと教えてくれないんですかね」
「極力お前から
「ほら見ろ関ヶ原。この人は他人を実験動物だとしか思ってない」
呆れ顔の網谷の一方、関ヶ原は目を輝かせているように見えた。
「え、すご。すごくないですか。おばけの存在をここまで客観的に……?」
関ヶ原の声は弾んでいる。
「いや俺、霊感あるって言いましたけど、実は自分でも半信半疑で……。なんか変なの見えるなって思っても、他の人は全然見えてなかったりで、子供のころは嘘つき呼ばわりされてて。自分でもあれこれ調べて、やっぱ脳の異常とかなのかなって。そう思ってたんですが……」
堰を切ったように彼は感動の言葉を捲し立てた。白川はそれを「うんうん」と頷きながら聞いていた。
「俺のこと、信じてくれるってことですよね。というか、テストの手法が確立してるなんて。驚きました」
「試すような真似して悪かったな。霊感や霊能者というものがある、ということは知っていたが、お前が本当にそうであるかはまず疑わせてもらった」
「いえ! むしろ感動してます!」
その話を傍で聞いていた網谷は(試すような真似して悪かった……?)を首を傾げていた。
「それはよかった。私も助かる。写真や映像は他にもあるから見て欲しい。同じ霊感といっても、私の妹と関ヶ原が同じものであるかを検証したい」
「はい! 喜んで!」
「ああ、ちなみに会話内容はすべて録画させてもらうが構わないか?」白川は天井の隅にあるカメラを指差す。「というか、すでに撮っていたんだが」
「え? ああ、別にいいですよ。防犯ですか?」
「防犯、といえばそうだな。いつおばけが現れてもいいようにしている」
「へえ。念入りなんですね……」
怪異調査研究会の部室は、たった二人の部員に対し不釣り合いなほど広い。騒がしい関ヶ原が混ざってきても、まだまだ余裕があるほどだ。
ローテーブル、ソファ、スチールキャビネット、50型テレビに各種ゲーム機、さらにPCが複数台。ロボットの開発環境も整っており、業務用ワークステーションまである。白川がどうやってこれほどの部屋を手に入れたのか網谷は気になっていたが、なぜか言葉を濁されるばかりだった。
一人暇だった網谷は購買部まで行って自分のためにカフェオレを、二人のためにコーヒーとコーラを買ってきた。検証会は終わる気配がないのでソファでくつろぎ、ポテチを箸で摘みながら電子端末で本を読み、ダラダラと時間を過ごしていた。
そして、白川と関ヶ原の二人の検証会は夜まで続いた。
「ぬ。ずいぶん付き合わせてしまったな。フリーターといっても仕事はあるわけだろ。明日に響かないか」
「あ、いえ! 大丈夫なんで。いろいろ楽しかったです」
「実を言うと、君にはまだまだ協力してもらいたいが……うーむ、謝礼を用意した方がよさそうか……」
「いえいえ! ホントお構いなく!」
そんなこんなで、網谷は関ヶ原と共に帰路につくことになった。
「……いいな」
ぼそり、と関ヶ原が呟く。
「有栖さん、めちゃいいじゃねえか。俺は、ああいう人が、好きだ……」
「はあ。そうか。友人として忠告するがマジでやめた方がいい。人を破滅に引きづり込むタイプだぞあの人」
「そういうのが、いいんだよ」
「よくない。本当によくない」
***
それから関ヶ原は、あたかも「もう一人の部員」であるかのように怪異調査研究会に入り浸りはじめた。やはり映像を眺めたり、議論を交わし、それぞれの体験談を話した。どちらとも共通の知り合いだったはずの網谷にとっても初めて聞く話ばかりで妙な疎外感があった。これはきっとよい出会いだったのだろうと、自分を納得させていた。
その日は、網谷の運転する車で九曲トンネルの視察へ向かっていた。
「有栖さん。気になってたんですけど、妹さん――有紗さんでしたっけ? 有紗さんも霊能者なんですよね。その、一度会ってみたいというか」
白川は車窓から外を眺めるばかりで、答えない。
「あ! すみません。もしかして、すでに」
「いや、元気だよ。多分な」
「ならよかったです。……多分?」
と、いいつつも白川の顔は喪に服しているかのように暗かった。
「……会いづらい。私は、あいつを失望させてしまっているから」
「なにか、あったんですか?」
聞きづらいことをよくも堂々と聞けるな、と網谷は運転席から思った。
「あいつは、怪異と対峙する道を選んだ。私はそれから逃げた。だからだよ」
「? 逃げてるんですか? 有栖さん」
関ヶ原はきょとんとしている。
「こうして、調査してるじゃないですか。怪異検出AIなんてのをつくったのも、妹さんのためですよね?」
「くく、ひひっ。逃げてるよ、私は。怖くて仕方ない。調査だなんて言い訳をして、後ろに隠れているんだ。あいつは、霊能者として真正面から向かい合っているというのに」
「だったら俺だって逃げてましたよ! 子供のころから……たぶん、生まれたときから見えてたのに、勘違いだ気のせいだって思い込もうとして。誰かが原因不明の事故に遭うとき、俺にだけ
「ひひっ、やめろ……」
「霊能者として怪異を祓う――ってのも大事だと思いますけど、有栖さんのやり方も大事だと思うんです。客観的にデータを集めて、正体を突き止めれば、より効果的に祓う手段だってわかるはずです。それは妹さんの助けにもなるはずですよ」
「…………」
「もしかしたら、この調査活動は歴史的な大発見にもなるかもしれないですね。先輩」
白川は返事をせず、黙り込んでしまった。褒めたら褒めたでこれなので、本当にめんどくさいなこの人……と網谷は思った。この沈黙は、目的地に辿り着くまで続いた。
「これが九曲トンネルですか。……なるほど。たしかに。やばいですね」
車を路肩に停め、カードレールを越えて藪を掻き分け、出口のないトンネルを見据える。この時点で、関ヶ原はなにか感じているらしかった。
「新月の夜だ。こいつの異常性は新月の夜にだけ確認されている。今はただ無害な横穴、のはずだが……少し覗いてみるか?」
「あ、はい。新月の夜ですね。スケジュール空けときます! 網谷のやつはダメだったみたいですけど、俺は勇気出してやりますよ。えっと……次の新月っていつごろです?」
そして。
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