対怪異アンドロイド開発研究室④

「なぜ人型ヒューマノイドロボットをつくるのか?」


 白川教授は語りはじめる。それは研究室内に向けられた特別講義だ。というより、ブリーフィングに近い。


「人型、あるいは二足歩行ロボットはその技術難度に対し、社会の要求する役割が曖昧だ。そのなかで、あえて人型である意味は?

 この社会のインフラが人間向けにつくられている以上、そこに適応するには人型であるのが合理的だ――というのが、よくある答えだ。だが、これに対し巨大な反例があることを我々はすでに知っている」


 講義には新島ゆかりも参加している。晴れて四月より正式に研究室所属となった。


「自動車だ」


 それを聞くだけで、察しのいいものは話の趣旨を理解していた。


「自動車はインフラに合わせてつくられたものじゃない。自動車に合わせてインフラがつくられた。自動車が走りやすいように地面をアスファルトで舗装し、道路を動脈のように整備したんだ。必要なら人間はそこまでする。つまり、人型の意味はない。構成論的研究や、を除いてはな」


 その話を聞きながら、新島は家庭用掃除ロボットを連想していた。円形の平らなモデルだ。子供のころ、ペットをねだるように親にせがんで買ってもらい、「でも床に物が散らばっていたら意味がないんじゃないの」といわれた。だが、実際に導入してみると掃除ロボットのために人間が物を片付けはじめた。小規模ながらもそういう話だろうと新島は理解した。

 また、今現在も研究室で働くアミヤ・ロボティクスのお片付けロボットも四脚でアーム一本の構成だ。散らかった部屋、すなわち人間の生活空間で活動するロボットだが、それで困ることはない。


「アポロ計画で証明されたように、人間は月へ行くことができる。月へ行くだけの技術力がある。だが、アポロ計画以降はアルテミス計画まで五十年以上も待つことになった。なぜか? 月へ行く意味がないからだ。一度でも月へ辿り着いたという実績こそ大きいが、定期的に月へ行くには採算が取れない。

 アンドロイドもそういう存在だ。SFで描かれ続けてきたように憧れの対象ではある。だが、それだけだ。実用的・経済的価値はさほどない。一度『完成』さえしてしまえば――しかし、アンドロイドにはアポロ計画のように『月へ到達する』というような明確な『完成』の定義がない。

 アンドロイドとは、そういう存在だ」


 人型ロボットにはロマンがある。だが、ロマンしかない――と言われて久しい。大企業が技術力のアピールのために発表することはあるが、大量生産に至るような事業計画はない。また、SF作品においてアンドロイドは人間より長生きする長命種のような存在として描かれることがあるが、実際にはメンテナンスの欠かせない精密機械だ。その高い維持費に見合うだけの採算が取れない。アンドロイドによって仕事が奪われるという空想は昔から語られてきたが、多くの現場において人間の方がよほど安上がりなのである。


「にもかかわらず、私はつくった。人間と見紛うほどの精巧な外装を、自律汎用AIを開発した。なぜか? の用途に、必要だったからだ」


 他、アンドロイドを必要とする現場として介護が挙げられる。それでも、人間と見紛うほどの精巧さは求められない。むしろ、「人間でない」ことが被介護者の心理的負担を減らす効果が実証実験で示されている。


「怪異検出AIがあるならばアンドロイドはあえて必要なのではないか。そう思ったものもいるはずだ。私もそうだ。ゆえに、学生時代にはドローンにAIを積んで怪異調査を試みた。だが空振りだった。怪異は姿を見せなかった」


 教授は引き出しからHMDを取り出した。一世代前の古い型だが、改造が施されている。


「あるいはこれだ。HMDこいつにはカメラがついている。つまり、カメラで見た映像をそのままディスプレイに表示する仕組みだ。こいつをスマホと繋ぎ、怪異検出AIと連動させる。これで怪異が見えるようになるわけだ。

 HMDを装着して人力での怪異調査は学生時代以前から試みていた。怪異は見えた。何度か出会うこともできた。だが、怖すぎた。出会うたびに足が竦み、隙を見て逃げ出すことしかできなかった。学生時代は網谷という男を巻き込んで調査を続けた。無神経そうな男だったから、こいつだったら大丈夫かもしれんと、適当に騙してHMDをつけて怪異調査に向かわせた。

 結果、あろうことはあの男は逃げた。逃げ出す口実を得るために起業した。私の調査を後方支援バックアップするという名目で前線から退いた。それがアミヤ・ロボティクスだ」


 アミヤ・ロボティクス。その名にざわめきが起こる。

 十年前に設立された新しい企業だが、ロボット業界では名を馳せるほど大きく成長している。白川研究室と提携し、白川教授による技術供与についても知られていたが、その社長と大学時代に交友関係があったことは初耳だった。


「ドローンでも、人間でも、調査は芳しくなかった。だから、私はアンドロイドをつくることに決めた。人間の代わりに怪異を調査するアンドロイドだ。一見して人間と見紛うほどの精巧なアンドロイドなら、怪異あいつらはどう反応するか。それを試さずにはいられなかった」


 話しながら、教授からは堪えきれずに笑みが溢れていた。


「結果は……ぐひゃひゃ! 成功だ。廃村でも倉彦は気づかず、料理も二人分出た。一人ずつしか乗車できないはずの電車に乗れた。一方で、顔を見ただけで人間を狂わす怪異に動じることがない。そんなの用途に、あいつは叶った」


 くくく、と笑いを抑えながら、しかし最後にははぁ、と深いため息をついた。


「だが、結局は――いや、というべきか。怪異はある、という以上のことはなにもわかっていない。それでも、証拠と呼べるものは集まりつつある。再現性のとれないものばかりで、証明とまではいかないがな。であれば、もっと多くを巻き込んで調査計画の規模を拡大すべきか? 私の専門はあくまで工学だ。AIでありロボットだ。誰を招けばいい? 民俗学か? 人類学か? 物理学者も必要かもしれんな。実際、取得物の成分分析は外注しているし、関係者の行方調査も探偵社に依頼していた。怪異の正体を本格的に暴くなら、この研究室だけでは限界がある。それは、理解している……」


 教授の語気は弱まり、ついには沈黙してしまう。


「教授?」


 新島は心配になって声をかける。


「……ああ。そうだ、そこに踏み切れないのも、怖いからだ。学生時代、網谷と怪異調査をしていた話はしたな。実はもう一人いた。いたんだよ。そいつは、積極的にHMDを装着して、怪異スポットに突っ込んでいった……」


 深く重く沈む顔色に、結末は十分に窺い知れた。


「結果、あいつは行方不明になり……今では。それが、怖くて仕方がない。もしかしたらそんなやつは初めからいなかったのではないか。そんな疑問が頭をよぎる。それが、怖くて仕方ない」


 くくく、と再び教授は笑みを溢す。


「にもかかわらず、お前たちを巻き込んでしまった。くく、ひひ、悪いとは思ったが、もう誰も巻き込めないと思ったが、巻き込まずにいられなかった。人間と見紛うほど精巧な自律汎用AIのアンドロイドをつくるという物語エサで釣り上げて、本当に申し訳ないと思っているよ。ひひ……」


 笑いながらも、悲哀や無念の混じった表情を浮かべ、額に手を当てる。教授にとってそれは途方もない「勇気」だったのだろうと、察することができた。


「大丈夫っすよ!」


 だからこそ、新島は声を上げた。


「私は後悔してません。たしかに怖いっすけど……怪異があるって知ってしまったら、やっぱり徹底的に調べたいっすから。小さいころもなんかたびたびそれっぽい現象に遭遇して、ずっと気になってたんすよ」

「ほう」


 教授は顔を上げる。


「なんだお前、自身で体験した怪談があるのか」

「え、まあ。大したことじゃないっすけど」

「話してみろ」

「その……たとえば金縛りすね。これは今でもよくあります。あとは、祖父母の家に遊びに行ってたとき、誰もいないはずなのにノックがあったり。夜道で誰もいないのに足音がついてきたり。橋から飛び降りようとしてる人がいて、危ない! と駆け寄ったら誰もいなかったり。深夜にテレビをつけたら変な番組が流れてたり。階段が増えてたり。黄色いレインコートの変な子供と透けるようにすれ違ったり。給水塔から赤ん坊の泣き声が聞こえたり。お風呂で髪を洗っていたら背後に青黒い気配があったり。知らないお寺に訪ねる夢を見て、あとで調べたらその間取りが結構正確だったり。友達の家に遊びに行ったら鬼がいたり。受験勉強してたときふと気になって振り向いたら知らない人の足元が見えたり」

「待て待て。多い多い」

「え。このくらい普通じゃないんすか」

「よくそれで怪異はないと信じてこれたな」

「だって証拠がないですもん。あ、そういえば幽霊トンネルに肝試しに行ったとき妙に足の速い老婆に追いかけられたこともありましたね」

「……よくそれで怪異はないと信じてこれたな!」

「え? そんなにおかしいっすか? 教授もこういう体験ありますよね?」

「私の場合は、なくはないがな。青木」

「僕は全然ですよ。それらしい体験には覚えはありません。それこそ、アリサ・プロジェクトで初めて目の当たりにしました」

「だそうだ。一般に、そのへんの人間を捕まえて自身の怪奇体験を話せと詰め寄っても、出てくるのは多くて一つか二つだ」

「そ、そうなんすか? 怪談本読んだら事例がいくらでも出てくるからてっきり」

「そりゃ怪談本だからな」

「でも、教授は体験あるんですよね」

「それは、まあ、私の場合はな。いや、正確には……妹だ」


 教授は顔を伏せ、重々しく口を開いて語りはじめた。


「妹は、幼いころから見えていた。ありていにいえば霊能者だった。妹は、いつもなにかに怯えていた。私にはなにも見えなかった。それが悔しかった。そこで、画像認識のAIを使えば妹の見えているものが見えるんじゃないかと考えたんだ。つまり、そうして妹を教師データとして収集して開発したのが怪異検出AIだ」

「なるほど……」


 怪異があるなら霊能者もいておかしくはない――とはならない。両者の間には明確な因果関係はない。だが、怪異検出AIがあるなら話は別だ。


「それで、私は妹に、有紗に歩み寄れたはずだった。私にも有紗の見ていた世界を見ることができるようになった。だが……私は、有紗の隣には立てなくなった。怖ろしかった。耐えられなかった。怪異を前に、私は震えることしかできなかった。次第に有紗を避けるようになった。そして……有紗はどこかへいなくなってしまった。情けない姉の姿を見て、頼ることをやめ、一人で向かっていったんだ。有紗は、自身の持つ力で、怪異から人々を守るために……」


 有紗ありさ。その名には聞き覚えがありすぎるほどにあった。


「有紗……って」

「ああ、そうだ。は妹がモデルだ。名前も、姿もな。くくっ、至極、個人的な目的だが、あれには有紗を探すという目的も含めている。妹と同じ名前と姿で怪異を調査する過程で、有紗を知る人物に出会うことを期待してな」

「妹さんは……行方不明に?」

「ああ。私のせいでな。だが……私はもう、だ。私は有紗の側には立てない。だから、アンドロイドをつくった。有紗を見つけ出し、有紗の……パートナーになれるように……」


 陰鬱で、深く沈むような重い言葉に対し、かける言葉が見当たらずに途方に暮れていた。もしかしたらこの人は情緒不安定でめんどくさい人なのかもしれないとも思ったが、口には出さずにいた。


「ところで、アリサちゃんはどこですか?」


 教授は顔を上げ、キョロキョロあたりを見渡す。


「ん? ああ、そういえば昨日から帰ってないな。とっくに戻ってきていておかしくない時間だが……まあ、

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